遭遇
――――――カサッ、カサッ、カサッ・・・。
小さな足音を立てて歩いてくるのは、どう見ても普通の女の子。
何かを探すように首を大きく振りながら、此方に向かって歩いて来ている。
この森では獣や魔獣に遭遇しないと聞いてはいたけれど・・・良かった、人で。
「ビックリしたぁ、獣かと思った。人で良かったね?」
ホッと息を吐いて腕の中のフェリオを覗き込むと、私よりも驚いていたみたいで、未だに硬直したように女の子を凝視している。
「・・・人、だと?・・・一度に二人なんてあり得ない・・・まさか・・・」
しかも一人で何やらブツブツと考え事を始めてしまったみたいで、私の声なんか聞いちゃない。
――――――もうッ!まぁいいや。折角人に会えたんだし、声掛けてみようかな。
「―――あの、こんにちは・・・貴女も迷い込んだ人?」
「――――――えッ!?ちょッ!待てシーナ!!」
「――――――――――――ッッッ!!!?」
意を決した私が声を掛け、フェリオが焦って声を上げ、驚いた女の子がその場でビシッと凍りつく。
「・・・・・・・・・・・・」
――――――え?何この空気。気まずい。
「えっと・・・驚かせてごめんなさい?」
怪しい者ではありませんよ~と、なるべく穏やかに笑って見せながら、微妙な距離を保ったまま声を掛ける。
この状況で駆け寄ったりしたら、悲鳴を上げて逃げられそうだし。
「・・・アナタ、人間?」
漸く口を開いた女の子の第一声に、私はガクリと肩を落とす。
――――――え?また私は人で在ることを疑われてるの?この子にも?
「もちろん、極普通の人間だよ」
「そう・・・ッッその猫って」
何故かガッカリしたような表情の彼女は、私の腕の中にいるフェリオに目を止めて、少し興奮気味に駆け寄ってきた。
「もしかして、妖精!?」
余りの勢いに今度は私が逃げ出したくなる。
しかも、不躾な視線をフェリオに注がれて、フェリオも居心地悪そうだし、私もなんだか気分が悪い。
「あの、この子に何か?」
ぎゅっとフェリオを抱き締め直し、隠すように身体を捻る。
「あッ!ごめんなさい。私、妖精を見たの初めてで・・・この妖精はアナタの?」
彼女は慌てたように身体を引き、素直に頭を下げて謝罪をしてくれたので、本当に妖精を見るのが初めてだったのかもしれない。
「えぇ、そうよ。私のパートナー、フェ」
「この森で出会ったの?」
彼女は相当妖精が珍しいのか、私の話を遮るように言葉を重ねてくる。でも、その目にある喜びの色を見ると、怒る気も削がれてしまう。
・・・だって、美少女なんだもん。
フワフワと緩くウェーブした暗めの金髪と青緑の眼をした彼女は、誰から見ても美少女だろう。そんな美少女が嬉しそうに目を輝かせているのだ。邪険にできるはずも無い。
「えぇ、境界の森で」
「・・・ケット・シーかぁ。でも他に居ないなら・・・」
「え?何?」
彼女がフェリオをジッと見ながら呟いた言葉を聞き取れなくて問い返せば、とても良い笑顔が返ってきた。
「なんでも無いの。ねぇ、アナタは何処から来たの?名前は?」
この子はどうやら、物怖じしない性格らしい。
最初こそ驚いて固まっていたけれど、その後はとても饒舌になり、アレやコレやと質問攻めに遭ってしまった。
「じゃあ、カリバってそこそこ大きな町なのね」
結局、自己紹介から始まり、住んでいる場所、町の様子なんかを話して、漸く質問攻めが終了する。
私はその間、彼女の名前しか聞くことが出来ず、聞かれた事に答えるので精一杯だった。
「じゃあ、グローニアの住んでた所はどんな所なの?」
「・・・・・・ただの田舎町よ」
少し途切れた会話に、今度は私から質問してみたけれど、どうやら彼女は故郷に不満がある様だ。
「あんな、何もない場所にさえ生まれなければ、私はもっといい生活が出来たはずなの」
確かに、彼女の容姿ならば都会に居たら目立つだろうし、元の世界でならアイドルにだってなれただろう。
「でも、故郷って大切よ?離れてみれば、きっと寂しくなる。帰りたいって・・・きっと一度は考えるんじゃないかな」
私も、帰りたいって思ったもの。
祖父が居なければ、決して居心地の良い場所では無かったその場所に。
この世界は私にとって、とても居心地が良い。それでも、ふとした瞬間に懐かしいような、寂しいような、複雑な思いが込み上げてくるから・・・。
「だからグローニアも、そのしるべ草を大事に持っているんでしょう?」
彼女は鞄も何も持たず、ただ一輪の花を手にしているだけだった。
白く縁取られた赤紫の花弁が可愛らしい花だ。
「・・・・・・・・・・そうね」
けれど彼女の返事は、気の無いものだった。
まぁ、この子はまだ若いから、外の世界への憧れの方が強いんだろう。
その花をクルクルと手の中で弄びながら無言になってしまったグローニアと、暫し会話もなく森を歩く。
そう言えば、さっきからフェリオが一度も喋ってないな、と気付いて腕の中を見れば、何か言いたげな視線を向けられた。
けれど、直接声を出すことはしない。
不思議に思って足を止めようとした私の腕を、グローニアが掴んで声を上げる。
「ねぇ見て!あそこに白い花が咲いてるわ」
つられるように指差された場所に目を向ければ、そこには確かに白い小さな植物が群生していた。
近付いてみれば、それは15cmほどの小さな花で、花はもとより葉や茎まで、全てが薄く透き通った白色をしていた。
茎は鱗片状の葉で覆われ、その続きの様に幾重にも重なった花弁が、フワリと広がったその姿は・・・
――――――ヒラヒラの花弁を重ねた妖精のスカートみたい。
グローニアと二人、しゃがみこんでその花を愛でる。
「可愛い花ね・・・・あ、実が生ってる」
――――――もしかしたら、これも錬金術の素材になるかも。
「これ、少し持っててね」
「おい!モガッ・・・」
私は肩にフェリオを乗せ、マリアローズを咥えて貰い、そっとその実を摘んでいく。
そのままコッソリとスマホに収納するけれど、グローニアの手前、花の名前や効果を見ることはできない。
でも何だか特別そうな花だし、きっと何かしらの効果はあるはずだ。
ついつい採取に没頭していると、フェリオが肩をタシタシと叩いてくる。
そこで漸くグローニアを放置している事を思いだし、ハッと顔を上げた目の前には・・・白い霧が広がっていた。
よく見れば、手元の花が蕾から花開くと同時に、そこから霧が湧き出している。
コレッてまさか・・・ミストドラン草?
気付いた時には既に、霧の壁は目の前のまで来ていた。
――――――――――ドンッッ!!
慌てて立ち上がろうとした私は、強い衝撃を受けて尻餅をつく。
その間にも霧は容赦なく迫り、私達を・・・いや、私を呑み込んだ。
「錬金術師になるのは私よ!この妖精は貰っていくわ」
最後に聞こえたグローニアの声。
肩に一瞬食い込んだ爪の痛みと、バリッと引き離された音。
「――――――――――――フェリ、オ?」
肩に在ったはずの感触と温もりが消えて、急激に奪われた体温に全身がカタカタと震え出す。
スカートの上に投げ捨てられた白い縁取りの赤紫の花を呆然と眺めながら・・・私は見知らぬ森に座り込んでいた。




