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シーナの錬金レシピ  作者: 天ノ穂あかり
レシピ 2
32/264

馬車の旅

 ナガルジュナへ向かう日は、早朝にも関わらずマリアさんだけじゃなく、トルネとラペルも見送りをしてくれた。


「はやく帰ってきてね、ぜったいよ?」

 まだ眠い所為か、いつもより甘えた様子で抱き付いてくるラペルがすっごく可愛い。

「うん。お土産買ってくるからね」

「うん」


「これ、お昼に食べてね」

「忘れ物無いか?あんまり無茶すんなよ?」

 マリアさんがお弁当を持たせてくれて、トルネに忘れ物を心配されて、気分は遠足か修学旅行だ。

 

「じゃあ、行ってきます!」

「「「いってらっしゃい」」」



 皆に手を振り、馬車に乗り込む。

 ラインさんが手配してくれた馬車は、私が勝手に思い描いていた、貴族が乗ってそうな進行方向に向かって前後に座席のあるものでは無く、左右に座席のある小型の幌馬車だった。

 そして、先に乗り込んでいたラインさんとコウガは・・・両サイドに腰掛けていた。


 ――――――えっと・・・この場合、どっち側に座るべき?


 それほど大きくない馬車は、片側三人座れる程度。どちらに座っても隣同士の距離は近く、どちらの隣に座っても錬水の危険がありそう。


 どっちも前科があるからな・・・私。

 

 入口で悩んでいると、ラインさんが自分の隣に厚めのクッションを敷きながら呼んでくれる。

「シーナさん、どうぞ此方へ」

「ありがとうございます」


 私が腰掛けると、ラインさんが御者に声を掛け、ゆっくりと馬車が動き出す。

 コウガは既に目を閉じていて、私が乗り込んだ時に僅かに耳をピクッとさせただけで、馬車が動き出した時には何の反応も無かった。


 何気に馬車に乗るのって初めてなのよね。

 ガタガタと揺れる馬車の乗り心地は、自動車に慣れている私には快適とは言い難い。

 板張りに厚手の敷布のみの座面も、クッションが無ければきっとずっと座っているのは辛いだろう。ラインさんの心遣いが身に染みる。

 それでもなんとか落ち着く体勢を見つけ出した私は、膝の上のフェリオを撫でながらフワァと欠伸を漏らしてしまう。


「朝が早かったので、シーナさんも眠って下さって構いませんよ」

「いえ、そんな・・・」

「私の肩に凭れれば、少しは寝やすいと思います」

「だッぃじょうぶ、です!全然、ハイ」

 そんなベタな事出来ません!


 少女漫画のワンシーンのようなそのシチュエーションを想像し、うっかりドキッとしてしまう。

 錬水に至る程では無かったものの、フェリオにジト目を向けられてしまった。


 ――――――気を付ける!ほんと、気を付けるから!

 水の無いこんな空間で突然水が湧いたら、流石のフェリオも誤魔化し切れないだろうし。


「そうですか。いつでも貸しますからね?」

 自らの肩をポンポンと叩いて笑顔を向けるラインさんに、「ありがとうございます」とだけ返し、心の中では『そんな事絶対できない!絶対寝ない!!』と決意する。


 ――――――ガタンッ。

「わッ!?」

「大丈夫ですか?」

「ッはいぃ!」


 けれど、私の決意も虚しく何故か馬車が急停車し、図らずもラインさんの方へ傾いてしまい・・・結果、ラインさんに優しく受け止められるという試練に見舞われた。

 

 ―――耐えろ!私。意識を逸らすんだ!


 乗っていた幌馬車は御者席側は開いていて、空が見える。私は咄嗟に体勢を立て直し、其方へ意識を向ける努力をした。

 

 はぁ、もう大丈夫。アブナイ、アブナイ。

「シーナ・・・向こうの方、雨が降ってる気がするんだが?」

 ――――――大丈夫じゃ無かったですね。

「ホントだぁ~()()()()()は雨だね」

 でも、凄くない?遠くに飛ばせたんだよ?この場でバシャァを回避出来たんだよ?

 その思いで見返せば、フェリオはやれやれと言わんばかりに肩を竦める。


「危険ですので、そこを退いて下さい」

「アナタ、誰に命令しているの?それよりもこの馬車、ラインヴァルト様が乗っているのでは無くて?」


 錬水の回避を最優先していた私は、この馬車が何故急に停まったのかまでは考えていなかった。けれど、覚えのある甲高い声が聞こえた事で、その人の所為だろうと察しがつく。

 

 この声、スフォルツァさん・・・だよね?


 御者に、どうしましょう?と訊ねられ、ラインさんも少し困った表情で席を立つ。


「少し彼女と話をしてきます」


 そう言って馬車から降りる際、ラインさんはコウガの方へ視線を向け、そのまま出ていった。

 私が釣られて視線を向ければ、コウガはいつの間に起きたのか、鋭い視線を外へと向けて辺りを警戒している。


「ラインヴァルト様!」

「スフォルツァ殿、お久しぶりです。このような朝早くにどうされたのですか?」

「その馬車にあの小娘が乗っているのでは無くて?何故あのように凡庸な娘を連れて行くのです!?」


 外から聞こえる会話は、スフォルツァさんが一方的にヒステリックな声で喚き、ラインさんの言葉は彼女に遮られている。

 しかもどうやらスフォルツァさんはこの馬車に私が乗っているのを知っていて、それが気に入らないらしい。


「王都へお帰りになるのでしょう?何故私を連れて行って下さらないのです?」

「いえ、王都へは行きません。ナガルジュナへ」

「何故私ではなく、あの小娘を連れて行くのですか?アレは影憑きですわ!貴方は騙されているのです!!目を覚まして下さいまし!」


 外の様子をそっと覗けば、スフォルツァさんはラインさんに縋り着いて尚も詰め寄っている。鬼気迫るその姿は尋常じゃない。


 スフォルツァさんは何故、私とラインさんが一緒に王都へ行くなんて思ってるんだろう?

 それに・・・なんでかな?スフォルツァさんから、凄く嫌な感じがする。でもそれは、私が彼女の事が嫌いだから・・・とかでは無い、はず。

 

 この"嫌な感じ"が何なのかを確かめようと、じっとスフォルツァさんを凝視していると、突然彼女がこちらを振り返り、私は慌てて身を引いて顔を隠す。その勢いで、驚いたフェリオが膝の上から飛び降りた。

 けれど私は、瞬間自分に向けられた驚くほどに憎悪の籠った眼差しに、困惑と恐怖で身体が震え上がり、それに気を止める余裕が無い。

 

「シーナ?」

 両腕をぎゅっと掴んで震える身体を宥めていると、目の前に膝を突いたコウガが、覗き込むようにして声を掛けてくれる。

「ドウシタ?」

「うぅん・・・なんでもない」

「ソウか・・・」


 コウガは深く追及しようとはせず、強張った私の腕にそっと手を添えてくれる。

 私も、何故こんなに怖いと思うのか自分でも説明出来ないから、コウガの対応は有難い。

 しかも、コウガの大きな手は予想以上に私を落ち着かせ、強張った腕から力が抜けていく。


「落ちツイタか?」

「うん。ありがとう」


 笑顔を返せば、目を細めた優しい眼差しが返ってきて、完全に力が抜ける。

 フェリオも膝の上に戻ってきて、その背を撫でればもう完全にリラックス状態だ。


「お待たせして申し訳ありません」


 そうこうしていたら、ラインさんが馬車内に戻ってきた。そう言えばスフォルツァさんの声も聞こえない。

 ラインさんが元の場所に腰掛け、馬車が再び走り出した所で、私は遠慮がち問い掛ける。


「あの・・・大丈夫でしたか?」

 私が問えば、ラインさんは少し難しい顔をする。

「えぇ。門衛が他の騎士を呼びに行ってくれたので、彼女には申し訳ないですが、その騎士に任せて来ました」

 要するに、強制退場ですね。

「でもなぜ、スフォルツァさんはあんな事を?」

「・・・わかりません。王都へ戻りたいと願っていたのは知っていはいましたが、私の権限でどうにかなる問題では無いので」


 それはそうだよね。ラインさんは騎士だもの。スフォルツァさんが"様"付きで呼ぶくらいだから、子爵以上の家格の貴族ではあるんだろうけれど、スフォルツァさんは宮廷の錬金術師。国の意思で派遣された人間を勝手に連れ帰る訳にもいかないだろう。


「とは言えあの感じ・・・シーナさん、少し気を付けて下さい」

「それは・・・スフォルツァさんの事、ですか?」

「はい。彼女から、以前の印象よりも、少し、その・・・良くないものを感じました。彼女はシーナさんを異常に気にしている様でしたので、何かしらの害意を抱いているかもしれません。当面は様子を窺うようにと指示は出しましたので、心配は無いと思うのですが」


 ラインさんの言葉に、先程向けられた視線を思い出す。確かにアレは怖かった。害意以外の何ものでも無い。

 私の事はいいとして、私が居ない間にマリアさん達に危害が加えられたらどうしよう、と不安が過る。けれど、ラインさんがここまではっきりと彼女の態度に疑念を抱き、対処してくれると言うなら大丈夫だろう。あとは、私が気を抜かなければいい。


「そうですね・・・気を付けます」

 私が神妙に頷けば、正面からはっきりとした声でコウガが宣言する。

「問題ナイ。シーナは俺が守る」

「勿論、私も全力でシーナさんを守ります」

 加えて、ラインさんも真摯な眼差しでそう言ってくれる。


 二人の真剣な眼差しと力強い言葉に、私は心底安心し、そして心底慌てる。


 ――――――何このキラキラ空間。眩しい、イケメン二人が眩しすぎる。


「――――――ッハ!二人とも、ありがとう。でも、でもね?今は安全、安全だから!」

 息を止めて何とか錬水しそうな衝動を堪え、今尚キリッとイケメンな視線を送る二人を止める。


「あぁ、シーナは何も気にスルな」

「緊張してばかりでは、疲れてしまいますからね」


 今度は柔らかな眼差しで優しげに言われ、私はとうとう視線を彼方へと向け、視線の先に出現した虹を眺めながら、そっと目を閉じた。


 ――――――もうヤダ、この空間。心臓に悪過ぎる。


 目を開けているからいけないんだ。イケメンは精神衛生上よろしく無い。


 けれど、目を閉じる事はイコール、最初の決心を見事に打ち砕き、睡魔の誘いを容易にする事にまでは思い至れなかった。

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