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シーナの錬金レシピ  作者: 天ノ穂あかり
レシピ 2
35/264

〈ある宿屋看板娘の多忙な夜

すみません。今回と次回、短めです。

今回はそこら辺にいる女の子視点。

重要人物という訳ではありません。

 『露草亭』は清潔な部屋と美味しい料理が自慢の、ナガルジュナで一、二を争う上宿だ。

 今日も鉱石を買い付けに来た商人達で部屋は粗方埋まり、酒場としても営んでいる食堂には、溢れる程の客達が食事を楽しんでいる。


 この宿の娘ミラは、今日も忙しなく客達の間を歩き回り料理を運んでいたが、その三人が食堂に入って来ると、思わず足を止めて見入ってしまった。

 他の客達も同じように視線奪われ、食事の手を止めている。


 三人の内一人は、よく知る人物だった。

 王国騎士であるラインヴァルト様だ。

 恐ろしく整った容姿の美青年で、彼がこの町にやって来た時には、騎士の詰所に女達の人垣が出来た程だった。もちろん、ミラもその一人だ。

 そこに更にもう一人、銀の混ざった黒髪と、深い銀灰色の瞳がなんとも野性的な獣人の男。

 獣人というだけで珍しく、此方もまた精悍な顔立ちの美青年。


 どちらも人目を引く容姿の彼等に守られるようにして並び立つのは、闇夜の様な黒髪に焦げ茶色の瞳の、緑色の猫妖精を連れている事以外は、一見地味とも言える色彩の女性だった。

 けれど、不思議と惹き付けられた。

 二人の美青年を差し置いて、彼女に目が行ってしまう程に。

 容姿の美しさも然ることながら、平凡な町娘の衣服を身に付けて尚、そのスタイルの良さがハッキリと分かる。何よりも、彼女の纏う雰囲気が・・・なんとも麗しく、好ましい。

 妖精を連れているという事は、彼女は錬金術師なのだろう。けれど、尊大な感じも無い。


 それはまるで、王子ラインヴァルト騎士コウガにエスコートされるお姫様のようだ、とミラは感嘆の溜め息を漏らす。


 ほぅ・・・と食堂全体から聞こえそうな程、その場に居た全ての者が彼等に見惚れていたけれど、席を探すようにグルッとラインヴァルトが視線を流すと、慌てたように食事を続ける()()をする。


 そんな客達を尻目に、丁度よく三人で座れるテーブルを見つけ席に着いた彼等に、ミラは店員の特権とばかりに注文を取りに行く。


「ご注文はお決まりですか?」

 ミラが緊張に喉を震わせながら、いつもより高めの声で話し掛ければ、ラインヴァルトが妖精連れの女性に問い掛ける。

「シーナさん、何かご希望はありますか?」

「う~ん。何が美味しいか分からないから・・・オススメでお願いします!コウガは?」

「オレは、肉がイイ」

「でしたら、赤猪のエール煮込みと、あとは・・・貴女のオススメをお願いします」

 そう言って向けられたラインヴァルトの微笑みに、ミラは持っていかれそうになる意識を必死で保ち、なんとか足を踏ん張る・・・が、

「オススメ料理、楽しみ!お願いします」

 妖精連れの女性にペコッと頭を下げて、ニコッと笑顔を向けられた瞬間、グラッと身体を傾けてしまう。


 ――――――美男、美女の笑顔が近いッ!!

 

 傾いた姿勢を気力で正し、「はい!」となんとか返事を返したミラは、そのまま小走りで厨房へ戻った後、はぁぁぁッとしゃがみ込んで悶絶したのだった。


 暫く悶絶したミラが何とか復活を遂げ、厨房から出された料理を次々とあの三人のテーブルへ運び、いよいよミラの一番のオススメであるナガルジュナ名物の蔓豆をドキドキしながらテーブルに置く。

 一見すると高貴な人物にも見える彼女が蔓豆を気に入ってくれるか不安だったものの、彼女は直ぐ様器用に豆を口に放り込み、感動したように瞳を輝かせた。

 どうやら蔓豆が好きな様で、次々と豆を口に運ぶ姿がなんだか小動物みたいで可愛らしい。


 意外だったのは、彼女がエールをそれはそれは美味しそうに、プハァ!と声が聞こえそうな勢いで呑んでいた事だろうか。

 とは言え、嬉しそうにエールを呑み、蔓豆を食べてへにゃりと笑うほろ酔いの彼女は・・・恐ろしく可愛く、そしてどこか艶めいていた。


「お~い!俺にも蔓豆!あとエールおかわり」

「こっちにも頼む!」

「私達にもお願いね!」


 そんな様子を見ていた客達から、次々と注文が入る。

 まぁ、確かにあれだけ美味しそうに食べられると、蔓豆が食べたくなるのも頷ける。

 とは言え、それだけでも無さそうだが。


 男達は蔓豆とエールを片手に、彼女と共に食事している雰囲気を味わってでもいるのか、デレデレと顔面を崩壊させ、その場にいた女達も挙って蔓豆とエールを頼み、幸せそうな彼女を優しげに見つめる二人の美青年の意識を、どうにか自分にも向けようと努力している様だった。


 次々と入る蔓豆とエールの注文に奔走しながら、今日の売り上げは期待できそうだな、とミラはいつもより幾分重い足を動かし続けた。

 

 ――――――はぁ、疲れた。蔓豆の在庫足りれば良いけど。


 この忙しさの元凶である彼女に三杯目のエールを運びながら、小さな溜め息が漏れたけれど・・・


「エールお待たせしました!」

「ありがとぉ~!」


 アルコールで頬を染めた彼女に全力の笑顔でお礼を言われた瞬間、ミラの疲れなどどこかへ吹き飛んでしまった。


 ――――――なにこの女神。



 ミラは商魂逞しい宿屋の看板娘であった。

 今日来ている客達の中には常連も多く、その全てがこの女神を目に焼き付けただろう事も確信している。

 だからこそ、この日以来蔓豆とエールは『女神セット』として『露草亭』の定番となったのは、当然の流れと言える。

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