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シーナの錬金レシピ  作者: 天ノ穂あかり
レシピ 2
59/264

〈ある助祭青年の初恋と信仰

 聖女アメリア。

 アメリア正教会助祭であるイシクにとって、崇拝するべき唯一の存在。

 しかし湧水の聖杯が消失してからというもの、近年では聖女様に祈りを捧げる若者はめっきり減ってしまった。

 そして最近、イシク自身の信仰も揺らいでいることを、彼は自覚していた。


 尊敬する司祭であるグレゴールの指示のもと、配り始めた聖水は、最初はとても素晴らしい物だと、得難い恩恵だと、心から思っていた。

 しかし日に日に、町の人々が教会へ訪れる目的が聖女様へ祈りを捧げる為で無く、聖水を得る為となっている現状に疑問を抱き始める。


 そんなある夜、彼は夢を見る。


 濃い霧で一寸先すら真っ白に染まった森の中。いや、草原だったか、花畑か・・・。

 うろうろと彷徨っていると、突然目の前の真っ白だった霧に青く人の形が浮かび上がり、なんとも言い表せぬ美しい声が耳に届いた。


『・・・ゴー・・・とめて・・・さい・・・は、せい・・・ません。あれは害・・・モノ・・・これいじょ・・・っては・・・せん』


 その夢は毎夜続いた。


 霧に浮かぶ人影は徐々に鮮明さを増し、その片眼が深い青色であることがわかる。

 そして、最初は聞き取れなかったその声が、何を訴えているのかも、分かってくる。


『グレゴール・・・とめて・ださい。あれは、聖水・・・ありません。あれは害をなす・・・これ以上・・・ってはいけません』


 毎夜、その夢の後でイシクは頭を抱える。

 グレゴール司祭に夢で見た事を相談するべきか、否か。

 もし、本当に聖女様からの御神託であれば、従うべきだ。しかし、この夢の話をするという事は即ち、司祭の行いを否定する事。

 それに、司祭を差し置いて自分が神託を授かったなどど、自分でさえも信じられない。本当は自分の不安が見せているただの夢なのでは無いか?


 そんな夜が何日も続き、眠れぬ夜を過ごしていたイシクは、結局グレゴール司祭の言葉に従い続けていた。


 しかし町の人々の様子がいよいよ可怪しいと感じたその日、彼は、聖女に出会った。


 朝、教会で出会った時から、その美しくも愛らしい姿と、彼女の纏う不思議な雰囲気が心に焼き付き離れず、再び出会った彼女は・・・その右眼に聖女様と同じ深い青色を映していた。


 聖女様が憑依したと思われるその彼女は、聖水は全くの紛い物だと言い、別の魔法薬を渡してくださった。

 それまで司祭への尊敬の念から、自分の夢を信じられずにいたイシクだったが、何故か彼女の言葉はすんなりと受け入れる事ができ、改めてグレゴール司祭に進言しようと心に決めた、その矢先。


 教会の地下より影魔獣が現れた。


 幸い、騎士団と聖女様の連れの獣人の青年によって人的被害は無し。

 しかし、グレゴール司祭が教会の地下で影魔獣を飼っていた事実と、気が触れた司祭が昏睡状態のまま、魔法薬を以てしても目覚める気配が無い、と聞かされたイシクは、心の底から自身の浅慮を悔いた。


 ――――――グレゴール司祭はこのまま目を覚まさないかもしれない・・・もっと早く、自分がグレゴール司祭を止めてさえいれば・・・。


 そんな彼の後悔を救ったのも、聖女様・・・いや、錬金術師の彼女だった。

 影魔蜜蜂襲撃後、聖女様が去った彼女の眼の色は茶色を映しており、その間の記憶は無いらしい。

 それでも、彼女はグレゴール司祭を回復するべく高度な錬金術を行使してくれた様で、グレゴール司祭が運び込まれた部屋から出てきた彼女は、意識が無いのか力尽きた様に騎士に抱かれていた。



「ライン、シーナはオレが運ぶ。オレはシーナの護衛ダカラな」

「いえ、彼女に無理をさせてしまったのは私です。責任を持って私が・・・」

「ダメだ。オレが・・・」

「いえ、私が・・・」


「――――――――だぁぁぁぁ!面倒臭い!だったら途中で交代しろ。それで公平、平等、不満無し!いいな?」

「イヤ、デモ・・・」

「しかし、それでは・・・」


「わ か っ た なッ!?」

「・・・アァ」

「・・・分かりました」


 何やら揉めていた騎士と獣人の青年を、おそらく彼女のパートナーであろう妖精が怒鳴りつけ、その場を納めた所でイシクは声を掛ける。


 彼女は、グレゴール司祭は大丈夫なのかと訊ねれば、どちらも眠っているが直ぐに目を覚ますだろうと教えてくれた。

 その事に少しホッとしたものの、彼女が去った後、騎士団からの状況説明と事情聴取、それに加えて教会の今後を考えると、イシクの心は重くなる一方だった。


 影魔蜜蜂の蜜が『聖水』の正体だったとは・・・自分はそれを人々に配ってしまった。

 知っていようといまいと関係ない。しかも、自分は気が付いていたのだ。それに、聖女様からの神託もあったというのに・・・。

 

 自分を、聖女様を、もっと信じる事が出来ていれば・・・。自分がもっと早く、司祭を止めいていれば。


 イシクはこの日も眠れぬ夜を過ごした。


 そして翌朝。

 聖水を求めた人々が教会前に集り、辺りは騒然としていた。

 その異様な光景にイシクは怯みながら、それでも自分に課せられた責務として、丁寧に説明を続けるが、一向に収拾がつかない状況に途方に暮れていると、昨日の彼女が現れた。

 昨日の礼をするイシクに、彼女は逆に謝罪の言葉を口にすると、特に何を聞くでもなく、すぐさま魔法薬を提供し、自らもそれを配付していく。

 

 その心根が、その笑顔が、イシクの心には眩しすぎて・・・痛かった。

 こんな自分が・・・聖女様の言葉を聞かず、町人達をこの様に狂わせてしまった自分が、聖女様に祈りを捧げるなど・・・聖職者を続けるなど、許される訳がない。

 この騒動が収まったら、教会を去ろう・・・そう考えていた。

 そんな心内を懺悔する様に吐露すれば、彼女は優しい笑みを浮かべて言ったのだ。

 

「イシクさんは聖職者に向いてると思いますよ?だって、貴方の祈りはきっと、聖女アメリアに届いているもの」


 彼女の眼が一瞬、深い青を映す。

 彼女の言葉は聖女様の言葉だと、示すために。


 イシクはその時、確信した。

 聖女様は、彼女の身体を借りていた訳ではない。彼女自身が、()()なのだと。


 今日の彼女は、全てを理解していた。彼女は、聖女様が降りていた時の記憶は無いと言っていたけれど、魔法薬の重要性を理解し、直ぐに対応出来ていた。それこそ、なんの打ち合わせも無く、すんなりと。

 それだけなら、パートナーとして一緒にいた妖精が教えた、と思ったかもしれない。けれど・・・

 

 彼女は、会う度に眼の色が違っていた。

 昨日、初めて目にした時は薄茶色の眼をしていた。

 その次に会った時は、濃紺と空色だった。

 その次は茶色、そして今日は焦げ茶色。

 きっと彼女自身、気付いていないだろうけれど。


 眼の色を変えられる者など、この世界には居ない。魔法を使える者でも、錬金術師でも不可能だとされている。


 彼女が・・・聖女様が聖職者で在れと仰られた。


 イシクの心に芽生えた仄かな恋心は、この時、それを凌駕する信仰心によって塗り替えられる。


 美しくも強く、どこまでも優しく、それでいて迂闊で何処か放っておけない可愛らしい聖女様に。これからの聖職者人生を全てを捧げよう。


 イシクの心には、今まで以上の信仰と敬愛が溢れていた。

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