仕返し
・・・・・・酷い目に遭った。
あれから、なんとか地に足を着けることができた私は、漸く宿へと戻って来ていた。
それはもう、物凄い早さで帰って来た。
お陰で、お昼ご飯を食べ損ねてしまった。
コウガはなかなか下ろしてくれないし、ラインさんも何故か苦笑するだけで助けてくれないし・・・フェリオは爆笑してるし。
ほんと・・・何の時間だったんだろう。
疲れ果ててベッドに座り込む私は、尚も涙を浮かべてヒーヒー笑っているフェリオを睨む。
「フェリオ?アナタよね?」
あの時のフェリオの言動は、明らかに可怪しかった。
「いやぁ?アレは・・・不幸な事故だろ?」
「ニヤニヤしながら言ったって、説得力無いんだけど?」
少し離れた所でフワフワ飛んでいたフェリオをガシッと捕まえ、目の間にプラーンとさせて更に睨む。
「オレはただ、ラインに"危ないから支えてやってくれ"って言っただけだし?」
そう嘯くフェリオに、あの時ラインさんが大きく頷いたのはソレだったのか!と今更ながらに自分の勘違いに気付く。
じゃあ、ホントに面白がってた訳じゃなくて、ただの事故だったの?
「それに、オレだって想定外だったさ。まさかあそこでコウガが張り合って来るとはなぁ~・・・クックッ」
想定外って事は、フェリオが急に飛び出して来て、私が足を踏み外したのは・・・想定内って事よね?
思い出してまた笑いながら、悪びれる事無くそんな事を言うフェリオにこめかみをひくつかせ、低い声を出す。
「フェ~リ~オ~!やっぱりワザとじゃないッ!なんで公衆の面前であんなッ・・・あんなッ・・・」
思い出したらまた顔にカァァッと血が上り、言葉に詰まる私に、フェリオはさも誇らしげに語る。
「でも、町の人達も喜んでたろ?教会に向かって祈ってる奴も何人もいたし。何より・・・あの司祭の部屋からは、教会広場がよく見えるんだよ」
ドヤァァァっと説明してくるフェリオに、私は一瞬口ごもる。
確かに、教会広場には雨に歓喜した人達が集まっていたし、「アメリア様の奇跡だ!」とか言ってるのが聞こえたから、これから教会に祈りに来る人はきっと増える。これは教会にとって・・・良いことだ。
それから、グレゴール司祭にも雨が見えていたなら、彼にもそれが聖女アメリアの意思として伝わったかもしれない。フェリオが司祭との別れ際に念押ししていたのは、きっとこの事だ。
聖女の意思として雨の降る教会を目の当たりにすれば・・・グレゴール司祭はそれを"赦し"と解釈できて・・・立ち直れるかもしれない。これも・・・良いこと、よね。
――――――確かに・・・確かに!良いことだけどッ!!
そのニヤニヤ顔から、面白がってるのがバレバレなのよ!善意は二割くらいでしょ!!
それでも、グレゴール司祭の事を考えた上での行動だと言われたら・・・文句を言い難い。
グッと口を閉ざして文句を封じて、それでも治まりきらず、ジッと無言でフェリオを睨みつけながら、此奴どうしてくれよう?と考える。
そしてふと、昨日買った大豆を思い出す。
そう言えば、大量の蜂蜜も手に入れた。
私は無言でフェリオを小脇に抱え直し、「あぁ~あ~、疲れたから甘いものが食べたいな~」とわざとらしく言いながらテーブルへ向かい、スマホから小さな釜を取り出し、その中に大豆と蜂蜜を適量入れる。
「フェリオ、錬成手伝ってくれるよね?」
ニ~ッコリと笑顔でフェリオに視線を向ければ、怒っていた私の豹変ぶりに眼を丸くしていた。
そんな様子に気付かないフリをして、有無を言わさず、未だに戸惑っているのを良い事にフェリオを急かす。
「じゃあフェリオ、お願いね?」
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・。
そうして出来上がったのは、薄黄色の捩られた棒状のモノ。
私はフェリオをテーブルに残し、小さな釜を抱えてベッドへ座ると、釜からソレを取り出して一口齧る。
ムチッとした歯触りに、香ばしいきな粉の風味。そこに蜂蜜がいい感じに甘さを足してくれている。
これぞ懐かしの味。きな粉棒。
「ん~・・・久し振りに食べると美味しい。ここはやっぱりミルクかな?」
スマホからミルクとコップを取り出して、一人でモグモグひたすら食べる。
すると、遠慮がちにフェリオが声を掛けてきた。
「な、なぁ、シーナ?ソレ何だ?旨いのか?」
旨いのか?と聞きながら、その眼は既に期待にキラキラ輝いている。
「コレ?これは私の国の伝統的なお菓子よ。素朴な味だけど、結構美味しいの」
「菓子なのか?じゃあ、オレにも―――」
フェリオが言い終わるのと同時に、私は最後の一本に齧りつく。
「あら?ごめんね。これで最後だった」
「―――――なッ!嘘だろ!?」
慌てたフェリオが釜の中を覗き込んできたけれど・・・勿論、これは仕返しなので嘘でも何でもなく、本当に空っぽだ。
「なぁ?オレの分は?本当に無いのか?」
打ち拉がれた顔で、こちらを見上げて来るフェリオ。
フフン、私で散々遊んだ罰なんだから。
「無いよ?これは、誰かさんの所為で心が磨り減って、お昼ご飯さえ食べられなかった、かわいそ~な私の為に作ったお菓子だし?人が大変な思いしてる隣で、爆笑したり、その元凶になった子の分は、勿論有りませんけど?」
私がわざとらしくそう言えば、フェリオはグゥと言葉を詰まらせる。
それから、ジッとこちらを無言で見上げて、何かを訴えてくるけれど、その手には乗らないんだから。
どんなに見た目が可愛らしい猫だったとしても、ウルウルな眼で、それこそ捨てられた子猫みたいな頼りない顔で見上げられたとしても!
ワタ、私は、絶対・・・許してなんて・・・。
――――――ッッ可愛いな、コノヤロウ!
「はぁぁぁぁぁ。もうッ!!分かった、分かった。作ってあげるから、あんな事、二度としないでよね!」
・・・結局、猫姿のあざとさに負けてしまった。絶対分かっててやってるのに。
「やったー!シーナありがとう」
しかも、そう言ってすり寄って来てお礼は言うくせに、「もうしない」って言ってない辺り、明らかに反省していないのに。
動物の可愛さに耐性をつけないと!・・・と私はこの時、真剣に考えたのだった。




