遭難
「シーナッッ!!」
「シーナさんッッ!!」
コウガとラインさんの焦った声に振り返ると、そこには見知らぬ森が続いていた。
ナガルジュナからカリバへの帰り道。
快適な馬車の旅を満喫していた私達は、森の中で落石により行く道を塞がれていた。
とは言えそこまで酷い落石では無かった様で、ラインさんとコウガの魔法があれば簡単に撤去出来るだろう、との事だった。
私はその間、一人馬車で寛いで居るのも申し訳ない気がして、御者のおじさんと一緒に作業を見守っていたのだけど・・・。
「なぁシーナ。アレってマリルベリーじゃないか?」
フェリオの視線を追えば、確かに森の少し奥の茂みに紫色の実が生っているのが見えた。
マリルベリーは中級のポーションを錬成するのに必要な素材なのだけど、その栽培はなかなかに難しく、フラメル氏の庭にも植わっていない。
カリバの近くの森には自生していないから、なかなか手に入りにくいって、トルネが言ってたっけ。
持って帰ったら、トルネが凄く喜びそう。
見れば、落石の撤去はもう少し掛かりそうだ。それに、マリルベリーのある茂みはそこまで深くはないし、二人の目の届く範囲に居れば危険はないはず。
だから、軽い気持ちで御者のおじさんに「少しだけ」と、声を掛けてその場を離れてしまった。
マリルベリーは見えていたよりもずっとたくさん生っていて、私は夢中で摘み取った。
そして――――――冒頭に至る。
「――――――え?・・・コウガ?・・・ラインさん?――――――――――――どこッ!?」
慌てて来た道を戻っても、二人の姿どころかマリルベリーの茂みさえ無くなっていて・・・。
どうしよう、どうしよう。
二人とも、どこなの?どこへ行けばいいの?
急激に不安に襲われて、キョロキョロと辺りを見回してオロオロする私に、フェリオが一喝する。
「落ち着けッ!境界の森に入っただけだ」
――――――そっか、境界の森・・・。
それなら、マリアローズがあれば大丈夫、だよね?
境界の森に入ってしまった事を漸く理解した私は、少しずつ落ち着きを取り戻す。
けれど、それでもどこか不安で、ぎゅっとフェリオを抱きしめてしまう。
――――――二人が居ない事が、こんなにも不安だなんて・・・いつの間に、そんなに甘えていたんだろう。
「・・・そう、だよね。境界の森、だね!でも、こんな突然迷い込むなんて思わなかったから、びっくりしちゃった。二人とも心配してるかな?心配してるよね?ッでも、泉の水が残り少なかったし、丁度良かったよね?」
内心の不安と動揺を押し隠し、わざと何でも無い風を装って早口にそう言えば、フェリオに「はぁぁぁぁ・・・」と大きな溜め息を吐かれてしまった。
「・・・そうだな。取り敢えず、マリアローズは出しとくんだぞ?」
「うん。分かった」
「あの二人なら境界の森の事も知ってるし、シーナが霧に消えるのを見てるはずだから、カリバで待ってるだろ」
「そっか、そうだよね。私、慌て過ぎだね、アハハッ」
「―――まったく、無理しやがって・・・」
「え?なに?」
「何でも無い・・・ほら、泉を探すんだろ?」
「うん!」
そうして私達はマリアローズを手に森の探索を始め、暫く錬金術の素材になるハーブやキノコを採りながら境界の森を歩き・・・
「あッ!!」
木々の間からキラキラと洩れる輝きを見つけ、駆け寄ったそこには思った通り、綺麗な水が湧き出る美しい泉があった。
「やった!見つけた~」
「境界の森で泉に辿り着くなんて・・・やっぱりシーナだから、か?」
「え、どういう事?境界の森の泉って、普通に在るものじゃ無いの?」
「境界の森の泉は、妖精界により近い場所にしか存在しないんだ。だから、普通の人間は辿り着けない」
「そうなの?・・・じゃあフェリオは、泉に辿り着けないかもしれないって知ってて、私に教えなかった・・・ってこと?」
「ソコかよッ!!いや、違うぞ?シーナに最初に会った時、近くに泉があっただろ?だから・・・大丈夫かなぁ~・・・と。現にこうして見つかったんだから、良いだろ?」
フェリオが慌てて弁明するのを見て、私は堪えきれずに吹き出してしまう。
「ふッ・・・フフッ。冗談だよ。あっても無くても、境界の森を出るには歩き回らなきゃならないしね」
寧ろ、辿り着けないって聞いていたら、絶対モチベーションが下がってたしね、私。
「何だよ、驚かすなよ」
「昨日の仕返し」
「根に持ち過ぎだろ!・・・ほら、水汲むんだろ?」
――――――ごめんね、フェリオ。ありがとう。
・・・本当はフェリオがいてくれて凄く心強いし、私の為に泉の事黙ってたんだって分かってる。
でも、私はそういうのを素直に受け止めて、お礼を言うのが気恥ずかしくて、ついつい憎まれ口をきいてしまう。
それでも怒らずに一緒に居てくれるフェリオは、実は凄く心が広いのかもしれない。
私の肩でガックリと項垂れ、やる気無さそうに前足を振るフェリオに苦笑しながら、スマホから水を入れられそうな容器を片っ端から出して水を汲んでいく。
「ふぅ・・・これだけあれば暫くは大丈夫でしょ」
「いや、どんだけだよ・・・」
大きな釜に水を汲み一息吐いた私に、フェリオが呆れたように呟いたけれど・・・聞こえなかった事にする。
「じゃあ、そろそろ移動するか。あんまり長居すると流石にあの二人が心配するからな」
「そうだね、行こっか」
そうして歩き出し、ふと後ろを振り返ってみると、そこにはもう泉の影も形も無くなっていて、そこに辿り着けた事が本当に特別な事だったんだと改めて思い知らされる。
――――――フェリオは私だからって言ってたけど、寧ろフェリオだから、じゃないかなぁ。自分で高位の妖精だって言ってたし。フェリオ、ありがとう。
心の中で感謝を送りつつ、再び森を歩き出す。
けれど私はこの時、既に身体に異変を感じ始めていた・・・。
「ねぇ、フェリオ・・・やっぱり、歩き回らなきゃダメなのよね?」
目的を果たしてしまった私の足が、急激に鈍く、重くなっていく。
・・・要するに、体力の限界。
「そうだな。まぁ、運良くその辺でミストドラン草が咲けば霧が出るだろうけどな」
「ミストドラン草?」
「あぁ。境界の森と他の場所を繋ぐ、あの霧を発生させる花だ」
「あの霧って花が発生させてるの!?」
「あぁ。だから、その花が咲かない限り霧は出ないし、帰れない」
「えぇぇぇぇ~・・・じゃぁ、無闇に歩いても意味無いの?」
「いや・・・本当なら、歩いてれば大抵直ぐに霧に出会すはずなんだよ。こんな長時間境界の森に居られる方が珍しい」
「じゃあ・・・取り敢えず一回休憩しよう?お腹も空いたし、疲れたし」
もしかしたら、ここでそのミストドラン草が咲くかもしれないし。
「そうだな。もう昼過ぎだし、腹拵えは大事だよな」
食事の提案にフェリオが簡単に食いついたので、私達はそのまま昼食を摂りながら、少し休憩をすることにした。
普通なら、森の中で食べ物の匂いなんて獣を呼ぶ危険行為だけれど、野生の獣もまったく居ない境界の森では、のんびりピクニック気分でサンドイッチを頬張ったとしても、何も問題は無い。
――――――カサッ、カサッ、カサ・・・。
だからこの森の中で、自分以外の足音を聞くことになるなんて思いもよらず、咄嗟に木の陰に隠れて様子を窺っていると・・・
――――――女の子?
そこには、十六、七歳位の女の子がいた。




