蔓豆
再び宿屋を出て、今朝と同じ道を歩く。
広場までの通りには、飲食店や屋台が多く出店していて、朝から火を焚く匂いと、美味しそうな香りが漂っている。
とは言え朝食は宿で食べてしまったし、昼食って程の時間でもないので、食べ歩きは後にしておこう。
・・・言ってるそばから、屋台で肉串買って食べてるのは何故なの、コウガ?
フェリオもいつの間にコウガの肩に乗ってるの?
・・・いや、私も食べるけども。
誘惑に負けて頬張った赤猪の串焼は、シンプルな塩味に、野性味溢れる噛み堪え。
暫くモギモギと咀嚼してから、漸く飲み込めば、まだあったはずの肉串はコウガが綺麗に平らげていた。
まぁ、これ以上は顎が痛くなりそうだからいいけど・・・流石、肉食獣。
そうやってのんびりと歩きながら、教会のある広場の更に向こう側、市場を目指して歩いていく。
勿論、町の人達の様子を確認することも忘れない。
ここまで視た感じだと、宿屋周辺の人達で黒紫の魔力が混ざっているのは二割程度。広場は教会がある所為かやはり多く、八割の人の魔力が浸食されていた。
目的の市場に到着し辺りを見れば、ここでは凡そ五割。
――――酷い。
今視て来ただけでも、この町のほぼ半数の人が被害を被っている事になる。
更には、青眼を隠す為にフードを被り、こっそりとしか観察出来ていないから、じっと凝視しなければ分からない程度の、浸食が僅かな人はこの数には含まれていない。
浸食の割合は人それぞれで、うっすらと混ざる程度の人も居れば、既に三割程の魔力が黒紫に染まってしまっている人もいる。
―――――ここまで拡がっているとなると、薬を錬成したとして、全ての人を治療するのに必要な量って・・・。
只でさえ、治療を受けてくれるかどうかも分からないのに。
「、、、な、シーナ」
何よりもまず、腕輪を取って魔蜜蜂の針を抜かなければ、話にならないし。
「おーい。シーナ~」
―――問題が山積み過ぎる。
「オイこら!聞いてんのか!?」
「わひゃぁッ!?」
フードの中にズボッと顔を突っ込まれ、耳元でフェリオが叫ぶ。
擽ったいやら、耳がキーンとするやらで、変な声が出でしまった。
「ちょっと、急に何するの?」
「急じゃない、さっきから呼んでるだろ」
驚いて咄嗟に抱き上げたフェリオは、ぷらーんと足を垂らした格好のまま私を睨む。
うん、ここで可愛いとか言ったら怒られるよね。
「折角新しい町に来たんだ、暗い顔してんな」
「でも、町の状況を考えたら・・・」
遊んでていいの?
「考え過ぎダ。シーナはデキル事はシテいる。あとはライン達に任せてオケばいい」
「それにな?今ここで落ち込んでたって、いい案なんて思い浮かばないだろ?積極的に動いて、町の奴等と交流した方が、ヒントが見えてくるってもんだ」
フェリオの言う事はもっともだし、コウガの言っている事にも異論は無い。
ただ、なかなか切り替えが出来ないってだけで。
――――――えぇい!ウダウダ考えるな!無理矢理にでも切り替えろ!
心の中で、自分を叱咤する。
いつもこうやって足を止めるから、私は前に進めない。
ここは二人の気遣いを無駄にしちゃ駄目だ。
「そうだね。新しい素材やレシピのヒントを探す為にも・・・よし!まずは蔓豆を探しに行こう!!」
空元気なのがバレバレかもしれないけど、今はこれでいい。とにかく表面だけでも明るくしていれば、心もそのうち追い付くでしょ。
「あった、蔓豆!」
市場を歩いて数分。私は直ぐに目的の物を発見出来た。
枝付きのまま逆さに吊るされたソレは、枝豆そのもの。
「おう!蔓豆は今が旬だからな。買ってくかい?」
嬉しくなって駆け寄れば、店のおじさんが吊るしてあったのを取ってくれる。
「はい!五束ください!―――立派な蔓豆ですね。こんなにぷっくり膨らんで、美味しそう!」
渡された蔓豆のさやは、ぷっくり膨らんでいて、びっしりと柔らかなうぶ毛に覆われている。いい出来映えだ。
「そうだろう?お嬢ちゃん、いい眼してるねぇ。よし、ちょっとオマケしてやるよ」
「フフッ、ありがとうございます」
人と話す時位、フードを取った方がいいだろう、と頭に被ったフードを取ってお礼を言う。
「こりゃぁ、、、エライべっぴんさんだなぁ。よし、全部で銅貨一枚でいいぞ!」
値引き交渉無しでマケてくれるとは、なんていいおじさんだろう。
「ありがとうございます!あと、えっと、大豆・・・乾燥した蔓豆って無いですかね?」
どうせなら大豆も買い込んでおきたい。
「うん?種豆なんてどうすんだ?オーロックスでも飼ってんのかい?」
おじさんの言い方だと、種用か飼料用って事だよね?
「いえ、食べようかと。煎って食べると美味しいんですよ?」
節分の豆とか、美味しくて食べ過ぎちゃうのよね。
「へぇ、オレでも種豆を食うなんて聞いた事ないがなぁ。飼料用に置いてある去年のになっちまうが、それで良ければ買ってきな」
この世界では、大豆は食用にされていないの!?保存も効いて便利なのに・・・。
大豆の持ち腐れ感を禁じ得ないが、まぁ売ってくれるなら些細な事だ。
「頂きます!」
「でも大丈夫かい?種豆は――――この量になっちまうが」
そう言っておじさんが奥から取り出したのは、お米二十キロ分くらいの麻袋だった。
「魔法鞄があるから大丈夫です!」
カリバでは普通になってきていたから、私はうっかりそう言ってしまったけれど、おじさんは一瞬目を丸くして・・・豪快に笑って・・・固まった。
「ァッハハハッッ!お嬢ちゃん、錬金術師でもなけりゃそんなモン・・・ッ!?その肩の猫は妖精か!?」
うん、久しぶりだなこの反応。
錬金術師はとても珍しいらしく、カリバの町でもフェリオを連れて歩くとこんな感じで驚かれたものだ。
しかも大抵・・・。
「錬金術師様とは知らず、とんだ無礼をッ!お許し下さい!!」
―――こうなる。
さっきまでの気さくな雰囲気は鳴りを潜め、おじさんはそう言って頭を下げてしまった。
「いやいやいや。錬金術師って言っても新人ですし。ただの小娘ですから!」
私の必死の訴えに、ブフッと吹き出したのはフェリオだった。
「ただの小娘って・・・コムスメって・・・」
確かに、三十を軽く越えてる私が小娘なんていったら、そりゃ可笑しな事でしょうけど?
「小娘、小娘うるさいな!他に言い方が無かっただけ!」
それでも笑い続けるフェリオは一旦無視することにして、私はおじさんに向き直る。
「錬金術師ってだけで偉い人なんていないですから!ただの客ですよ?」
私とフェリオのやり取りをポカーンと見ていたおじさんは、私の言葉に目を丸くする。
「・・・お嬢ちゃんはフラメルさんみたいだなぁ」
「フラメル氏を知っているんですか?私、今はフラメル氏の工房でお世話になってるんです!」
「なるほど、フラメルさん所に。それなら、悪い錬金術師じゃなさそうだ」
―――悪い錬金術師って・・・ほんと、錬金術師のイメージ大丈夫かな、この国。
「それなら、この蔓豆も錬成の素材かい?たしかフラメルさんもよく買っていったよ。なんか知らんが、いい効果があるんだってな」
フラメル氏の名前が出たことで、すっかり元の気さくな態度に戻ったおじさんが、笑顔で買った蔓豆を渡してくれながら言った。
「えッ!?蔓豆って錬成の素材になるんですか?」
「知らなかったのかい?」
「はい。私はこの蔓豆が大好きで、沢山食べたかっただけです・・・」
ちょっと後半、食い意地の張った言動を恥ずかしく思いながらも、正直に話す。
「ァッハハハッ!そりゃ、嬉しいねぇ。蔓豆は季節モンだが、俺んトコはフラメルさんの要望で年中扱ってるからな!また買いに来るといい」
「―――はい!ありがとうございます!!」
蔓豆と種豆を受け取って魔法鞄に入れて、支払いを済ませ、店を後にする。
いや~、いいおじさんだったなぁ。
結局三束もの蔓豆をオマケして貰ったし、大豆も安く売って貰えたし。
「ソレもコレも、全部フラメル氏のお陰だね。帰ったら皆にお礼いわなきゃ」
色んな収穫のあった買い物に、ホクホクしながらフェリオとコウガを見やる。
「アァ、ソウだな」
コウガも嬉しそうに顔を綻ばせ、フェリオはちょっとニヤついている。
「まぁ、ただの小娘なシーナだけじゃ、ああは行かなかっただろうな?」
コイツ、まだ言うか!何がそんなにツボだったんだ。
「蔓豆を使った美味しい料理があるのに、フェリオは食べたくないのね~、残念だわ~」
私が如何にも残念です。と言わんばかりにわざとらしくそう呟けば、フェリオが慌ててすり寄ってきた。
「シーナ!オレも食べる!食べたい!食べさせてください!」
全く、手のひらを返すのが早すぎる。
――――――でも、まぁ、それがフェリオだから仕方ないか。
結局、フェリオのあざと可愛い姿に絆されてしまうのも、いつもの事だ。
「しょうがないなぁ。でも、他のお店を回るのに毎回あんな感じじゃ面倒だから、フェリオは・・・ココ、ね?」
私が取り出したバッグを見て、フェリオは明らかに嫌そうな顔をしたけれど、仕方ない。
斜め掛けのソレは、フェリオ専用抱っこバッグ。フェリオは頭だけ出した状態でその中に収まる仕様になっている。
これなら羽が見えないから、ただの猫に見えなくも無い。まぁ、ミントグリーンの猫がこの世界に普通に居ればだけどね。
ぶすっと不貞腐れた顔のフェリオは、それでも素直にバッグに収まる。
流石に毎回、錬金術師様!とか言われていたら面倒なのは、フェリオも身に染みているからだろう。
それから私達はナガルジュナの市場を端から端まで隈なくチェックして、カリバでは手に入らない野菜や野草、鉱石なんかを見て回った。
そうしていると、あっという間に時間が経っていた様で。
「ハラ減った」
殆んど私の買い物に付き合わせる形になってしまったコウガに、限界とばかりに訴えられてしまった。
確かに、気付けばもうお昼時を過ぎている。
「ごめん、お昼過ぎてたね!じゃあ、戻ってご飯食べよっか」
その時の私は、もう空元気なんかじゃなくて、心から町歩きを楽しめていた。




