人は見た目が9割?
目が覚めると、ベッドの上に横たわっていた。
なんの余韻か頭はガンガンするし、肩や腕がなんだか痛む。
それでもなんとか上半身を起こし、痛みを抑える為に親指でこめかみ辺りをギュッと押しながら、どうにか思考を巡らせる。
――――――えっと・・・どうしたんだっけ?
―――ッッッッ!!そうだ!早くカリバに帰らないと!!
まず最初に思ったのは、それだった。
私は直ぐ様ベッドを降り、覚束無い足元にヨロけながら、それでも体当たりする勢いで目に入った扉に駆け寄る。
―――ガチャンッ。ドカッ!
けれど扉は開くこと無く、勢い付いた私の身体は、そのまま肩から激突して止まった。
―――痛ッ!鍵掛かってる!?
漸く自分の状況を正確に思い出した私は、そこで初めて恐怖を覚える。
―――こんな所で捕まってたら、間に合わなくなる。馬車なんて甘い考え、最初から持たなければ良かった。走ってでも、野宿してでも、昨日の内にカリバへ向かっていれば・・・。
身体中から力が抜けて冷たくなっていく。でも扉にぶつけた肩だけがジンジンと熱を持って、冷えて諦めてそうになる心を辛うじて繋ぎ止めてくれた。
―――――わかってる・・・こんな所で座り込んでたって、何も解決しない。今はただ、カリバへ帰る事だけを考えないと。
改めて部屋を見渡せば、大きくは無いが人一人くらいなら余裕で通れそうな窓がある。
外の様子を窺えば、どのくらい眠っていたのか、陽は傾き既に辺りは夕陽に染まり始める時間だった。
昨日も一昨日もあまり寝てなかったとはいえ、まさかそんなに長い時間呑気に眠りこけたのかと思うと、自分が恨めしい。
でもあれはきっと、何かの薬品か魔法の所為に違いない。きっとそうだ。そういう事にした!
また落ち込みそうになる自分をなんとか奮い立たせ、どうやら屋敷の裏側らしい窓の外を観察する。
窓から見える屋敷は、正面から見たよりもずっと大きな建物だった。
コの字型をした建物の、丁度コの字の縦棒の所の二階に位置するこの部屋からは、屋敷に囲まれた中庭が見てとれた。
屋敷裏手は森、目隠しなのか柵で覆われている。
手前では、始めに対応した女性が一人、更に板壁で囲われた屋根無しの小さな建物の中で、井戸から水を汲み上げている。
・・・・・・井戸から、水を?
その光景は、水が貴重なこの世界でも、至極ありふれたもの。
でも、この村に限って言えば、酷く不自然で・・・。
『そもそも、村の井戸が使えんくなったのは、鬼が原因なの。あの鬼は地面を操る魔法で村の井戸を使えなくして、自分の所にだけ水を引いたのよ』
『それでね、水は野菜とかお肉とこうかんなの』
トリアちゃんとエリーちゃんの言葉が、この光景に違和感を訴えている。
よく見れば、女性は汲み上げた水で野菜を洗っているし、側に置いてある籠の中には、長くて茶色の・・・パン、が入っている。
――――――どうして、村長の家に井戸が?ここで水が汲めるなら、村の井戸が使えなくても・・・。
もしかしたら『鬼』はここに居る?
でもトリアちゃんは、鬼は毎回森の方から来て、森の方へ帰っていくと言っていた。
鬼が自分の居場所を悟られまいと、わざとそうしている可能性もある。村長に口止めして、実際はここで贅を尽くした生活をしている、とか。
そうなると、ここからの脱出はかなり危険なモノになるだろう。
――――――どっちにしろ、今ここから脱出しようとしても、きっとすぐに見つかっちゃう。
この屋敷に何人の人間が居るかは分からないが、漫画や映画のようにシーツを結んで下まで伝い降りるにしても、これだけ目立つ場所ではすぐにバレてしまうだろう。
少なくとも、庭に人が出ない時間、暗くなってからでないと無理だ。
ここで下手に脱走がバレて拘束でもされたら、それこそ逃げられなくなる。
――――――焦るけど・・・ここは一旦我慢。
一度落ち着いて作戦を練ろう。
そう考えてベッドへ腰掛けると、ガチャリと鍵の開く音がした。
扉が開き、入ってきたのは・・・予想通りの人物。
「あぁ、お嬢さん。やっと目を覚ましましたか」
「村長さん!ここから出して下さい!私には、王国騎士の友人がいます。彼がこの村の状況を知れば、きっと力になってくれるはずです。ですから、どうかッ」
勝手に名前を使う事に負い目は感じるけれど、ラインさんは責任感の強い、立派な騎士だもの。きっとゴビさん達の力になってくれるはず。
「ですから・・・それでは困るのですよ」
「――――――え?」
「騎士など来たら、折角住み心地が良くなってきたこのド田舎が、また住みにくくなってしまうでしょう?」
「それって・・・」
「この村の住人は、本当に素直で純粋で・・・従順だ。鬼から村を守る為ならば、何でも差し出してくれますからねぇ」
そこには、ニヤニヤと“悪そう”な笑みを浮かべる村長。
彼は本当に、悪そうなのか?
「まさか・・・ぜんぶ、あなたが?」
「フヒッ!アナタ、ですか。いい響きですねぇ。あぁ、そうだ。まだ名前を教えていませんでしたねぇ。私はナミブー・パドル・パゴニア。これから、お嬢さんの主人となる男ですよ」
「何を言って・・・じゃあ鬼、は?」
もしかしたら『鬼』の存在自体が・・・偽り?
「モチロン、鬼は居ますよ。まぁ、ヤツも私には逆らえませんがなぁ」
ニヤァと嗤う村長に、背筋がゾワゾワと寒くなる。
これは・・・本当に危機、かもしれない。
「それにしても、私は本当に運が良い。グローニアも少しは見目が良かったが・・・この娘の前では只の村娘よ。アヤツ等もたまにはいい仕事をするものだ。・・・こんな辺境のド田舎に追放された時はどうなることかと思ったが、あの方に出会えて、私は再び富と名声を手に入れる。私はまた華やかな都で男爵、いや・・・更に上にも登り詰める事が出来る・・・」
ブツブツとそんな事を良いながら、ニヤニヤと嗤い続ける村長は酷く不気味で、早くこの男を押し退けて逃げなければ!と思うものの、身体が竦んで動かない。
それでも早くッ!とフェリオの顔を思い浮かべて動き出そうとしたその時、コンコンと扉をノックする音が部屋に響き、扉からこれまた表情の無い窶れた男性が顔を覗かせた。
「ご主人様・・・」
そして何やら村長、いやナミブー(こんな人、村長なんかじゃない!)に耳打ちをすると、ナミブーはそれまでのニヤついた表情を苛立ったモノへと変えた。
「こんな時に呼び出しとは・・・あの方の指示では仕方無い。おい、オマエ。この娘を絶対に逃がすな。帰って来次第、私の寝所へ連れてこい」
男に指示を終えると、ナミブーはこちらを振り返り、下卑た笑みを浮かべて湿ったその手で私の手を撫で回す。
「あぁ、すまないねぇ。お前も早く高貴なる私の妻になりたいだろうに。待ってておくれ、すぐに帰って娶ってあげるからねぇ」
悪寒を通り越して、吐き気がした。
何、この人。気持ち悪い。
言動だけじゃない。表情や掌の感触、その存在感。全てが受け入れがたいモノだった。
それは、村人達を騙す悪人だからだけでも、人を見て厭らしく笑うエロ親父だからだけでもない。存在自体に恐怖と拒絶を感じるような・・・。
――――――これが、生理的に無理、というヤツだろうか?
私が嫌悪感に固まっている間に、ナミブーと召し使いらしき男は部屋を出て行き、気が付いたときには再び鍵を掛けられていた。
それに気付いた私は、取り敢えず境界の森の泉水を使って手を洗い、一先ずホッと息を吐く。
何はともあれ、ナミブーが誰かに呼ばれて渋々ながら出掛けたのは間違いない。それがなければ私は・・・。
そこでもう一度ブルッと身体を震わせて、少しの幸運を噛み締める。
でも、ナミブーが帰ってくる前に早く逃げ出さなくては。
このままでは、フェリオも、私の身も、かなり危険な事に間違いは無いのだから。
一人決意を固め、急いで逃げ出す算段をつけなければと、先ずはシーツを引っ剥がす所から始める事にした。




