浄化?いいえ、洗浄です!
「な?似たような事してただろ?」
「・・・似ては、いるけど」
心の中で散々喚いてみたけれど、確かに・・・似てはいるのよね。
でも、だからこそ・・・躊躇ってしまう。
あの時、後から知った事実に暫く身体が震えていたのを覚えてる。
あの一瞬、確かに私は人の命を預かっていた。
私は医師を目指した事は無いし、人の生死に関わる覚悟なんて、全く無い。
だから、突然私の手に誰かの命を乗せられても、怖くて落としてしまいそうだ。
「シーナ。シーナなら出来る」
フェリオが何時になく真剣な声音で私を諭す。
「フェリオ・・・でも」
「それにな?錬成で体力を消耗しても、ポーションで回復できる。だから、今より悪化する事はない。何より回復させる手が、今はコレしか無いんだ」
「―――悪化しないって、ほんとう?」
「・・・あぁ。モチロン」
――――――今、間があったよね?
「ほんとう?」
「ッ大丈夫だ!」
・・・・・・・・・・・。
きっと、悪化しないっていうのは嘘だろう。嘘とまではいかずとも、100%ではない筈だ。どうなるか分からないって、さっき自分で言ってたし。
でもきっと、私がやらなきゃ回復しないってのは本当の事。
命の重みに耐えかねて、自分の手が届く所に在るのにただ眺めて何もしないでいたら、後々きっと、その重みはどんどんと重量を増して、今の何倍もの重石を心に抱える事になる。後悔っていうのはそういうものだ。
ふん!伊達に三十ウン年生きてないっての!
やらない後悔のが後を引くなんて、何度も経験済みなんだから!
軽く追い詰められて、若干自棄を起こしたと思われるかもしれないけれど、このぐらいの勢いが無いとこんな事出来ないのだ。
「・・・分かった。やってみる」
それでも、恐る恐る出した私の答えに、フェリオは大きく頷いてくれる。
「よし!じゃあ、まずは魂源の視認からだな。まずは両眼でこの辺をよ~く視てみろ」
フェリオが前足で指し示したのは、丁度魔石が埋まっていた辺り。
影の魔力の根が残るその辺りを、魔結晶をイメージしながらジーッと視る。
――――――んん?うーん・・・コレ、かな?
ジッと、ジ~ッと視ていれば、確かに胸の中心、心臓の辺りに魔力の塊が在ること分かる。
けれどそれは明確なものじゃなくて、なんとなく分かる程度。
「・・・魔力の塊は視えるけど、これじゃハッキリ認識できたとは、言えないかな」
眉を下げてフェリオを見れば、チッチッチッと猫手を器用に口元で振って見せる。
格好つけてるけど、むしろ可愛いよ?
「視認できたら、今度はその場所を右眼だけで視てみろ」
「右眼だけ?」
片眼で視たら逆に見辛そうだけど。
それでも言われた通り、左眼を手で隠してから、同じ様にジッと視る。すると・・・
凄い・・・さっきよりハッキリ視える。
先程までボンヤリとしていたソレが、明確な輪郭を持って胸の中に存在している事が分かる。
ソレは、青い卵の様な形と大きさで、けれど真ん中辺りに黒い蜘蛛が張り付いた様なシミができている。そこが影の魔力に浸食された所だろう。
「視えた・・・それで、この後はどうすればいいの?」
視線は外さず声だけでフェリオに訊けば、ニョキッとフェリオの頭が視界に入ってくる。
「そのまま、魔石を魔結晶にした時と同じ様にイメージするんだ」
フェリオの妖精の炎が私の手を伝って魔力と混ざる。
私は魔石を洗うイメージを思い出そうとするけれど、グレゴール司祭の体内に在ると思うと、魔力がグレゴール司祭の身体の上を流れるばかりで上手く行かない。
「シーナ。上手く出来ない時は、見方を変えて一つずつイメージするんだ」
「見方を?」
「まずは身体の中に魔力を届けるイメージだ」
身体の中に魔力を届ける。
身体の中に・・・浸透させる。
浸透・・・高い化粧水は肌への浸透力が違う、とかCMでやってたなぁ。
なんて事を考えていたら、流れ落ちていた魔力がグレゴール司祭の身体の中へ不思議とすんなり入っていく。
――――――おぉ!出来た。
「よし。そしたらなるべく負担が無いように、最小限の魔力で錬成するぞ」
フェリオの言葉に、私を含めその場にいた全員がゴクリと息を呑む。
私は出来るだけ魔力量を減らすべく人差し指一本から魔力を流し、魔結晶に意識を集中させる。
アレは魔結晶。魔結晶、魔結晶・・・。
ちょっと汚れてるから綺麗にするだけ。
あの黒いシミを・・・シュワッと浮かせて、剥がして・・・汚れ戻りしない様に・・・。
するとほんの少しずつだけれど、黒いシミが薄くなり始める。
そのスピードにヤキモキしながら、それでも根気よく少量の魔力を流し続け、イメージを絶やさない様に集中し続ける。
この汚れ、すっごく頑固!
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・
最終的には、完全に靴下の泥汚れか、襟元の黄ばみを落としている気分になりながら、それでも漸く全てのシミを綺麗に消し去る。
すっかりムキになっていたのに気付き、慌ててグレゴール司祭の様子を窺えば、蒼白かった顔に血の気が戻り、穏やかな表情をしていることにホッとする。
「よし・・・綺麗になった!」
妙な達成感と共に呟けば、パッとラインさんの顔が明るくなり、コウガもどこかホッとしたように息を吐き出す。
みんな、実は凄く不安だったみたいだ。
そりゃそうだ。私だって手が震えてるもの。全力で見ないようにしてたけど。
その震える手に、フェリオが頭を擦り付け、
「やったなシーナ、流石オレのパートナー!」
「シーナさん。本当にありがとうございます」
「流石ダナ」
口々に誉められて、緊張と重圧から解放されると、張り詰めていた何かがプツリと途切れるのが分かる。
すると、急激な倦怠感と共に眠気が一気に押し寄せてきた。
――――――あれ?・・・だめ。まだ、司祭の回復、と・・・魔石が・・・ムリ、ネムイ・・・。
なんとか取り出したマメナポーションが手から滑り落ち、カツンッと音を立てた事で少しだけ意識が浮上する。
けれどそれも一瞬の事で、直ぐにまた睡魔に襲われた私の意識は、身体が受け止められる感覚と共に、眠りの中に包まれた。




