カリバへ
一晩経ち、教会広場に降った雨は瞬く間に町中の噂となり、今日も朝から教会前は多くの人でざわめいていた。
教会の開かれた扉からは、朝の祈りを捧げる沢山の人達の姿が窺える。
「―――ほんと、効果は抜群なんだよね・・・」
結果だけ見ればその効果は歴然で、それ自体は喜ばしい事だと素直に思う。
けれど、この釈然としない私の気持ちはどうしたらいいのか・・・。
あれから結局、空腹に耐えかねた私は、二人と一緒に夕食を食べたのだけど・・・平然としている二人の横で、私はまともに顔も見れず、案の定ご飯の味も、喉を通ったかすら覚えていないという始末。
一晩寝て、何とか落ち着いたとは言え・・・今日はまた馬車の旅かと思うと、落ち着かない。
「まだ何か心配事でも?」
私がげんなりした顔で教会を見ていた所為か、ラインさんが心配そうに覗き込んできた来た。
「いえッ・・・え~と、グレゴール司祭は教会に戻って来るかなぁ~・・・と」
二人の事を考えてましたなんて言えるはずもなく、咄嗟にそう返せば、ラインさんは「そうでしたか」と優しい笑顔で納得してくれて、ちょっと申し訳ない気分になる。
「ジュードさんによれば、グレゴール司祭は昨日の雨の後、何処か吹っ切れたような晴れやかな表情で、また教会に戻ってもいいか?と聞いてきたらしいですよ」
けれど返ってきた答えを聞いて、私は心底ホッした。心配していたのは事実だしね。
それに、私の羞恥心も少しは報われるというものだ。
「ホントですか?なら・・・良かったです」
遠目に教会を眺めながら、今回の事件を振り返る。
まさか、人が影の魔力に浸食されるなんて。
しかも影魔獣に影憑きまで現れて・・・。
――――――あの黒いフードの影憑き。アレから放たれた影の様な黒い腕は、私をこの世界に引き摺り込んだモノと同じだった。
もしあの影憑きが、私をこの世界に連れて来たんだとしたら・・・それは何故なのか。どうやって世界を越えてきたのか。
もし、話すことができたら・・・聞けるだろうか?―――――もし、また会ったら・・・
「ライン隊長、馬車の準備が整いました!!」
ボーッとそんな事を考えていたら、元気なアルバートさんの声にハッと意識が浮上する。
――――――私は何を考えてるの?姿を見ただけで、あんなに恐ろしいと感じたのに・・・影憑きなのに・・・まともに話せるはず無いじゃないか。
「ありがとう。では、私はこれからカリバへシーナさん方を送り届けに行ってきます。アルバートは王都への報告を」
「はい!お気を付けて!!」
「アルバートも。それでは―――行きましょうか?」
アルバートさんが用意してくれたのは、行きと同じ様な幌馬車だった。
前回、二人の隣で寝こけて大変恥ずかしい思いをした、曰く付きの馬車だ。
でも、大丈夫。そんな私が今回、なんの対策もしていないなんて事は無いのだ。
私は促されるまま馬車に乗り込み、一番奥に陣取る。
スマホから昨日のうちに買っておいた厚手の絨毯を出して敷き、更にいくつかのクッションを並べれば・・・完璧だ。
私の家は元々、純日本家屋で畳敷き。ご飯はちゃぶ台に正座で食べていたし、布団も床敷きだった。だから・・・
――――――椅子にずっと座るよりも、床に直接座っている方が落ち着くし、楽なのよね。
ちょっとはしたない気もするけれど、一番奥のコの字型になってる所に後ろ向きで座れば、寝てしまっても寄り掛かるのは座席のみ。
本当なら、寝ないのが一番なんだろうけど・・・昨日はどこかの妖精のお陰で、布団の上でジタバタ見悶える時間が長かった所為で、すっかり寝不足で自信が無い。
一つ誤算があったとすれば、絨毯が思いの外大きくて、ラインさんとコウガの座るべきスペースにまで広がっている事ぐらいだろうか。
「シーナさん・・・これは?」
案の定、ラインさんが困惑気味に絨毯の手前で立往生している。
「ごめんなさい!今畳むので、ちょっと待って下さい」
「シーナ、オレもソコがイイ」
私が、二人が座れるように、絨毯を三分の一程折り畳もうとすると、馬車を覗いたコウガが待ったを掛けてきて、そのまま絨毯の上に腰を下ろしてしまう。
「え?でもそれじゃ・・・」
ラインさんはどうするの?と声を発する前に、彼もブーツの紐を解き始めていた。
ちなみに、コウガのブーツは既にペイッと転がっている。
「あのッ!靴は脱がなくても大丈夫なので」
「しかし、直接座るには」
「この絨毯には防汚処理がしてありますから、大丈夫ですよ」
そう。この絨毯には、昨夜のうちに境界の森の泉水を使って防汚の効果を付与してある。
昨日、眠れない夜を過ごした副産物だ。
とは言え、私は靴を脱いでしまったけれど。
「そんな事が可能なのですか?やはりシーナさんの錬金術は凄いですね。助かります、この靴は少々手間が掛かるものですから」
――――――うッ・・・そうですよね。流石にそのブーツの着脱は大変ですよね。一人だけ寛ごうとしてごめんなさい。
しかも、真面目なラインさんは、行きと同じ様にきっちり座席に座っている。
そりゃ、護衛として一緒に来てくれてるんだから、当たり前だ。
帰ったらラインさんにも、コウガと同じファスナー仕様のブーツをプレゼントさせて頂きます。
「あの・・・すみません、私の我儘で」
自分の事しか考えてなかった事を反省して頭を下げる私に、ラインさんは笑顔を返してくれる。
「いえ、そんな。この絨毯はとても座り心地が良いので、お陰で馬車の旅が快適に過ごせそうです」
「そう感じて貰えたなら、良かったです」
少量だけど、紫のフワ毛も一緒に錬成しておいて良かった。ふわふわな上に衝撃吸収の効果もあるのよね。
そうして、皆がそれぞれの場所に落ち着いた所で、ラインさんが馬車を出発させる。
ナガルジュナでの滞在はあっという間だったけれど、色々な事があった所為か、やっと帰れるという感じだ。
カリバに帰ったら、トルネが事件の顛末を聞きたくて、首を長くして待っているだろう。
でもマリアさんには、昨日のあの一件を知られたらダメな気がする。きっと全てを白状させられた上で、凄くニヤニヤされそうだから。
ラペルには、きな粉棒を作ってあげようか。お土産に買った髪留めは気に入ってくれるかな?
そんな事を考えながら、スマホの画面越しに魔法鞄の中身を確認していく。
そこでふと、絨毯の錬成で境界の森の泉水が、残り少なくなってしまった事に気が付く。
防腐、防汚、状態異常耐性の効果は凄く重宝するから、無くなると辛い。
水が貴重なこの世界では、お風呂なんて贅沢は出来ない。
最初のうちは、それでも自身に付いていた泉の洗礼の効果でなんとか気にせず過ごせていたけれど、その効果も日が経つにつれて薄れてしまい、何日かに一回はこの泉水を少し混ぜた水で身体を拭くことにしていた。
まぁ、本当はお風呂に入りたい所ではあるけれど・・・『湯水の如く』なんて水の使い方が出来ないのが、この世界の現状なのだ。
でも、その泉水がもうすぐ終わってしまう。
この水を使うと使わないとでは、サッパリ感が段違いだと言うのに・・・。
――――――あぁ、もう一度境界の森に行けたら・・・。今ならマリアローズもばっちりスマホに入っているし・・・。
とは言え、そんなに簡単に行けたら苦労はしない。それに、今は真っ直ぐカリバへ帰りたい・・・この問題は追々考えよう。
・・・そんな風に考えていた事もありました。




