妙案
暫く無心で魔蜜蜂回収をしていると、他の騎士達と共に作業をしていたラインさんが戻って来た。
「シーナさん・・・申し訳無いのですが、グレゴール司祭を視て頂けませんか?」
「グレゴール司祭を?」
グレゴール司祭はあの後、騎士の手によって地下から運び出され、魔法薬での治療を施されていたはず。
「はい。彼には魔法薬での治療を行ったのですが・・・容態が芳しく無く」
私が視た限り、彼の状態は昏睡と衰弱、魔力欠乏。衰弱と魔力欠乏は魔法薬で回復が出来るはず。
急いで現在のグレゴール司祭のステータスを確認すれば、やはり、衰弱と魔力欠乏の文字は消えていた。けれど、未だ昏睡のまま。
やっぱり原因はこの魂源の浸食だろうか?
ステータス上に表示されたままの、魂源浸食の文字をジッと見つめて思案する。
やっぱり、マメナポーションを飲ませてみるのが一番かな?同じ浸食なら効くかもしれないし。
「分かりました。彼は何処に?」
「あちらの部屋です」
案内されたのは、聖水を配っていたあの部屋だった。聖水が入っていたウォーターサーバーは、今は空になって部屋の隅に追いやられ、それが乗っていたテーブルにグレゴール司祭は寝かされていた。
その蒼白い顔と、剥き出しの薄い胸に浮き上がる鎖骨と肋骨に、生きているかさえ疑わしい。けれど、掠れて引っ掛かる様な浅い息遣いが、辛うじて彼の生を主張している。
私は、それまで付き添っていた騎士が、ラインさんの指示で退出したのを確認してから、眼の色を元に戻す。
グレゴール司祭の元々の魔力は青。けれど魔石が剥ぎ取られた辺りには、未だ黒紫の魔力が千切れた根の如く残っていて、身体を覆う魔力にも混ざっている。
「やっぱり、影の魔力に浸食されてますね。聖水対策用に錬成したポーションを試してみましょう」
「お願いします」
マメナポーションを取り出し、ラインさんにグレゴール司祭の身体を起こして貰い、口の中に注ぐ。
飲み込む力も既に無く、ゆっくりと注いでも口の端から溢れ落ちて半分も喉を通らなかったけれど、それでもその身体から僅かに魔力が湧き上がる。けれどそれは・・・
「どうですか?」
ラインさんの問い掛けに、私は緩く首を振る。
「―――ダメです。回復した魔力にも影の魔力が混ざってる・・・消える様子も無いし」
「その魔法薬の効果はどのようなものなのですか?」
「これは、マナポーションに蔓豆を加えて錬成したもので、魔力と精神に含まれる毒素や異物を排出する効果があるんです。先程教会前にいた女性には効果があったんですけど・・・」
そう。食堂の男性も教会前の女性も、回復した魔力は彼等が元々保持していた魔力だけ。そして影の魔力は確かに消えた。
何故、異物であるはずの影の魔力が消えないの?やっぱり、一本分きちんと飲まなければダメって事?
私がもう一本マメナポーションを飲ませるべきかどうか悩んでいると、フェリオがトンッと肩から飛び降りる。
「なぁシーナ、マメナポーションは異物を排出するんだよな?」
「そうだよ?だから、なんで・・・」
「じゃあ、影の魔力がソイツの一部になってて、異物って判定されてないんじゃないか?」
影の魔力がグレゴール司祭の一部?どういう事?
私が困惑に眉を顰めれば、フェリオが焦れたように続ける。
「魂源ってのは、平たく言えば生物のベースだ。そこが判断基準だとすれば、、、」
「ッッ!!それが浸食されてたら、異物として認識されない!?」
そこまで聞いて漸く理解した私は、フェリオの言葉を遮って、思わず叫ぶ。
要するに、既に影の魔力もグレゴール司祭を構成する一部になっているから、彼の身体がソレを異物と判断していないって事?
「あぁ。それに、魔力ってのは魂源から生み出されるんだ。どんなに魔力を回復しようと、大元が浸食されてちゃどうにもならない」
確かに、それじゃいくらマメナポーションを飲ませても、なんの解決にもならない。でも、それならどうしたら・・・。
横たわるグレゴール司祭を前に、完全に打つ手を無くして立ち竦む。
このまま、ただ衰弱して行くのを見ている事しか出来ないの?
ポーションを飲ませ続けたとしても、目を覚まさないのなら意味は無い。
――――――ガチャッ。
その場の強張った空気は、人払いされたはずのこの部屋の扉が、外側からなんの前触れもなく開かれた事で動き出す。
「コウガ!・・・ッて、何で水瓶?」
入ってきたのは、魔石を沈めた水瓶を持ったコウガだった。
いや、かなりの大きさだし、水も入ってるのに・・・重くない?
「私が彼にお願いしたんです。ここなら魔石の浄化も出来るかと思いまして。瓶ごと・・・とは思いませんでしたが」
ラインさんは、その表情を苦笑で緩ませながらコウガを中へ招き入れ、コウガは平然と水瓶を部屋の中まで運び込む。
そんなコウガを見ながら、フェリオが何やら難しい顔でブツブツ言い始める。
「浄化?・・・そうか、それなら・・・いや、でもそれだと・・・」
「持ってきたガ、すぐ錬成するノカ?」
「えっと・・・」
コウガの問い掛けに、私は直ぐに答えを出せなかった。
グレゴール司祭の容態が気になるけれど、かといってどう対処したらいいか分からない。それなら、先に魔石を魔結晶にした方がいいだろうか?
「いや、ソッチのおっさんのが先だ」
私が悩んでいると、フェリオが先に答えを出した。
そのどこか吹っ切れた様な、閃きを宿した視線に、私も期待が膨らむ。
「何か、考えがあるの?」
「あぁ。シーナ、あのおっさんの魂源、魔石みたいに浄化しろ」
――――――え?魂源を・・・浄化?
「そんな事出来るのッッ!!!?」
思わずガシッとフェリオを掴み、プラーンとさせて聞き返せば、若干嫌そうな顔をしたフェリオが、それでもそのまま説明してくれる。
「魂源ってのは魔結晶だ。恐らく、魔結晶が影の魔力に全て浸食されたら、魔石になるんだろう。そこで、だ。魔石を魔結晶に錬成出来るなら、魂源も同じ様に錬成で浄化出来るんじゃないか、と思ってな」
「確かに。その可能性は充分にありますね。ですが、魂源の様に眼に見えないものを正確に錬成することが可能でしょうか?」
ラインさんは直ぐにフェリオの案を理解して、その問題点を挙げる。
「それは、シーナ次第だな。シーナの眼なら、目を凝らせば視えると思うんだよ」
えッ!私次第なの?視える気がしないんだけど・・・。
「それって・・・どうやるの?」
魔石と同じ様にと言われたら、私のイメージは"魔石を魔力でザブザブ洗う"だ。
でも、そんな事して大丈夫?魂源って物凄く重要なモノなんでしょ?ましてや身体の何処に在るのかさえ分からないのに、人体に悪い影響とか無いんだろうか?
「そうだな・・・まずは魂源を正確に認識出来なきゃ無理だろう。それが出来たら、魂源にだけ正確に魔力を注ぐイメージで、極力他へ影響が及ばないように錬成するのが良いだろう」
――――――フェリオがサラッと難しい事言ってますけど?
「・・・・・・・もし、もしもよ?その錬成をしたとして、失敗・・・したら、どうなるの?」
恐る恐る聞いてみれば、フェリオはウ~ンと唸る。
「出来るかどうかも可能性の話だからな。実際どんな影響が出るかは分からない。ただ、他人の魔力ってのは、少なからず負担にはなるだろうな。このおっさんが耐えられるかどうかは・・・やっぱり分からないな」
それって、医師でもない人間がぶっつけ本番で手術して、最短で終わらせないといけないぐらい高難度なのでは?
「でもまぁ・・・錬金術自体は人体に影響しないはずだから、気を付けるのはそこだけだ」
――――――え?そうなの?
「じゃあ、錬成してる最中に怪我したり、血が出たりしない?」
失敗した瞬間グレゴール司祭の胸に大穴が・・・とか、ちょっと怖い想像をしていた私は、フェリオの言葉に少しだけ安堵する。
「それは無い。ただ、その所為で上手く行くかも分からないんだけどな」
「どういう事?」
フェリオの言葉に首を傾げる。傷付かないなら、良い事じゃないの?
「錬金術師は、普通は生きてる者を素材と見なす事は出来ない。これは、心理的な部分が大きいらしいが、どんな錬金術師でも一緒だ。だから、人体が錬金術でどうにかされる心配は無いんだ。でも逆に、魔結晶を身体の一部と捉えてしまうと、錬成は失敗する」
――――――えぇぇぇぇ・・・無理。
難易度跳ね上がってますけど?
「でもシーナは前に一度、似たような事しただろ?」
フェリオの言葉に?マークが幾つも浮かぶ。
え?私にはそんな記憶無いんだけど?




