教会の影
「これって・・・」
それだけ言って押し黙った私に痺れを切らしたのか、フェリオとコウガがスマホを覗き込む。
ラインさんとアルバートさんは不思議そうにこちらを見ているけれど、余りにも不穏な単語に、なかなか言葉が出てこない。
「これは・・・」
スマホ画面を見ていたフェリオが私と同じように言葉を詰まらせ、コウガも眉間に皺を寄せ深く考え込んでいる。
「あの・・・シーナさん、それは?」
ラインさんの戸惑いの声に、私は何と説明しようか悩む。魔道スマホの機能は明らかに異能だし、分析結果も・・・俄には信じ難い。
それでも説明しない訳にはいかないので、まずは魔道スマホの説明から始める。
「――――――そんな事が出来るのですか?」
私が説明したのは、今回の調査に必要な魔法鞄とそれに付随する形で確認出来る、アイテム分析のみだ。
それでもラインさんは驚きに目を瞠ったし、アルバートさんに至っては、理解が追い付いていないみたいだ。
「はい。それで、腕輪を収納して分析をしたんですけど・・・」
私は腕輪の詳細画面を表示してラインさんに示す。
「――――――ッッッ!?」
その結果に、流石のラインさんも暫く言葉が出なかったらしい。けれど、その顔はどんどん険しくなっていく。
「魔石の欠片・・・そんなモノが素材に使われた魔道具が、良いモノなワケないよな?」
「――――コレは・・・ヨクないモノだ」
フェリオの言葉に、終止無言だったコウガも相槌を打つ。
「これは・・・本当に?まさか、そんな・・・信じられない」
アルバートさんは未だ信じられないと首を振る。
「この情報が確かならば、教会にいる魔蜜蜂は影魔獣の可能性が有ります。最悪の場合、教会の司祭が影憑きという事も・・・」
「ラインさん、影憑きって・・・本当に居るんですか?」
王国の騎士であるラインさんの口から出た『影憑き』という言葉に、噂でしか無かったはずのその存在が、急激に現実味を持つ。
「――――――はい。私も、一度遭遇したことがあります」
「ッ!?・・・それって、大丈夫だったんですか!?」
「えぇ・・・大丈夫です」
そう答えたラインさんの心の抜けた笑みに、大丈夫だったとはとても思えないけれど、それ以上聞くことも出来ない。
「しかし、思ッタ以上にキケンな調査になりそうダナ」
コウガの言葉にその場がシンと静まり返る。
「シーナさん、ここまで来て頂いて申し訳ないのですが、今回の調査協力は見合せましょう」
「それって・・・危険だからですか?」
「その通りです。影魔獣や影憑きが絡んでいるとなると、流石に貴女を巻き込む訳にはいきません」
「――――――ッでも隊長!この方の協力が無ければ、短期解決は難しいですよね?どうにか、危険の少ない範囲だけでもッ」
「お断りします」
アルバートさんがラインさんを説得しようとするのを遮る様に、私はキッパリと言い切る。
「そんな・・・」
アルバートさんが表情に落胆の色を濃くしたのを見て、私は慌てて訂正する。
「いえ、そうじゃなくて!見合せなんてお断りって事です!こんなモヤモヤしたままじゃ、気になり過ぎて身体に悪いもの」
「――――――はぁ、、、やっぱり、そうなりますよね」
アルバートさんの顔はパッと明るくなったけれど、ラインさんは困り顔で深く溜め息を吐く。しかもフェリオとコウガにまで溜め息を吐かれてしまった。
「はぁ、、、まぁ、シーナだからな」
「ハァ、、、ソウだナ」
「仕方がありません。影魔獣のいる森に突撃しようとするくらいですからね」
「帰れって言ったって、一人でこっそり行くだろうしな」
「シーナだからナ」
え?なんで、三人で勝手に納得してるの?
まぁ、調査を続行するなら文句は言わないけど?むしろ、何か文句ある?
「ではシーナさん、これだけは守ってく下さい!」
ビシッ!と人差し指を目の前に突き立てて、ラインさんが厳しい表情を向ける。
「勝手に動かない!危険に飛び込まない!危ないと思ったらすぐ逃げる!逃げられない場合は私達の誰かを頼る!――――――分かりましたか?」
ラインさんには珍しく強めの圧でそう言われれば、頷くしかない。
「・・・わかりました」
なんだろう、このお母さんに注意される子供みたいな心境。
「ありがとうございます。実際、情けない話ではありますが、シーナさんの協力が無ければ調査が進展するとは思えません。魔石の存在についても、事前に知れた事は幸運でした」
ラインさんが一転してとても穏やかな顔でそんな風に言うものだから、なんだか照れてしまう。
「こちらこそ、頼りにして貰えて嬉しいです。参加するからには全力で協力するので、全力で守って下さいね?」
だって、私は戦えない。ルイーヴァさんから貰った青銀の弓で少しは攻撃力が上がったとはいえ、この面子じゃ足手まといにしかならないのは明白だし。
だからこそ、最初からきちんとお願いしておかねば。
けれど、余りにも堂々と守ってくれなんて言った所為か、三人とも顔を掌で覆って視線を逸らしてしまう。
やだ、皆に呆れられた?ここは私も全力で戦います!とか言った方が良かった?
「ごめんなさい、やっぱり、自分でも少しは頑張らないとダメだよね」
私が慌てて訂正すれば、ラインさんが僅かに視線をそらしたまま「いえ、そういう訳では」と口籠る。
「ハニカミながら上目遣いで"守って!"とか・・・特技:魅了、恐るべし・・・」
フェリオが何やらブツブツ言っているけれど、焦る私の耳には届かない。
「新しい弓も貰ったし、やっぱり私も」
戦う!と拳を握れば「イヤ、オマエはオトナしくマモられろ」といつも以上にカタコトなコウガに制止されて、じゃあどうして三人とも目を逸らすのだと言いたくなる。
アルバートさんに至っては、呆れを通り越して怒っているのか、両手で覆った顔を赤くして、プルプルと震えている。
「ゴホッ・・・ン。とにかく、シーナさんは戦う必要はありません。貴女は自分の身の安全だけを最優先してください」
ラインさんに改めてそう言われたので、ちょっとだけやる気になっていた拳から力を抜く。結局、何故あんな反応をされたのかは分からないけれど、もしかしたら開き直った態度が可笑しかったのかも・・・と自分で納得して話を進める事にした。
「分かりました。とにかく、危なくなったらみんなの指示に従います」
これなら何も問題ないでしょう?と回りを見れば、一斉に大きく頷かれた。
「じゃ、そんな感じで!そろそろ作戦会議始めないか?」
フェリオが軽い調子で先を促し、それからようやく調査の作戦を立てた私達は、教会へと向かう事にした。
作戦としては、教会の周辺をコウガと一緒に見て回った後、まず私が一人で教会へ祈りに行く。ラインさんとアルバートさんは騎士として顔が知られているし、獣人であるコウガもこの辺りでは珍しいので、目立ってしまう。
それに、なるべくマリアさんが腕輪を貰った時と近い状況を作れば、私にも同じように腕輪を授けられるかもしれないし、そうなれば聖水だって手に入るかも。
この作戦を話した時は皆に反対されたけれど、普通に教会へ行くだけなら危険は無いはずだし、もし腕輪を貰ってもすぐに外せば問題は無いと説明して、なんとか説得した。まぁ、どんなに魔力を奪われても私は平気なんだけど、流石にそれは説明出来ないしね。
そんな訳で私は今、グレーのワンピースと薄いフード付きローブを羽織っている。
一般的に喪に服している人が着るもので、教会で亡くなった人の安らかな眠りを祈る為の出で立ちだ。
マリアさんはフラメル氏が亡くなった後、その祈りを捧げる為にナガルジュナの教会へ寄り、そして腕輪を授かった。
この詳しい状況をマリアさんに聞いた時、心の弱っている人に更に追い討ちかけた教会の行いに、酷い憤りと怒りを覚えたのは言うまでもない。
それもあって、私は今回絶対に調査を止めたりなんてしない。どんなに危険でも、むしろ危険ならば尚更。マリアさんやトルネとラペルをあんなに苦しめた奴等なんて、絶対に許してやらないんだから!と意気込んでいるのだ。
ローブのフードを被っていれば、眼の色を誤魔化す事もできるわね!なんて、最後には明るい顔でマリアさんは言ったけど、当時の状況を話してくれた間は、ずっと辛そうな表情をしていたのを知っている。
影魔獣相手に、私に何が出来るか分からない。もしかしたら、何も出来ないかもしれない。
この町の多くの人を救うなんて、烏滸がましいことは考えられない。それでも何かしたいと思うのは、やっぱりマリアさんやトルネとラペルに対する恩や感謝、それに幸せでいて欲しいって気持ちがあるから。
なにより、犯人が居るなら取っ捕まえて、きちんと処罰されるべきだ。絶ッ対!ガツンと言ってやって、申し訳ありませんでした!ときっちり謝罪して貰わねば。
その後の処遇は騎士団に任せるとしても、そこだけは譲れない。
なんなら、一発くらい殴ってやりたいけど、もし犯人が影憑きならそれは難しいかもしれない。
宿を出た私はそんな事を考えながら、意気込み充分で歩き出す。
よし!一丁やってやろうじゃない!




