影憑
――――――真っ黒。
「「シーナッッ!!」さんッッ!!」
目の前が黒に塗り潰される瞬間、金と銀の煌めきがそれを押し返す。
私の視界に飛び込んできた二人は、それぞれが黒い影とぶつかり合い、弾き返している。
すると、弾かれた黒い影はそのまま霧散し、真っ黒に覆われていた視界がすっかり晴れると・・・その先に居た筈の、本体とも言うべき黒ローブの姿さえ、亀裂ごと消え失せていた。
「今のは一体・・・シーナさん、大丈夫ですか?」
黒ローブが立っていた辺りを警戒しながら、ラインさんとコウガが振り返る。
私はと言えば、いまだに腰が抜けて座り込んだままで、フェリオは咄嗟に私を守ろうとしてくれたのか、ビタッと胸に張り付いたまま身体を強張らせている。
「・・・ッハッ・・・ィッッ」
「大丈夫」そう言おうとして、自分が上手く呼吸出来ていない事に気付く。
あの凍える様な悪寒は既に消え失せているけれど、深く突き刺さった恐怖は、そのまま抜けずに心臓の辺りを圧迫している。
「ムリするナ」
コウガが私の隣に来て、ポンポンと頭を撫でてくれる。
「ゆっくりで大丈夫です。落ち着いて」
ラインさんが私の隣に膝を折り、背中を優しく擦ってくれる。
「シーナ・・・」
フェリオが気遣わしげな上目遣いで、私を見上げる。
―――大丈夫、アレはもう居ない。もう消えた。
自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返し、フェリオの背を撫でる。
そのふわサラな温もりと、頭と背に感じる少し骨張った温もりに、詰まっていた喉から少しずつ酸素が入ってくる。
すぅぅぅ――――――はぁぁぁぁ・・ 。
一度、ゆっくりと深呼吸をして、心を整える。
「うん・・・もう大丈夫です。ごめんなさい」
守って貰ってばかりで、役立たずで足手まといで、申し訳無くて深く頭を下げる。
「シーナさんを守るのは、当たり前の事です。此方こそ、危険な目に会わせてしまい申し訳ありませんでした」
「スグに気付けなくて、悪かっタ」
そんな私に気を遣った所為か、二人まで頭を下げて悲しげな顔になってしまう。
ダメだ、折角二人が助けてくれたのに、こんな顔させるなんて。
落ち込むのは一人で出来るし、一人でするべき。こんな風に周りの人を巻き込むべきじゃない。それに、まず伝えるべき言葉は、もっと他にあるじゃないか。
「うぅん、助けてくれてありがとう。流石にちょっとビックリして腰抜けちゃったけど」
お手数をお掛けします、と戯けた調子で笑顔を作れば、ホッとした様な笑顔が返ってくる。
「立てるカ?」
「立てますか?」
そんな私にコウガとラインさんが手を差し伸べてくれる。
「全く、世話の焼けるヤツだな」
フェリオはそんな事を言いながら、未だに私の胸にしがみついてますけどね?
二人に支えて貰いながらなんとか立ち上がり、今度こそはっきりと明るい声を出す。
「ありがとう、もう大丈夫!」
「では、私は後片付けをしてきます」
ラインさんはそんな私の様子を確認して優しく頷くと、そのまま他の騎士達の元へ行って指示を出し始める。
「俺達はどうスル?」
コウガはポンポンッと私の頭を撫でてから、辺りを見渡しながらそう聞いてきた。
「私も後片付けを手伝いたいんどけど・・・」
そこまで来て、私にも漸く周りを気に余裕が生まれ・・・思い出す。
・・・そうだ!あの人はッッ?
慌てて視線を崩れた地下に向ければ、黒い影に吹き飛ばされた騎士も、グレゴール司祭も、別の騎士によって救護されていた。
騎士の人はどうやらそれほど重傷ではなかったらしく、低級のポーションを貰って既に回復した様だ。
けれど、グレゴール司祭の身体には、未だ黒紫の魔力が纏わり付いていて、グッタリとしたその姿では、無事かどうかが判断出来ない。
私はスマホを取り出し、ヒトヨミ機能を使ってグレゴール司祭の状態を確認する。
罪悪感とか、取り敢えず今はどうでもいい。
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名前:グレゴール・オルデン
性別:男 種族:人族/???【不完全体】
年齢:64歳
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・
・
状態:昏睡・衰弱・魔力欠乏
魂源浸食【38%】
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昏睡、衰弱って、このままだと危険な状態だけど、まだ生きてはいるのね。体力はポーション、魔力欠乏はマナポーションでなんとかなるし。
そこまで見進めてホッとしたのも束の間、見たことの無い不穏な単語に首を捻る。
魂源浸食ってなに?何%って出ているって事は、魔力浸食と似たような症状だろうか?でも、魂源って・・・。
「シーナ、どうした?」
突然スマホを取り出し見入る私に、定位置に戻ったフェリオが問い掛けてきた。
そうだ、私では知識が足りないんだから、聞けばいい。
「えっと、グレゴール司祭の状態が魂源浸食ってなってて・・・でも魂源が分からなくて」
「魂源?・・・まさか、魂源が影の魔力に浸食されてるのかッ!?」
私が問うと、フェリオはグイッと身を乗り出し、食い入るようにスマホ画面を見詰める。
コウガの様子を窺うと、彼も相当驚いたのか、目を瞠ってグレゴール司祭を凝視していた。
「あの・・・魂源って?」
無言になってしまった二人に、再び遠慮がちに問い掛ける。するとフェリオは、なんだか難しい顔で説明してくれた。
「生きてるモノは全て、魔結晶を持ってるってのは、前に話したよな?」
「うん」
そう。どんな小さな虫でも、獣でも、もちろん人間でも。大小等の違いはあれど、全てが持っているのが魔結晶。まさか?
私がハッとしてフェリオを見れば、フェリオは重く頷く。
「そう。簡単に言えば、魂源ってのは魔結晶の事だ。ただ、その魂源が、そのモノの在り方を決める」
「在り方?」
「あぁ。シーナには視えてるだろう?魔力の質の違いや色の違いが」
確かに、視える魔力は人それぞれ。正しく十人十色だ。私が頷けば、フェリオが続ける。
「それが個性。そのモノの人格とか性格みたいなものを表してる。じゃあ、魂源が変わったら、ソイツはどうなると思う?」
「性格が、変わる?」
でも、性格や人格だけなら、影魔蜜蜂の中毒とそんなに変わらないんじゃあ・・・?
私の疑問を察したのか、フェリオが緩く首を振る。
「性格だけじゃない。存在自体が別のモノになる。そこにもあるだろ?」
フェリオが指しているのは、グレゴール司祭の種族の欄。人族とナニかの【不完全体】。
元々司祭は人族で、魂源を浸食されてナニかに変化していた?それってまさか・・・。
「恐らくソレが、影憑・・・だろうナ」
今まで黙っていたコウガが、ボソリと呟く。
やっぱり、そういう事なんだろうか?
私がそう認識した途端、グレゴール司祭の種族欄が人族/影憑【不完全体】に更新された。
その瞬間、心臓がドクンッと嫌な音を立てる。
私は・・・種族欄でこれと似た表示を、見た事がある。もしこの表示が同じ様式なら・・・私は?
「聖女様ッッッ!!」
深く沈みそうな私の思考は、イシクさんの叫びによって遮られた。




