一人
――――――フェリオ?
「フェリオ・・・・フェリオッッ!!!!」
どんなに呼んでも、どんなに見渡しても、フェリオは返事をしないし、姿も見せない。
―――――フェリオが、いない。
この世界に来て、すぐにフェリオに出会ったから・・・私は見知らぬ世界で、一人きりになる事は無かった。
だからこそ、ここまでやってこられた。
この世界は、確かに私に優しい。
でもだからと言って、知らない場所で、ましてや文化も価値観も、何もかもが違うこの世界にたった一人で放り出されていたなら、私はここまでこの世界を楽しめ無かったはずだ。
――――――なぜ、こんなことに?
押し寄せるのは、凍えるような寂しさと、深い後悔。
何故・・・私はあの時、フェリオの様子が何時もと違うと気付いていたのに、話を聞こうとしなかったのだろう?
――――――どうして、彼女の事をもっと警戒しておかなかったのだろう?
彼女の言動に違和感を感じていたのに。
私の言葉を聞いているようで、少し上の空で・・・しきりにフェリオの方を窺っていた。
妖精が珍しいだけだと思っていたけれど、きっと最初から、狙っていたんだ。
だからフェリオも警戒して、無闇に喋らなかったのかもしれない。
――――――パートナーと離れ離れになった妖精はどうなるの?
妖精は、自分と合う魔力の人間が妖精花の蕾に触れる事で、この世界にやって来る。
その後は、そのパートナーの魔力を糧として、この世界に存在し続ける。
けれど物理的に距離が離れ過ぎると、魔力を受け取れなくなるという。
だからフェリオはずっと側にいた。
――――――じゃあ、フェリオは・・・。
グローニアが新たなパートナーになる?
でも、そんな簡単にパートナーを変えられるなら、最初から誰でも良いはずだ。
確かフラメル氏の妖精は、フラメル氏の死後妖精界へ帰ったと言っていた。妖精だけ自宅に帰り着いて、マリアさんの目の前で消えてしまったって・・・。
――――――フェリオが、いなくなる?
思い至った恐怖に心臓がギュッと縮み上がり、そのまま潰れてしまうかと思う程に痛む。
大丈夫。フェリオは死ぬわけじゃない。ただ妖精界へ帰るだけ・・・。
縮み上がった心臓が上手く動かなくて、乱れる呼吸と思考を何とか落ち着けようと、私は自分に言い聞かせる。
大丈夫、帰るだけ。死んだりしない。
それに、直ぐじゃないはず。
それはいつ?
猶予はどのくらい?
――――――ッッ早く!早く帰らなきゃ!!
折角落ち着けようとした思考は、すぐにまた冷静さを失って、焦燥感ばかりが募っていく。
ちゃんと・・・ちゃんと考えなくちゃ。
フェリオは今、どこにいる?
グローニアはマリアローズごとフェリオを拐って行った。だからきっとカリバに居るはず。
元々それも狙って、カリバの事をあんなに詳しく聞いてきたんだろうし。
フェリオは頭が良いから、グローニアから逃げるなんて簡単だろう。
そうすれば、コウガやラインさん、それにマリアさん達がきっと助けてくれる。
あとは、私が早くカリバへ辿り着くだけ。
――――――こんな所で呆けてる場合じゃ無い。
冷静に・・・冷静になれ。私が今しなければならない事は何?
先ずは、私が今、どこにいるか。それを把握しなければ。
座り込んだまま、グルグルと思考だけを巡らせていた私は漸く動き出す。
気は焦るのに、余りの寂しさと心細さに足が竦んでヨロヨロと立ち上がれば、スカートから白い縁取りの赤紫の花がポトリと落ちた。
これは、グローニアが持っていたしるべ草。これを調べれば、今自分が何処に居るかが分かるかもしれない。
私はその花を拾って、スマホに一度仕舞う。
フラメル氏の植物図鑑にこの花が載っていれば、生育地域が分かるはずだから。
『ギアスペシオ』
育成地域:アクアディア王国 東部全域
ビロード光沢のある花弁を持つ、鐘型の花が特徴的
比較的多湿な場所の岩場を好む
根には微量の毒を有している
白い縁取りのある花弁はフェノキー領南部のしるべ草として認定されている
――――――フェノキー領南部・・・フェノキー領ってどの辺だろう?
カリバが在るのは確か、クロベリア領東部だったはず・・・。
スマホの本棚を開き、フラメル氏の工房にあった地図を確認する。
ここがカリバで・・・こっちがナガルジュナ。どちらもクロベリア領内の町だ。
フェノキー領は・・・・・・あったッ!!
幸運にもそこはクロベリア領に隣接しており、しかもクロベリア領の北東に位置するフェノキー領の南部となれば、カリバの町までそれほど遠くは無いはず。
地図と言っても大まかな位置関係を示してあるだけのそれでは、カリバまでの道が繋がっているかは分からないけれど、見る限り大きな山や谷は無さそうだ。
地図の距離感から見ても、カリバとナガルジュナの凡そ二倍くらい。馬車に乗れば三日程の距離かもしれない。
何処かこの辺りの町で馬車を借りられれば・・・帰れる。
少しだけ希望が見えた気がした。
これで物凄く遠い場所だったり、全く別の大陸だっなら、私にはどうにもならなかった。
フェリオは高位の妖精だもの。
きっと直ぐに消えたりしない。
だから・・・待っててね。
先ずはこの森を出て、何処か人のいる場所に行かなければ。
そもそも、こんな見知らぬ森でいつまでもじっとしていたら、帰り着く前に獣に襲われるかもしれない。
フェリオや皆に会うまでは、死ぬわけにいかないんだから!と心細さも不安も押し込めて、決意を新たに今度こそしっかりとした足取りで森を歩き出す。
すると、ピコンという音と共にスマホの地図アプリに更新を示す赤丸がつく。
まさかと思いながらも、期待を込めてそれを開けば、今自分が居るであろう場所の印と、その先に『サパタ』という町らしき名前がしっかりと表示されているではないか。
――――――私のスマホが有能過ぎる。
自分で造り出しておいて何だが・・・この末恐ろしい機能、どうなってるんだか。
とはいえ、進む方向も決まった私はそこからは迷うことなくサクサクと森を進んで行った。
まぁ時折、ガサガサと何かが動く気配にビクビクしたり、遠くで何かが吠えている?のが聞こえて身を竦めたりはしたものの、もうすぐで森を抜けられる所まで無事に辿り着く事ができた。
――――――やっと森を抜けられる。
木々の間から、開けた場所が見えるようになった私は、既に気を抜いていた。
ガサッッ!!
「―――ッッヒャアッ!!」
急に近くの茂みが揺れ、何かが物凄い勢いで飛び出してきて、私は思わず悲鳴を上げる。
よく見ればそれは、灰色で丸っこい身体に中途半端な長さの耳を生やした、ネズミ?ウサギ?・・・ちょっと判断に困るけれど、どうやら危険の少ない生き物だったらしい。
向こうも私を見るや、驚いて直角に進行方向を変えて逃げていってしまった。
―――――ビックリしたぁ。
でも、人を襲うような獣じゃなくて良かった。
そう思い直した所で、先程とは比較にならない程大きな音を立てながら、ガサガサと此方に向かってくる気配に気が付き硬直する。
それも、複数いるのかバサッ!とか、パキッ!とか色んな音が混じっている。
今度は本当にマズイかもしれない、と足早に森の出口に向かうけれど、その音は段々近づいている気がする。
私は多分、自分で思った以上に恐怖に呑まれていたんだろう。
早く早くと気は急くのに、足はそれに着いてこられず、上手く動かない足が縺れて遂には転んでしまった。
――――――ヤバイ。
そう思った時には、すぐ近くの茂みが大きく揺れ、複数の影が姿を現していた。




