信仰と悪意
ラインさん達と合流する為、私達は一旦宿屋へと戻った。
ラインさんは出掛けに、教会へ行った後に騎士団の詰所に寄ると言っていたから、少し待つことになるだろう。
だから、私の部屋で皆で待つことにしたんだけれど・・・。
「シーナ!お前、本当に無茶し過ぎだ!ってか若い男とあんな小部屋にホイホイ入るな!何かあったらどうする?」
フェリオに絶賛怒られ中です。
「だって、聖水を貰えるかもと思って。それに、あの人は聖職者だし、やましい事なんてしないでしょ?」
いくら何でも、聖職者が朝から女性を襲うような事、しないでしょ?
「あのな・・・その聖職者が怪しいから、今回の調査をしているんだぞ?」
「それは・・・そうだけど」
確かに。聖職者と言えど今回は容疑者だ。善人とは限らない。
「でもね?そのお陰で聖水が手に入ったんだよ?凄くない?お手柄でしょ?」
「聖水が手に入ったからって!・・・え?手に入ったのか?」
「もちろん!」
ドヤッ!と胸を反らし、スマホから聖水を取り出す。
私の掌に現れた小瓶の中には、無色透明の液体。
けれど、青眼に戻した眼で視たそれは、上澄みは様々な色が斑になっているけれど、下に行くにつれて絵の具のように色が混ざり、最終的には黒紫の魔力が瓶底で澱んでいる。
雑多な魔力が混ざり合い、統合された結果が黒紫の魔力・・・なのだろうか?
「それが聖水?」
只の水だろ?と言いたげなフェリオに、私は聖水を再びスマホに収納し、『聖水?』と表示されたスマホ画面を見せつけるけれど、フェリオもコウガも怪訝な顔をする。
「「聖水?」」
そう、聖水?だ。
「だって、聖水とは思えない、怪しい液体でしょ?」
「コレは、シーナの主観か?」
コウガが首を傾げて私を見る。
いやいや、収納した時から『聖水?』でしたよ?
「まぁ、多分シーナの主観が反映してるんだろ?シーナ的に聖水だと思っていないけど、他に呼名が無い、といった所か」
そういうものなのか。呼称が定かで無いものの表示は私の意思が反映されるのね。
「まぁ、表示はいいじゃない。コレは紛れもなく教会で配っている聖水なんだから」
「そうだな。じゃあ、早速見てみるか」
「そうだね。これで普通に水とかだったらいいんだけど・・・」
「ソレだと調査は振り出しダケドな」
「・・・・・・」
私は恐る恐る『聖水?』をタップする。
『聖水?』
製作者:グレゴール・オルデン
素材:水・影魔蜜蜂の蜜
特性:魔力補充【75】・浸食・依存性弱
あぁ~、やっぱり影魔獣が関係してるよね。
グレゴール司祭は影魔蜜蜂の蜜を使って聖水を作っていたんだ・・・でも、ラインさんは魔蜜蜂の蜜では魔力回復効果は無いって言っていたけど、魔力補充って事は回復効果があるって事だよね?
―――それにこの、浸食と依存性って・・・。
更に詳しい情報を見るために、『影魔蜜蜂の蜜』を選択すれば、材料個別の情報が表示された。でも、そこに書かれた説明に言葉を失う。
『影魔蜜蜂の蜜』
影魔蜜蜂が集めた花蜜と魔力の混合物
複数属性の魔力を統合、均質化
摂取した場合、その者の魔力も均質化され、変質する。
依存性は中、摂取を続ければ中毒に至る
―――――――――――なに、これ。
朝、教会前で見掛けた人達の魔力には黒い靄のような黒紫の魔力が混じっていた。
まさか、あれが・・・浸食?
聖水を譲るのを酷く嫌がったという、人が変わった様なアルバートさんの友人の態度。
それって・・・中毒?
こんな危険なモノを、教会は平気で配っていたの?
画面を覗き込んで言葉を失った私とフェリオに、コウガは問い掛けるような視線を向けて説明を促した。
「えっと・・・」
――――――コンコン。
そのタイミングで響いた来訪者を告げるノックの音に、私は大袈裟に肩をビクッとさせてしまった。
とはいえ、この部屋を訪れるのはライン達以外居ない。彼等にも説明しなければと、慌ててドアを開ければ、案の定ラインさんとアルバートさんが立っていた。
「遅くなってすみません。シーナさん、大丈夫でしたか?」
「はい。大丈夫でしたよ」
胸を張って答えているのに、聞いたラインさんの視線は何故かフェリオに向けられている。
しかもフェリオは、やれやれと言わんばかりに肩を竦めているし。
――――――大丈夫だったってば!
「危険な真似をさせてしまい、申し訳ありませんでした」
ほら、ラインさんとアルバートさんが物凄く小さくなっちゃったじゃない。
「本当に、何にも問題無かったですから。それに、色々と収穫もあったんですよ?」
私が笑顔で言えば、ラインさんは眉を下げたまま、それでも笑顔を返してくれた。
「ありがとうございます。それでは、私の部屋へ移動しましょうか。女性の部屋に大人数で押し掛けるのは良くないですからね」
そうして、ラインさんの部屋で朝と同じ様に椅子に腰掛けた所で、私は教会で見た全てを順を追って説明する。
教会から出てきた人の魔力に、黒紫の魔力が混ざっていたこと―――これは先にフェリオ達に伝言を頼んでいたので驚かれはしなかった。
けれど、教会で祈っていた人の腕輪から魔力が流れ、アメリア像の足元に浮かび上がった魔方陣に消えたことや、腕輪と聖水を貰った経緯とその部屋から出てきた人達の様子なんかを話していくと、皆一様に驚愕の表情のまま、言葉を失ったよう聞き入っていた。
「・・・そしてその聖水の詳細がこちらに」
聖水の話までを終え、料理番組かの如くスマホ画面を差し出せば、ラインさんとアルバートさんは更に驚きに目を瞠る。
「聖水が手に入ったのですか!?」
ここで漸くアルバートさんが声を上げた。
「はい。流石に飲みたくは無かったので、出された分をコッソリ頂いて来ました」
ニコッと笑顔で頷けば、皆が一様に大きな溜め息を吐き出す。
――――――え?なんで?
「では、シーナさんはその聖水を飲んだりはしていないのですね?」
ラインさんに真面目な顔で迫られて、若干たじろぎながら返事を返す。
「はい。もちろんです」
「・・・良かった」
「心配させるな!」
「・・・」
もしかして、皆私がその怪しげな聖水を飲まされたと心配していたんだろうか?
「心配掛けて、ごめんなさい?」
取り敢えず謝っとこう、と小さく頭を下げれば、更に深い溜め息が聞こえてきた。
「はぁぁぁぁ。まぁ、飲まなかったならいいか。だってその『聖水』、見るからにヤバイだろ?」
このままでは話が進まないと判断したのか、フェリオが諦めたように先を促してくれた。
「確かに。この浸食と依存、それに町の人の状態を考えると・・・」
ラインさんがそう言って考え込んだので、私もそれに倣って、今日見て来たことを整理して考えてみる。
まず、間違いなく教会は何処かで影魔蜜蜂を飼育して、その蜜を採取している。
そしてその蜜を使って、グレゴール司祭は聖水を作り、腕輪を授けた人に配っている。
教会から腕輪を授けられた人は、影魔蜜蜂の針と腕輪によって魔力を奪われて・・・でも、聖水で魔力を回復させられている。
聖水を飲み続けると中毒になり、聖水を飲まずにいられなくなる。
そうしたら、どんどん魔力が黒紫の魔力に浸食されて・・・全て浸食され尽くしたら。
――――――影憑きになる?
恐ろしい考えに行き着いて顔を上げれば、皆も同じ考えに行き着いたのか、その顔を強張らせていた。
「・・・マズイな」
ボソリと呟いたのはコウガだった。
「教会の目的は、町の人を影憑きにすること・・・なんでしょうか?」
血の気の引いた青い顔で、アルバートさんが誰にともなく問い掛ける。
「状況的にはそうとしか考えられないだろうな」
「しかし、何故教会の司祭がそんなことを?―――アメリア正教にとって、ゲートの出現率、延いては影魔獣の出現率の低下は聖女アメリアの功績とされています。それを無下にする行為は信仰への冒涜に成り兼ねない」
フェリオの言葉にラインさんは更に眉間の皺を深くする。
私もそこが気になっていた。
私が見る限り、グレゴール司祭も、助祭の青年も、信仰心が無い訳じゃないと思う。寧ろ、強い印象だった。
まぁ、ちょっと話しただけだし、教会の人っていう先入観もあるから、それだけで判断できる事でもないのは確かだけれど・・・。
グレゴール司祭の目的は、本当に町の人を影憑きにする事なんだろうか?
・・・・・・・・・・・・。
――――――あぁ、もうッ!分かんない!!
答え合わせ出来ない問題をいくら考えた所で、正解は本人に聞くしかない。
ここはバシッと証拠を突き付けて、グレゴール司祭を問い詰めるしかない。
その為には、やっぱり影魔蜜蜂を見付けることが最優先でしょ?
元々深く考える事が苦手な私は、既に諸手を挙げて降参状態。でも、皆はまだ何か考え込んでいるみたいで、「分からないなら調べればいいじゃない!」と声を大にして言うのは躊躇われた。
「とにかく、影魔蜜蜂を見つけ出す事が最優先事項ですね」
でもそこでラインさんが口を開き、自分と同じ考えに至ったと知った私は、自信を持って全力で頷いた。




