依頼
フラメル家に到着したラインさんは、早々にトルネとラペルのタックルを受けていたので、私はマリアさんにお茶を任せて、コウガが居るであろう離れに向かった。
コウガは彼の寝床と化した離れの一角で、虎の姿で昼寝をしていた。
陽に当たってツヤツヤと輝く毛並みが私を誘うけれど、今はそんな事をしてる場合ではない。最近は人型ばかりで、獣型を見ていなかったからって、今は早く起こさなければ。あぁ、でも・・・
――――――モフりたい。
「コウガ、起きて。紹介したい人がいるの」
彼を起こそうと伸ばした手で、何度も首からお腹辺りまでを撫でながら、そぉっと起こす。
決してモフッている訳ではない。決して!
そうやってコウガの毛並みを堪のぅ―――コホン・・・起こしていると、ブワッと毛並みが逆立った次の瞬間、私は成人男性の脇腹を撫で擦っていた。
――――――どわッ!
「シーナ、くすぐッタイ・・・」
「ごめんなさい!!」
――――――バサッ!!
びッッッくりしたぁ!!
私の反射神経は今日もいい仕事しました。
コウガの腰から下は、瞬時に毛布で覆われている。
「シーナ、ドウした?」
のっそりと起き上がり、ガシガシと頭を掻くコウガに、目を逸らしながら山になっていた衣服を押し付ける。
「前に話したラインさん!ラインが来てるからッ!コウガもお礼したいって言ってたでしょ?」
「――――――あぁ」
すると、まだ眠そうだったコウガの耳がピクッと動き、その視線もいつの間にかしっかりと離れの入口に向けられている。
「シーナさん?」
「ねぇちゃん、何やってんの?フェリオも」
戸惑うラインさんの声と、呆れたトルネの声。
トルネの言葉と視線を追ってそぉっと上を見れば、なみなみと水が入った水差しを抱えたフェリオさん。
ほんと、何やってんだ、私。
「コウガを起こしてただけだから!でも、違うのよ。これは違うのよ?」
この状況、頭から水掛けようとしてる様に見えるよね~。でも違うんだよ?逆にフェリオは水浸し回避してたんだよ?なんて、私が言い訳出来るはずもない。
「・・・シーナ」
「・・・ねぇちゃん」
フェリオとトルネの残念そうな声が居たたまれない。ラインさんまで何か言いたげな顔でこちらを見ている。
「寝起きは喉が渇くだろうから、水を持って来ただけだ」
そんな中、シレッと言い訳するフェリオを拝み倒したい気分です。
「取り敢えずッ、コウガは水飲んで、服着て、私達は向こうで待ってるから!ね?」
フェリオの持っていた水差しごとコウガに押し付け、私はやや強引に二人を離れから連れ出した。
「・・・あぁ」
後ろから、戸惑いを滲ませたコウガの返事が聞こえ、心の中で謝っておく。
――――――ほんと、ごめん。
その後、少々居たたまれない雰囲気を残しつつ、コウガを待って皆でテーブルを囲む。
コウガとラインさんはお互いに名乗り合い、お礼を言い合うけれど、コウガが無口な上にラインさんまでどこか神妙な雰囲気で、話が弾むはずもなく・・・。
そんな中、意を決したようにラインさんが口を開く。
「教会の調査の件ですが・・・」
それは、マリアさんの体調不良の原因である、ナガルジュナの教会の調査報告だった。
ラインさん達騎士団が調査した結果、あの腕輪を配っているのはナガルジュナのアメリア聖教会で間違い無い。
けれど、腕輪をしている町の人達は、マリアさんの様に魔力欠乏に陥ることは無く、寧ろ熱心に教会へ通っているのだとか。
教会へ潜入してみても、町人達は皆熱心に祈りを捧げているだけで、金銭を要求されている訳でも、危害を加えられている訳でも無いらしい。
「疑惑は有りますが、マリアさん以外に決定的な被害も証拠も無く、手詰まりになっているのが現状です」
悔しそうに拳を握るラインさんが、申し訳ありません、と頭を下げる。
「いいえ、私のように苦しんでいる人がいないと分かっただけで、少し安心したわ」
マリアさんはそう言って微笑むけれど、トルネは納得出来ていないみたい。
「でも・・・母さんは苦しんだ!俺達だって・・・」
それはそうだ。母親が死にかけたんだから。
「勿論、私達も不穏な教会をこのまま野放しには出来ません。そこで、シーナさんに調査の手伝いを依頼したいと思い、本日伺わせて頂きました」
「私、ですか?」
突然の指名に驚いて声を上げれば、ラインさんの真摯な眼が真っ直ぐに私を見詰めていた。
「情けない話なのですが、私達騎士団には魔力が視える者がおらず、あの腕輪が本当に魔力を奪っているのか、更にその魔力がどのように教会に渡り、何に利用されているのか、見極める事が出来ません」
魔力が視える青眼を持つ者は、極々限られている。それに青眼と言えど、スフォルツァさんの様に薄い青色の眼では、魔力をハッキリと視る事は出来ず、ぼんやりと認識出来る程度。
これは、コンタクトの色味を調整しながら検証した結果だ。
「このような事を貴女にお願いするのは、騎士として不甲斐ないばかりなのですが・・・シーナさん、どうか私と共にナガルジュナへ赴き、腕輪によって奪われた魔力がどのように利用されているのか、その眼で、私達に教えてはくれませんか?貴女の事は私が責任をもって守ります、どうか・・・」
「もちろん、協力させて下さい」
ラインさんの言葉を遮る様に、私はハッキリと答える。ラインさんが私を必要としてくれるなら、もちろん協力したいと思う。私にしか出来ないと言われたら尚更だ。
恩は返し過ぎるなんて事は無いんだしね。
「俺もイク」
私が返事を返すとすぐに、コウガが言った。
「コウガも?」
「俺はシーナの側にイルと約束した。だから、一緒にイク」
隣に座っていたコウガが私の腕を引き、肩が触れる程に距離を詰めながら、視線はラインさんに向けている。
コウガさん、なんだか近く無いですか?しかも、ラインさんを警戒してるのはどうして?
「いえ、それは・・・分かりました。コウガさんも、よろしくお願いします」
一度断ろうと口を開いたラインさんは、コウガの視線を真っ直ぐに受けて、頷いた。
「コウガでいい」
「では、コウガ。シーナさんの護衛、お願いします」
「あぁ」
男同士の言葉少ない会話に置いていかれた私は、他の人は着いて行けたのかと視線を巡らす。
ラペルは、うん。不安そうにしながらも、きょとんと首を傾げながらクッキーを齧っている。私と一緒だろう。
トルネは、何故か不満気に頬を膨らませ、何か言いたそう。マリアさんの事、やっぱりまだ許せないんだね。
マリアさんは・・・何故そんなに愉しそうなんですか?そんなワクワクした目で私を見ないで下さい。
マリアさんからそっと視線を逸らし、再びラインさんに視線向ける。
すると、真っ直ぐこちらに向けられていた視線とぶつかり、何だろう?と首を傾げれば、彼は慌てて視線を下げてしまった。
「ラインさん?」
「いえ、何でもありません!・・・では、出発は二日後の早朝でよろしいでしょうか?」
「私は構いませんよ」
「問題ナイ」
「では、二日後。馬車は私が手配しますので、こちらでお待ち下さい」
「分かりました。ところで、ナガルジュナへはどのくらい掛かるんですか?」
「そうですね・・・早朝に出れば、その日の夜遅くには到着できると思います。シーナさんには少し辛い旅になってしまうかも知れませんが・・・」
ラインさんが申し訳無さそうに眉を寄せる。
確かにずっと座ったままは辛いかもしれない、けど・・・。
「ここに来て、カリバ以外の町って初めてなので楽しみです。折角なので、色々と情報収集もしてみようかと」
笑顔で答えれば、一瞬どこかが痛むような表情をしたラインさんは、次の瞬間には「ありがとうございます」と笑みを返してくれた。
その笑みにホッとしていると、予想外の方から沈んだ声が掛けられた。
「ねぇちゃんは・・・やっぱり帰りたい?」
情報収集と言っても、主に錬金術のレシピや素材についてだったのだけれど、どうやら帰る方法についてだと思われたらしい。
確かに、私を引き込んだあの黒い腕についても何か分からないかな、と思ったのも事実だし、ずっとこのまま・・・では居られないのも分かっている。
「そうね・・・帰りたいっていうよりは、帰り道を知っておきたい、かな。分からないままじゃ、やっぱり少し不安だから」
これは、本音だ。帰れるのか、帰れないのか、それだけでも分かれば色々な決心がつく気がする。
「そっか・・・じゃあ、帰ってくるの、待ってるからな!」
気を取り直した様に声を明るくして、トルネがそう言ってくれる。マリアさんもラペルも、うん!と大きく頷いてくれて、なんだか泣きたくなってしまった。
帰る場所があるって、物凄い安心感だよね。
でも、この時私は気付いていなかった。この旅路が、私とフェリオにとってとんでもない試練だということに。




