金と銀
――――――ドゴッ
――――――ドゴォッッ
――――――ドゴォォッッッ
「これは!?」
唐突に床下から響き始めた物音は、恐竜が近付いててでもいるかの様に、徐々に音も振動も強くなっていく。
そんな中、バタンッと乱暴に開かれた教会の扉から、ラインさんとよく似た服装の青年が飛び込んで―――
「危険ですので此処から退避して下さい!!」
――――――ドゴォォォォン
轟音と共に、魔方陣があった辺りの床が崩れ去り、そこからブゥーンと低い羽音をさせながら、何匹もの大きな虫が飛び出してきた。
「あれは・・・魔蜜蜂?いや、でも・・・」
イシクさんの掠れた呟きに、あれが件の魔蜜蜂だと知る。
黄色と黒の縞模様に、胸の辺りをフワフワとした毛で覆われているその姿は、日本で見掛けた蜜蜂とそう変わらない。フワフワの毛が紫色ってところ以外は。
とは言え、その大きさはバレーボール程もあり、その目も何だか鋭い気がする。
更に言えば、アレ等が纏っているのは黒紫の魔力。
これってヤバくない?
などと考えている時点で本当なら逃げなきゃいけないんだろうけど、足が竦んで動けやしない。
にも関わらず、魔蜜蜂達は一直線に私の方へ向かって飛んで来てる気がするのは、何故?
「おいッバカ!逃げろ!!」
「聖女様ッッ!!」
フェリオの叱咤とイシクさんの悲鳴が響くが、私はぎゅっと縮こまって頭を抱えるので精一杯だ。
―――ブゥーン――――ザシュッ―――・・・・
ドサドサッと何かが床に落ちる音と共に、蜂の羽音が途絶え、私はそぉ~と顔をあげる。
「大丈夫カ?」
私の目の前には大きな背中が立ち塞がり、その足元に魔蜜蜂が転がっている。
「コウガ!・・・ありがとう」
頼れる虎獣人、コウガさんが難なく魔蜜蜂を処理してくれた様です。
「―――――ッッ!!今の内に早く避難を!!」
コウガの早業に一瞬呆然としていた騎士らしき青年が再び避難を促す。
「一体何があったのです!?」
イシクさんはその青年に詰め寄り、状況を確認しようとしているけれど・・・。
「急いで下さい。地下に巣食っていた魔蜜蜂はこれだけではありません!次も直ぐ来ます!!」
彼の言葉を裏付ける様に、崩れた床下から再び低い羽音が聞こえてくる。
そして更に・・・
―――――ブゥゥゥゥン
先程よりも低く、空気を震わせる羽音が近付いてくる。
それに比例して、魔蜜蜂に感じた悪寒を遥かに凌ぐ程のゾワゾワとした恐怖が全身を粟立たせていく。
――――――なんかヤバイのが来る!
地下の気配に全神経を集中し、ジリジリと教会の扉に向かう為に後退する。
――――――バンッ!!!
「ッッッヒャッ!?」
思い掛けず背後の扉が大きな音を立てて開かれ、ビクッと上下する肩と共に振り返る。
「―――シーナさん!?ッッ早く外へ!」
驚いた私の顔を見て、驚いた声を上げたのは、ラインさんだった。
「ラインさん!」
私の声を掻き消すように、低く響く羽音が鮮明になる。
慌てて正面を向くと、地下から現れたのは羊程の大きさの、影魔蜜蜂だった。
魔蜜蜂と見た目は然程変わり無いものの、その大きさは比較にならない程大きく、紫のフワフワ部分には、黒紫の魔石が仄暗い光を湛えている。
毛皮のマフラーとブローチで着飾ったかのようなその姿は、正しく女王の風格を醸し出し・・・。
――――――いや、貴婦人かよ。
と、思わずツッコんでしまったのは、決してふざけている訳ではなく、只の現実逃避だ。まぁ、真剣な表情で影魔蜜蜂を睨み付ける人達には秘密だけれど。
「ちょッ!なんで皆こっちに飛んで来るかな!?」
ふざけているのがバレたのか、又しても自分に向かって飛んでくるその巨体に慄く。
更には地下から沢山の魔蜜蜂も入り込んで、何重にも響く羽音で会話も儘ならない。
「シーナ、下がッてロ!」
「シーナさん、下がって!」
私と影魔蜜蜂の間に立ち塞がっていたコウガと並んで、ラインさんも私の前に立つ。
見れば、教会内にはアルバートさんの他、先行してきた青年を含めて四人の騎士が既に魔蜜蜂と交戦している。
コウガとラインさんに守られて漸く少し冷静になれた私は、戦闘の邪魔にならない様にと扉まで下がってから、一応青銀の弓を取り出し構える。
私だって、いざとなったら魔蜜蜂の一匹や二匹!
とは思ったものの、流石にこの位置からでは他の人にも当たってしまう。それに、魔蜜蜂はこちらに飛んでくる前に金と銀の波に阻まれ打ち落とされて、全く出る幕が無い。
金と銀の魔力。
私の眼前ではラインさんが何本もの金の閃光を放ちながら、金色の魔力を纏った剣で次々と魔蜜蜂を撃ち抜き切り伏せ、コウガはコウガで、銀色の魔力を纏った手足で次々と魔蜜蜂を殴り飛ばし、蹴り飛ばしているのだ。
二人の華麗な身のこなしに感心しつつ、金と銀が混ざり合う光景に暫く見惚れる。
改めて視ると・・・ファンタジーな光景だなぁ。そう言えば、ラインさんの魔法を視るのは初めてかも。
キラキラ光る金の閃光は、ラペルが前に言っていた事を考えれば雷系統の魔法かもしれない。心なしかバチバチしている気もするし。
そんな風に観察していたら、いつの間にか魔蜜蜂の殆どが掃討され、ラインさんとコウガは影魔蜜蜂と対峙していた。
しかし、影魔蜜蜂はブンブンと飛び回り、その巨体に似合わない俊敏さでラインさんの魔法を躱しながら、サイの角程の針を飛ばしてくる所為で、なかなか捉えきれないでいる。
更には、少し斬りつけた所で直ぐに黒紫の魔力によって補修、再生されてしまい、全く効いていない。
えぇ!!影魔獣って攻撃効かないの?でも、影牙狼の時は倒せたよね?大丈夫だよね?
戦っている二人をハラハラしつつ見守りながら、気を散らさないようにと心の中だけで叫ぶ。
すると、ラインさんがコウガに何やら合図を送り、コウガがそれに視線だけで応える。
次の瞬間、広範囲にラインさんの魔法が広がり影魔蜜蜂を捉えた。威力が減少したそれでは、多少動きを鈍らせる程度ではあったものの、その隙を突いたコウガが、あっという間に影魔蜜蜂の羽を根本から切り落とす。
機動力を失った影魔蜜蜂は、もはや二人の敵では無く・・・。
頭部をコウガに蹴り上げられ仰向けにひっくり返ると、金色の魔力を纏ったラインさんの剣が無防備に晒された魔石を真っ二つに割り、影魔蜜蜂は二つの大きな魔石を残して霧散した。
なんとも見事な連携プレーだったけれど、一体いつの間にそんなに仲良くなったのか。
今も「助かりました」「見事ダナ」なんて言葉を交わしながら魔石を回収してるし。
仲間外れにされている様でちょっと悔しい。
――――――当たり前だけど、出番無かったな。
意気込んだ割りに何も出来ず肩を落としていると、回収した魔石を手にラインさんが此方へやって来た。コウガは今だに湧き出てくる魔蜜蜂を掃討してるみたい。
「シーナさん、怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です。ラインさん、凄かったですね。強くて・・・綺麗でした!」
「ッッ!!・・・綺麗?」
ラインさんは案外褒められ慣れていないのか、照れたように頬を赤くしてから、綺麗という単語に首を捻る。
「綺麗でしたよ?ラインさんの魔力が、こう・・・キラキラァ~とバチバチッと?」
私の語彙力の無い説明に、ラインさんはそれでも納得といった表情になる。
「なるほど。シーナさんから視れば、我々は魔力を纏っているのでしたね」
そうか、私は青眼だから視えているけど、あの金と銀の美しい光景は他の人、ましてや本人ですら視えていないんだ。
――――――なんだろう、ちょっと優越感。
お陰で先程まで落ち込んでいた気分はすぐに上向いた。それに、私の出番はこれからだったらしい。




