遭遇
「それで、コレなんですが・・・」
そう切り出したラインさんの視線が、手に持った二つの魔石に落ちる。
「この魔石も浄化が可能でしょうか?」
――――――浄化?
少しだけ考えて、錬成で魔結晶に創り変える事だと理解する。
浄化って言われると、何だか大袈裟な気がするんだけど・・・自分的には洗浄のイメージだしね。
「多分、大丈夫だと思います。ただ、この場で錬成するのは・・・」
フェリオとトルネに、人前では錬成をするなときつく言われてる身としては・・・人目がありすぎる。
「確かに、大騒ぎになりますね。しかし、そうなると水が必要ですね・・・」
魔石は放っておいたらまた影魔獣になるんだっけ?
さて、どうしたものか。と考えを巡らせていると、肩の上から不穏な雰囲気を感じた。
フェリオを見れば・・・ニヤニヤしてる。
――――――絶対、良くない事考えてる!
フェリオには後でお仕置きするとして、先ずは早く水を探さなければ。
教会をぐるりと見渡して、アメリア像の足元の瓶が目に入る。ギリギリ崩落を免れ、先程どの戦闘で上の方にヒビは入っているけれど、多分まだ水が入っているはず。
「あの瓶の中はどうでしょう?」
私が指差せば、ラインさんは「あれは?」とその存在に首を傾げる。
「聖水用の水だそうです。ああやって祈りを込めてるらしいですよ?」
「聖水用の?それは、大丈夫なのですか?」
うーん。さっきイシクさんが持ってきたのがここの水なら、多分大丈夫だと思うけど、そう聞かれると自信が無い。
「そうですね。それなら、私が行って中身を確認してから魔石を入れれば大丈夫だと思います」
「いえ、それではシーナさんが危険です。落下の危険もありますし、魔蜜蜂がまだ出て来ていますから」
ラインさんは安定の心配性ですね。
でも、この役目は私にしか出来ないので!
「でも、あの聖水が入っていたら、魔石を入れるのはもっと危険ですし・・・ラインさんが一緒に行ってくれたら大丈夫ですよ」
不安なんてありません!とあえて笑顔でそう断言すれば、何故かラインさんは口元を手で覆って顔ごと目を逸らしてしまう。
心なしか顔も赤いし、何かを耐えるように大きな溜め息まで吐いてるし。え?なにか変なこと言いました?
「・・・分かりました。全力で守ります」
「ぁ、じゃあ、よろしくお願いします!」
はい。格好いいです。
打って変わってキリッとした表情と、安心感のある堂々とした声に、危うくフェリオの思い通りになる所でした。若干声が裏返ってしまったのは仕方ない事としよう。
「それでは、離れない様に着いてきて下さい」
そのまま、左手に魔石、右手に剣を持った状態で私の前を歩いていこうとするラインさんに、慌てて駆け寄る。
「魔石、私が持ちます!」
「恐ろしく無いのですか?」
心配そうに問いかけるラインさんだけど、どうやら流石に大きな魔石二つを持って戦うのは無理があったらしい。
「はい。ラインさんが普通に持ってるんだから、大丈夫です」
そう言うと、申し訳なさそうにしながらも、素直に手渡してくれた。
そのままラインさんの後ろに隠れながらアメリア像まで歩く。
途中、何度か魔蜜蜂が襲って来たけれど、危なげなくラインさんが駆除してくれた。
そしてポッカリ開いた床の大穴の脇を、足下に気を付けながら大きく迂回しながら進み、目的の瓶へ辿り着くと、案の定、中は何の変哲もない水だったので、さっさと魔石を水に浸ける。
よし、これで大丈夫。
背後で警戒しているラインさんに向き直り、ふと、一段高くなったそこから、大穴の下が見えることに気付く。
そこはどうやら広い地下室のような場所だったらしい。煉瓦に囲まれたその部屋の半分が蜂の巣に埋め尽くされているようだ。
よく見れば、グレゴール司祭らしき人物が壁際に凭れるように寝かされていて、その隣には見張りなのか護衛なのか、騎士が一人が立っている。
司祭も無事だったのね、とそのまま目を逸ら
――――――ゾォォワッ
これまでに感じた事の無い、身の竦むような悪寒に、そのまま車の前に飛び出した猫みたいに動けなくなる。
目の前にはグレゴール司祭と騎士、それから・・・漆黒の亀裂。
まるで、トリックアートの様に煉瓦の壁に刻まれた亀裂が、音も無く広がり口を開けていく。
金縛り状態のまま、驚愕で見開いた目を背ける事も出来ず凝視していれば、その亀裂から・・・人影・・・。
気付いた騎士が剣を向けるより早く、亀裂から伸びた何本もの黒い影が、彼を吹き飛ばす。
――――――ッッ!!アレは・・・。
自分を滝壺へと引きずり込んだモノと同じだ。だとすれば、あの人影は何か知っている?
けれど、亀裂から現れた人影は、その黒い影を従えるように纏い、黒いローブで頭から足先まで被っている為、上から見下ろすこの場所からでは、顔も見えなければ背格好すら判断が難しい。
明らかに不穏な存在に、声も出せずただ見下ろしていれば、黒ローブはそのままグレゴール司祭へと歩み寄って行く。
危ない!そう思うのに、身体が強張って思い通りに動けない。ラインさんは気付いていないのかと、視線を巡らせれば魔蜜蜂との交戦中で、フェリオは私と同じく、毛をブワッと逆立ててはいるけれど、微動だにせず黒ローブを凝視している。
そうやっている間にも、黒ローブはグレゴール司祭を見下ろすように立ち、黒い影を伸のばして司祭の襟元を無造作に引き千切る。
そして露になったその胸の真ん中には・・・黒紫の魔石?
そこに黒ローブの手が伸ばされると、意識の無いグレゴール司祭が声もなくビクンッと身体を跳ねさせ、苦悶の表情を浮かべる。
よく見れば、魔石が黒ローブの手にググッと吸い寄せられ、グレゴール司祭の胸元から剥がされようとしている。
――――それは酷く恐ろしい光景だった。
魔石とグレゴール司祭を繋いでいた、びっしりと蔓延る根のような黒紫の魔力がブチブチと千切れ、その度に司祭は苦悶の表情で喘ぎ、声にならない呻きを漏らす。
それはまるで、"ヒト"に寄生したエイリアンを目の当たりにしたような、命を毟り取られる瞬間を見ているような・・・。
その苦しみ様から、このまま続けたらグレゴール司祭は死んでしまうかもしれない。
私がなんとかしないとッ・・・動け、動けッ!!
何とか弓を構え、矢を番えるけれど、ガタガタ震える腕では的が定まらない。
けれど、黒ローブから伸ばされた手が、いよいよ魔石を抉り出さんと力を込めるのを感じて、漸く矢を放つ。
私の放った矢はやはりと言うべきか、黒ローブに当たる事無く、その足元に突き刺さった。
それにも構わず黒ローブはついに魔石を掴むとブチッと一気に引き千切ってしまい、グレゴール司祭はドサリと力無く床に倒れ伏す。
そして黒ローブのフードに隠れた顔がゆっくり此方に向けられると、それと同時にブワッと広がる圧力に押されるように、私の意思とは関係なく膝が折れ、そのまま床に崩れ落ちる。
黒いローブの下に僅かに覗いたのは・・・毒々しい程に真っ赤な眼光。
それを覆い隠す程に自分に向けられた、あの黒い影の様な腕。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
今目の前に居る未知の恐怖と、暗い水の中へ引き摺り込まれた既知の恐怖が、心の底からボコボコと泡のように溢れ出て、身体が硬直して瞬きすらできず、ただ黒い腕が押し寄せて来るのを凝視する。
――――――あぁ、今度こそ死んじゃう。
使い物にならない真っ白な頭に、そんな言葉だけが過った。




