青い石
教会でマメナポーションを配り終わった後、私達は騎士団の詰所へとやって来ていた。
騎士団の詰所に着くと、早速黒いフードの男について聞かれ、その後に昨日の内に目を覚ましたグレゴール司祭から聴取した事件の概要を教えて貰う。
「――――要するに、アメリア正教会の信者を増やす為に聖水を配ったって事ですよね?」
ザックリ纏めすぎだとは思うけれど、まぁ、そういう事だろう。
湧水の聖杯喪失以降、その恩恵を受けられなくなった人々は、その信仰心が揺らぎ始めていた。
それは、喪失以降に産まれた若い世代、聖杯をその目で見たことの無い地方の者達に顕著に現れ、それに伴ってナガルジュナのアメリア正教会の信者は年々減り続けていた。
グレゴール司祭は敬虔な信徒であり、心から聖女アメリアを崇拝していた故に、その事に心を痛める。
どうすれば皆にアメリア様の偉大さを伝えられるのか・・・そう思案している所に、真っ白な髪に黒い瞳の少女に声を掛けられたと言う。
その少女は、アメリア様を心から崇拝しており、アメリア正教会の司祭であるグレゴールの事も尊敬していると語り、司祭に青い石のペンダントを贈った。
司祭はとても喜び、ただの石で出来たそのペンダントを肌身離さず身に付けていたのだが・・・日に日にその石が黒ずんでいる事に気が付いた。
しかし、その頃には既にグレゴール司祭の精神は蝕まれていたのだろう。
司祭の頭の中は、どうやって信者を増やすか、どんな事をしてでも信者を増やしたい、そんな想いに囚われていたという。
だからこそ、黒いフードを被った怪しげな男に声を掛けられ、腕輪と魔蜜蜂を与えられた時には、明らかに怪しいその男の言葉も、危険な魔獣を飼育する禁忌も、自分の目的を達成するに必要な物だと簡単に受け入れてしまった。
まぁ、実際はただの魔蜜蜂じゃなくて影魔蜜蜂だったし、腕輪も危険な魔道具だったんだけど、その辺りの事は知らなかったそうだ。
いや、知らなかったと言うよりは・・・思考を奪われていたのだと思う。
「問題は、黒いフードの男が教会で見た影憑きなのかって事だけど・・・」
アレと対峙した時の恐怖がゾワッと甦る。
「恐らく間違い無いでしょう。あとは、ペンダントを渡したという少女ですが・・・」
影憑きか、またはそれに準ずるナニかである可能性が高い。
「仮にそのペンダントが、本当にグレゴール司祭の思考に影響を及ぼしていたとして・・・そんなことが可能でしょうか?」
ラインさんの疑問に、あの時グレゴール司祭の胸から引き剥がされた魔石を思い出す。
「もし、そのペンダントの青い石が魔石を加工したものなら・・・」
「できる、かもしれないな」
独り言のような私の呟きに、フェリオが応え、その場にいた全員が息を呑む。
そんなモノが存在しているとしたら、この先グレゴール司祭の様に、影の魔力に浸食される人がまた出てくるかもしれない。
「そんなモノが・・・大量にバラ撒かれてるんだとしたら・・・」
自分の考えに更に背筋が寒くなる。
「早急に王都へ連絡を。影憑きの捜索は困難だが、その石を早い段階で発見出来れば、被害は最小限で済む筈だ」
隊長としてアルバートさんに指示を出す、少し強めの眼差しと声音のラインさんに危機感が募る一方で、普段の穏やかなラインさんも良いけど、騎士然としたラインさんも凛々しくて格好いいな、なんて思ってしまう辺り、やっぱり私の神経は出雲大社の大しめ縄くらい図太いんだと思う。
――――――でも、騎士団が総出で対応してくれるなら、安心でしょ?そうでしょ?不謹慎なこと考える余裕くらい、有った方がいいのよ!・・・多分。
「しかし、全ての人間を調べるなど、到底不可能では?何か手ががりがあれば良いのですが・・・」
不謹慎な私と違って、十六番隊の隊長のジュードさんが眉間に深い皺を刻みながら、捜索任務の難しさを示す。
「そうですね・・・グレゴール司祭に心当たりが無いか、もう一度聞いてみましょう。何か分かれば、追加情報として随時王都へ報告させます」
ジュードさんにそう返したラインさんに視線を向けられ、ハッとして座っていた椅子から立ち上がる。
「私も!私もグレゴール司祭にお会いしたいです」
そう。実は騎士団の詰所へ来たのには、他にも理由があったのだ。
イシクさんとの別れ際、私は彼に頼み事をされた。「もし、詰所へと行かれるのなら、グレゴール司祭にも、お会いなって下さいませんか?」と。
そしてもし可能であれば、グレゴール司祭の事も救って欲しい、と。
「図々しいお願いであることは重々承知の上で、どうか・・・お願いします。グレゴール司祭は誰よりもアメリア様の事を崇拝しておいででした。もし今、正気を取り戻しているのであれば・・・あの方は、きっとご自分を酷く嫌悪するでしょう。もしかしたら・・・」
イシクさんは、グレゴール司祭が自ら命を断つかもしれない、と危惧しているのだ。
私もグレゴール司祭の事は、魂源の様子も含めて気になっていたので力強く頷けば、イシクさんはとてもホッとした顔で深々と頭を下げて、何度も「ありがとう」と「お願いします」を繰り返していた。
正直、私に何が出来るか分からない。
グレゴール司祭を救ってくれなんて、荷が重い。
結局良い案が思い付かなくて、聖女様の御威光を借りる事になりそうだけれど、それでも、何もしないのもモヤモヤするから。
一度ついた嘘には責任を取らせて頂きます。




