行商親子
「―――えっと・・・なんの事?」
前に一度、似たような事をした?
私はこれまで錬成したものを思い返してみるけれど、そんな状況に全く覚えが無い。
「アレだよアレ。ルパのチョーカー」
ルパちゃんってこの指輪を売ってくれた行商の娘さんよね?
小指に嵌まったサファイアの指輪を見ながら、その時の事を思い出す。
ルパちゃんとは、魔道スマホ用の宝石を探してカリバの町を歩いてる時に出会った。
カリバの宝石店や服飾店、最初にラインさんに連れていってもらったお店。トルネとラペルに案内して貰って色々回ったけれど、なかなか良い石が見つからず、商店街をウロウロしている時だった。
路地裏から小さな女の子が飛び出してきて、ラペルとぶつかってしまったのだ。
その子は、この辺りでは見掛けない褐色の肌と、民族衣装にヘアバンド?ターバン?を目の上辺りまで頭に巻き付けた、異国情緒溢れる女の子だった。
「大丈夫?」
尻餅をついたラペルが、トルネに助け起こされて大丈夫!と返しているのに安堵しながら、両手両膝をついて未だ下を向いたままの女の子に声を掛ける。
「あなたは大丈夫?怪我してない?」
けれど女の子は答えず、カタカタと震えるばかり。
しかも、両手をついたその地面にはポタポタと幾つもの水滴が・・・。
「どこか痛いの?痛いトコ見せて?」
怪我をしたなら大変だ!と女の子の肩をそっと押して顔を上げさせれば、想像以上に悲しげな瞳が向けられた。
女の子は、苦しげに顔を歪め、悲壮感すら感じさせる瞳で口を開く。
「おねッぃ・・・パパを・・・クゥッ」
けれど、言葉を発する度に苦しそうに喉を押さえ、何かに抗うようにそれでも声を絞り出す。
私は突然の事態に混乱し、どうしたらいいか分からず、それでもこれ以上喋ってはいけない事だけはなんとなく理解する。
「喋ってはダメよ。喉が痛いの?それなら飴をあげる」
ポーションキャンディをあげようと、トルネを振り返れば、ぎゅっと私の服を掴んだ女の子が、ぶんぶんと首を振って更に喋ろうとする。
「パパを・・・たすけッッゲボッッ」
パパをたすけ・・・パパを助けて?
「お父さんが居るのね?何処にいるの?」
未だ苦しそうに顔を顰めながらも、女の子は一瞬安堵の表情を浮かべて路地裏を指差す。
どうやらこの子の父親はこの先に居るらしい。
苦しそうな女の子を抱き抱え、父親を探す。
路地裏の少し奥まった所。少しだけ広いその場所に、薄い敷物の上に横たわる一人の男性を見つけて駆け寄る。女の子と同じ様な格好と褐色の肌をしているから、きっと彼が父親だろう。
近付けば、顔色も悪く、荒い息遣いと大量の汗を滴らせ、苦しそうに眉間に皺を寄せている。
「これ、飛蟻に噛まれた跡だよ。この数は・・・」
トルネの言葉に目を向ければ、彼のズボンは所々裂け穴が開いて、覗いた肌には二つ並んだ傷跡が幾つも確認出来た。
いくら弱い毒とはいえ、この数はマズイ。流石に死んでしまう。
「トルネ、解毒薬持ってた?」
女の子を下ろした私が振り返るより先に、トルネが魔法鞄から解毒薬を取り出し、男の人に飲ませる。流石だ。
少し様子を見ていれば、女の子の父親は直ぐにその両目を開けてくれた。
それと同時に驚いたように自身と、私達を見比べ、そしてハッとした様に彼にぎゅっとしがみついていた女の子を見る。
「ルパッ!まさか・・・助けを求めたのか!?そんな事をすれば・・・ルパ!ルパッ!!」
一難去ってまた一難。
先程までよりも更に顔を歪めた女の子が、父親の腕の中で苦しげに背中を丸めている。
「その子も毒に!?」
慌ててもう一本解毒薬を用意しようとすると、父親は悲しげに首を振る。
「違うんです。これは・・・」
その間も苦しそうに首に手を当てている女の子の姿は、首を絞められているかの様だ。
何か分からないかと、父親の目を盗んで青眼に戻して女の子の首辺りを視る。
すると女の子のオレンジ色の魔力の他に、首の辺りにギラリと光る紫の魔力が視えた。
「ちょっと視せてください」
女の子を抱く父親を押し退け、首元を隠す立ち襟を開ける。
するとそこには、首を締め付ける黒のチョーカーと、その中心に魔力を発する紫の宝石。
――――――なにこれ!!首が絞まってるじゃない!!
父親がこんな事をしたのかと、キッと彼を睨み付けるが、彼もまた憤りを露にそのチョーカーを睨み付けている。
「―――これは・・・呪いの魔道具です。"人に助けを求めてはならない"。この子に掛けられた戒めの一つです。それなのに、この子は・・・」
――――――パパを助けて。
「そんな・・・」
それを知った上で、私達に助けを。
私の服をギュウッと握ったラペルが自分の事の様にポロポロと涙を流し、トルネも悔しそうに拳を握り締める。
家族を失う恐怖も悲しみも、この子達は知っている。そして私も・・・。
――――――助けたい。この子を助けたい。
このチョーカーが悪いんだ。こんなモノを着けているから、この子はこんなに苦しそうにしてるんだ。
「フェリオ!」
「どうした?」
「錬成でこれ取ろう!」
「うぇ!?」
「錬金術は解体だって出来るんでしょう?」
「まぁ、そうだが・・・」
「じゃあ、お願い!」
「おい、ちょっとまっ」
このチョーカーを外して、この子から呪いを引き剥がしてやる!
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・パキッ。
チョーカーに魔力を注ぎ、外れろ!と念を送っていると、中心にあった紫の宝石が真っ二つに割れ、そのままスルッとチョーカーが滑り落ちる。
「・・・・・・はず、れた?あんなに強力な魔道具が?」
「ケホケホッ・・・・パパ、パパッ!!」
父親の掠れて上擦った声は、女の子の嬉しそうな声に掻き消された。
「あぁ、ルパ!ルパ!!良かった、本当に良かった」
喜び会う親子をそっと見守りながら、ふと外れたチョーカーを見てゾッとした。
割れた紫の宝石が、思っていたよりも長く先の尖った形状だったからだ。
もしかして・・・喉に刺さって?
今更ながらに、なんとも強引な手段だったと反省する。
今回はたまたま上手くいったみたいだけど、下手をしたら女の子は死んでいたかもしれない。
こんな危険な錬成は今後二度としない。
――――――そう決意した記憶は、確かにある。
でも、今回の状況は似て非なるモノでしょう?
今回のグレゴール司祭のは、ルパちゃんのチョーカーみたいに目に見える訳じゃない。
それに、チョーカー自体は装飾品だし、あの時は身体に刺さってるなんて知らなかった。だから人体の一部だなんて微塵も思ってなかった訳で・・・。




