再び教会
「―――――ッッッひゃぁ!!」
――――――ッッッサバァァァァ。
コウガに抱き込まれたまま固まっていると、首筋で鼻をスンスンされて、再び大釜に水が注がれる。
――――――うひゃぁぁぁッ!何、この拷問!
「ッッッコウガ!?」
「―――――あぁ、スマナイ。つい」
慌てて非難の声を上げれば、漸く腕の中から解放される。
ついってなに?ついって!虎の習性的なやつですか!?
――――――ダメだ、ちょっと落ち着こう。
大釜に手をつき、一先ず煩く跳ねる心臓を落ち着けようと深呼吸を繰り返す。
「すぅ――――――はぁぁぁぁ・・・フェリオ?」
なんとか少し動悸が治まった所で、目線だけ上げてギッと睨めば、取り澄ました顔のフェリオと目が合う。けれど、その瞳には明らかな愉悦が含まれているのを、私は見逃さない。
「いやぁ~、この水差し、魔道具だったのかぁ~」
いや、どこからどう見ても普通の水差しだし!それで誤魔化してるつもり!?
「まぁ、良かったじゃないか。水も確保出来た事だし。よし!錬成始めるか!」
私の視線など全く意に介した風もなく、フェリオが話を進めていく。
――――――ッこの~腹黒妖精ッ!!
私が怒れないのをいいことに!
ここで追及すれば、コウガに決定的に錬水の事がバレてしまう。しかも、芋蔓式に錬水条件までバレてしまったら・・・。
恥ずかしす過ぎて死ねるかもしれない・・・。
チラッとコウガを盗み見ても・・・うん、何考えてるか分からない。
私は一旦そこで色々と諦めて、錬成を始めようとした。
「・・・・・・」
フェリオへの文句が頭をグルグルと回って、なかなか集中出来ない。
こんな状態で錬成をしたら、なんだか失敗しそうな気がする。
――――――それに、マメナポーションが実際どの位効果があるのか、試してみた方がいいかな?
「やっぱり、錬成は後にしよう」
私がそう言うと、マメナポーション錬成の流れでお説教を躱せると思っていたのか、フェリオが若干引き攣った顔を向ける。
「どッ・・・どうしてだ?」
「ん~?フェリオとちょっと話しておきたい事があってね。主に、今後の食生活について、とか」
先程の仕返しとばかりに、チラリと横目でフェリオを見やり、口の端だけ上げてニヤリと笑ってみせる。
「それはッ!今じゃなくてもイイんじゃないかな?マメナポーションのが大事だろ?な?」
すると、途端にフェリオが焦りだし、耳をペタッと伏せて情けない顔をする。
ほんと・・・妖精はパートナーの魔力があれば食事は要らないなんて、誰が言ったんだか。
でも、少しだけ気分が晴れたわ!ふふん。
「冗談よ。取り敢えずは効果を確認するのが先かと思って。もちろん、フェリオとの話し合いはその後で、ね?」
「うッ・・・まぁ、確かに必要だな」
フェリオは後半の言葉にビクビクしながらも、今じゃなければ逃げ切れると踏んだのか、大きく頷く。
けれど、コウガは大釜を覗き込んで、首を傾げた。
「・・・・・・コノ状態でカ?」
――――――う"ッ・・・確かに、材料全部いれ終わった後で言う事じゃ無かったよね。
「――――――まぁ、大丈夫でしょ?」
つい、自信の無さが語尾に表れてしまった。
だって、一度気付いちゃったら、ちゃんと効くか心配になっちゃったんだもん!
この歳で"だもん"、とか言うな!っていう苦情は受け付けない。
コホン・・・それはさておき、ハーブ類や魔結晶はいいとして、蔦豆はふやけて三倍くらいになってるかもだけど、効能に変わりはないはず!
「ソウカ。なら、行くカ?」
私が一人脳内でアタフタしている間に、コウガはそれほど気になった訳でも無かったのか、そう言って歩き出す。
――――――えぇぇぇ・・・いいけど。
「少しだけ待って!」
今にも出て行きそうなコウガを慌てて呼び止め、スマホから小瓶を五本取り出して、中に入れ!と念じながらマメナポーションだけを思い浮かべれば、アラ簡単。瓶詰めマメナポーションの出来上がり。
「よし、お待たせ。じゃあ、取り敢えず・・・どこ行こう?」
出かける準備万端整えてから、ハッと気づく。一体、誰に試してもらえばいいんだ?
「はぁ・・・。教会広場辺りじゃないか?聖水に浸食されてる奴でないとダメだからな」
フェリオが呆れを含ませた溜め息と共に、そう提案する。
いや、そんな呆れなくても。元はと言えばフェリオがあんなイタズラしたからだからね!
確かに考え無しだったことは認めるけども。
「そうそう。私もそう思ってた!」
認める。が、素直にそれを伝えるかはまた別の話だ。
ホントかぁ~?という疑いの眼差しはソッポを向いて見なかった事にして、戸口で待っていたコウガと共に部屋を出る。
目指すは勿論、教会広場だ。
皆仕事へ行っている所為か、朝と違って広場の人影は疎らだった。
教会へも朝祈りに来る人が殆んどらしく、助祭の彼、イシクさんが教会前で掃き掃除をしているくらいで、然程出入りも無い。
「あんまり人が居ないね」
さて、人が居なければ何も始まらない。
まぁ、人が居たところでどうやって試飲してもらうかは、考えてないんだけどね。
「そうだな~どうするかな~」
私と同じように考えているのか、さして困った風もなく無く、フェリオが返す。
「・・・ん?」
私とフェリオが口だけ悩んでいる感じを出しながら、ただボケ~ッと広場を眺めていると、コウガが何か見つけたのか、僅かに声を上げる。
その視線を辿ると、フラフラと覚束ない足取りで教会へ向かう一人の女性。
その人はイシクさんの所まで行くと、縋る様に崩れ落ち、何やら訴えている様だった。
「なんだ?痴情のもつれか?」
フェリオが興味津々っといった感じで身を乗り出すので、仕方なく声が聞こえる所まで然り気無く近づく。
決して私が興味津々なワケではない!
「―――すいを・・・どうか、聖水を頂けないでしょうか」
「ですから、今日の分はもう全て配り終わってしまったので・・・」
「聖水を。聖水を・・・」
痴情とかでは無かったですね。不謹慎でした、すみません。
寧ろ、これは正に私が探し求めていた状況なのでは?
辺りを見回し、そこ場にいた人の視線が教会前に集中しているのを確認してから、女の人の魔力を視る。
思った通り、食堂で倒れた人と同じ様に黒紫の魔力に半分以上が浸食されていて、魔力量もかなり少ない。
症状を確認するには、ステータス情報を確認するのが一番なんだけど・・・やっぱり勝手に覗き視るのは抵抗がある。
――――――でも、それで町の人が助かるかもしれないし、迷ってる場合じゃないよね。
私はスマホを取り出すと、カメラ機能でイシクさんと女性、二人だけが写るようにズームして写真を撮る。
そしてすぐさま目的の情報を確認すると・・・
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名前:セリエラ
性別:女 種族:人族
年齢:38歳
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状態:魔力欠乏
影魔蜜蜂蜜による中毒
異質魔力による浸食【68%】
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やっぱり!でもこのまま更に聖水を飲んでしまったら、中毒も浸食も悪化させてしまう。
イシクさんは"聖水はない"と断ってるみたいだけど、彼は中毒については知らないんだろうか?そもそも、聖水の正体も知らない?
とはいえ、本当に無関係と思えるほどの決定的な証拠も無いし・・・ここでマメナポーションを出して大丈夫だろうか?
「困りましたね。グレゴール司祭はこの時間不在ですし・・・ッッ!!大丈夫ですか!?」
そうこうしている内に、只でさえフラついていた女性が、崩れ落ちるように座り込んでしまった。
「―――仕方ありません、効くか分かりませんが、少しだけ待っていて下さい」
そう言うと、イシクさんは女性を支えて石段に座らせ、慌てて教会へと入って行ってしまった。
この隙に彼女にマメナポーションを飲ませる?いや、知らない人にいきなり薬を手渡されても飲まないよね。しかも彼女が欲しいのは"聖水"であって"薬"じゃない。
それでも悩んる場合じゃない。これ以上聖水を飲んだら、彼女は本当に影憑きになってしまうかもしれない。
そう思い直し、無策で彼女の元に駆け寄ると、丁度素焼のカップを手にイシクさんが教会から飛び出して来た。
「貴女は・・・ッッッ!?」
勢いよく走って来たイシクさんが、私と目が合った瞬間にビクッと肩を揺らして止まる。その所為でカップの中身が溢れてしまっているが、気付きもしない。
けれど、その溢れた中身を視れば、そこにはなんの色も視られず、只の水だと分かって少しだけホッした。
それだけ確認して安心し、改めてイシクさんを視れば、彼の魔力もまた何の陰りもない綺麗な水色で・・・って、なんだか物凄く凝視されてるんですけど?
「――――――聖女様」
――――――――――――――――え?




