〉フェリオ~気苦労妖精~
進行方向、街道の少し先で雨粒のカーテンが揺れている。
「シーナ・・・向こうの方、雨が降ってる気がするんだが?」
遠い目をして雨を眺めるパートナーを半眼で睨んでやれば、開き直ったようにドヤ顔を向けてくる。
「ホントだぁ~向こうの方は雨だね」
そりゃ、この場でバシャァしなかったのは偉い。どうやら自分の意思で錬水をコントロールし始めているみたいだし、流石のオレも、この状況じゃ誤魔化す方法なんて思い付かないしな。
でも、だ。なるべく錬水しないって言ったのはオマエだからな?そこを何とかするべきなんだぞ?
まぁ、今回は事故だったしな、と肩を竦め、事の元凶である外の騒ぎへと目を向ける。
馬車が急停車したのは、どうやらあのスフォルツァとかいう錬金術師が急に馬車の前に飛び出して来たのが原因らしい。
全く、アイツのパートナーは何をしてるんだか。確かサラマンダーだったよな?
シーナの膝の上から身体を伸ばして外を覗けば、赤茶色の髪を振り乱した女の肩に、心なしかぐったりとしたサラマンダーが乗っかっている。
――――――アイツ、大丈夫か?
あの女、無理な錬成をしてるのか?
シーナも気にしていない様だが、オレ達妖精だって錬成すれば魔力を消費する。
その分はパートナーから魔力を貰って回復するけど、パートナーの魔力が枯渇寸前ならば、それも儘ならない。
シーナの場合は、アイツの魔力に底が無いから回復に問題は無いが。
まぁ、流石に魔道スマホを錬成した時は、魔力が身体を高速で通り抜けてく様な感覚に目眩を覚えたけどな!
それとも・・・パートナーの魔力が変質して、合わなくなった、か?
まぁ、流石にそれは無いか。人の魔力が変質するなんて、聞いたこと無―――ッ!
自らの思考に耽っていると、突然シーナがビクンッと身体を引き、揺れた足場に驚いた俺は咄嗟に床に着地する。
シーナに、どうした?と声を描けようと視線を向ければ、シーナの表情や態度、何より魔力の動きからシーナが恐怖を感じている事が見てとれる。
影魔獣と対峙したかの様なその怯えように驚くが、コウガが素早く対応してくれたお陰でどうやら落ち着いて来たらしい。
再びシーナの膝の上に跳び乗れば、穏やかにオレの背を撫でる。
――――――うん、もう大丈夫そうだな。にしても・・・シーナは何にあんなに怯えたんだ?シーナ自身、恐怖を感じた事に驚いてるみたいだったしな。自分でも分かってない、か。
「お待たせして申し訳ありません」
ラインが帰って来た所で、馬車が再び進み出す。
今回の騒動はあの女がシーナに嫉妬した挙げ句、暴挙に出たって所だろう。
あの女は十中八九ラインに気がある。それをラインの奴が気付いているかどうかは知らないが、ラインのシーナに対する態度を見ていれば・・・嫉妬もするだろ。
あの女に興味は無いが、シーナに危害を加えると言うなら話は別だ。サラマンダーの事は気になるしな。
ナガルジュナから帰ったら調べてみるか・・・。
オレが呑気にそんな事を考えていると、オレを包んでいたシーナの魔力が急激にザバザバッと波打つ。
――――――ッ?この乱れは!
慌ててシーナの様子を窺えば・・・きゅっと口を閉じてものすっごく我慢してる。
耐えろシーナ!にしても何が起きた?
シーナはただ、ラインとコウガと話をしていただけのはず。驚くような要素なんて何処にも無かっただろ?
そこまで考えたオレは、一つの可能性に辿り着き、その仮定は今までの状況に驚くほどカチッと噛み合っていく。
今までシーナが錬水した時には、必ずラインかコウガが居たよな?
そうすると、この二人に何か原因が?・・・しかも、今までのシチュエーションから考えると・・・。
改めてシーナの様子を窺えば、耳まで真っ赤にして俯いている。
――――――あぁ~、なるほど。そーゆー事か。
思わず生温い目でシーナを見てしまったのは、仕方の無い事だろう。
けれど、折角我慢したはずのシーナの錬水衝動は、二人の男によって再び突き動かされてしまったらしい。
諦めた様に遠くを見つめるシーナの目線の先に虹を見つけて溜め息が出る。
まぁ、外に向けられる様になったんなら、良しとするか。
・・・なぁんて言っていられたのは、ここまでだった。
シーナは目を瞑った所為か、すぐにウトウトし始めた。朝も早かったし、それは仕方無い事だろう。オレだって寝たい。
しかし、トンッとシーナの身体がラインの肩に触れる度・・・コウガの気配がピリピリする。
シーナと同じく目を閉じてるはずなのに、コウガ・・・見えてるのか?
「休憩明けには、席を交代しますから」
見かねたラインが、目を閉じたままのコウガに小声で囁けば、コウガの耳がピクリと動き、スッと目を開けた。
「ワカッた。ソレでいい」
短く不機嫌な返事を返すコウガだが、しかしその後は空気がピリつく事は無かった。
これで漸くオレもゆっくり寝られる・・・と思った途端、シーナの身体がグラッと大きく傾き、完全にラインの肩に凭れる形になる。
オレは馬車に乗り込んですぐに、ラインに凭れて良いと言われた時のシーナの反応を思い返し・・・
――――――コレ、起きたら絶対バシャァのヤツだろ?
そう思うと、馬車がガタンッと大きく揺れる度にシーナが目を覚ますかもしれない、とハラハラして眠れない。
必然的にオレは、何時シーナが目を覚まし錬水の衝動が起きても良いように待機し続け羽目になった。
―――――はぁ、、、世話の焼ける。
「シーナさん、起きてください。休憩にしましょう?」
けれどシーナは休憩まで目を覚ますことは無く、オレはシーナがラインに起こされているのを、万全の態勢で迎える事が出来た。
「―――ん、ぅん・・・―――――――ッッ!ラインしゃん!ごふぇんなふぁい!」
案の定、目覚めたシーナはその状況に驚き、一瞬にして魔力を乱す。
オレはその瞬間ブニッとシーナの頬を両の肉球で挟み込んで、グリッとコウガが出ていったまま開け放たれた馬車の後方へと向ける。
雨と言うには若干大粒過ぎる雫が、馬車の後方30メートル程の所でボタボタボタッと落ちてはいるが・・・概ね成功、としておこう。
「なにふるのぉ!?」と、頬を挟まれた面白い顔のままシーナが抗議するが、オレの視線を追って後方の状況を確認すると、押し黙る。
ラインはオレの行動に驚いたみたいだが、後方の雨とも言えない滝の様な光景に、顎に手を当てて何やら考え事をしていた。
――――――そろそろラインにはバレたか?
「フェリオ、ごめん!・・・でも、なんで寝起きでそうなるって分かったの?まさか・・・」
肉球を離したオレに、シーナがコソッと問い掛ける。
「シーナ・・・オマエは本当に、面白いパートナーだな」
ニヤリと笑ってそう言ってやれば、シーナの顔がみるみる赤く染まっていく。
やっぱり自分でも錬水の条件に気付いていたか、と呆れた視線を向ければ、シーナはモゴモゴと口の中で言い訳する。
「違うの!私は、そんな・・・コレは、その・・・」
「シーナさん?休憩にしましょう?」
「―――――ッそっそうですね。今行きます!フェリオ、行こう?」
―――誤魔化したな。
とは言え、これで確定だ。
そりゃ、恥ずかしいわな。とちょっとニヤついてしまうが・・・。
シーナの錬水条件は『ラインとコウガにときめいた時』だ。
今までの見てきた中では、この二人だけだ。
カリバの町でも色んな男に褒められたり、言い寄られたりしていたが、シーナに錬水の兆候は無かった。
まぁ、言い寄られてる事にすら気付いて無さそうだったけどな。
恐らく何かしらの条件か、あるいはシーナの好みが関係してるんだろうが、他にも該当するヤツが居るかどうかはまだ分からない。
とは言え、やっぱりラインとコウガには事情を説明して協力して貰った方が良さそうだ。シーナは嫌がるだろうがな。
無意識とは言え、シーナはこの数時間でこの世界にあれだけの恵みを齎したんだ。
これだけ続けば、何時かは誰かに勘付かれる。
そうなった時、あの二人ならシーナを守れるだろう。まぁ、あと二、三人は欲しい所だがな。
――――――フワァ・・・。それにしても眠い。
休憩中ならオレが寝ても大丈夫だよな?
シーナと共に馬車を降りたオレは、シーナの膝の上で悠然と昼寝を決め込む。
馬車の席を取り合ってるラインとコウガには悪いが、この場所はオレ専用、一番の特等席だからな。




