雨、再び
「ハリルさん、こんにちは」
何時ものようにハリルさんのお店に魔法薬を卸しに来た私は、そこで見知った人物と遭遇した。
「あ!テオさんも、こんにちは」
「おぉ、お嬢さん、丁度良かった」
私が声を掛けると、テオドゥロさんは嬉しそうに手招きしてくれる。
「何か品切れでしたか?」
丁度良いって事は、何か欲しい魔法薬でもあったのかと首を傾げれば、「そうでは無いよ」と首を振られた。
「お嬢さんにこれを届けに行こうと思ってね」
そう言って差し出されたのは、細長い包みだった。
何だろう、とその包みを開ければ、それは一張の美しい短弓だった。
「・・・綺麗」
全体に精緻な細工の施されたそれは、美しいだけでなくとても使い勝手が良さそうで・・・。
「あの、これって?」
確かにテオドゥロさんのお店に行った際、弓が欲しいと言った覚えはある。けれど、まだ注文はしていなかったはず?
「それは妻からのプレゼントだよ。お嬢さんに会ったら創作意欲が刺激されたらしくてね」
テオドゥロさんの奥さんのルイーヴァさんは、編み込まれた真っ赤な髪とはっきりとした顔立ちの、姉御肌の美人鍛冶師だ。
「ルイーヴァさんが?・・・凄いです!とても綺麗で、軽くて、使いやすそう!代金はいくらですか?」
一目でその弓を気に入った私は、早速買い取ろうと鞄に手を入れる。でも、お金足りるかな?
「プレゼントだと言っただろう?ポーションのお礼も兼ねているからね、遠慮なく貰っておくれ」
「そんな!こんな良いものを頂くわけに」
流石にタダで貰う訳にはいかない、と断ろうとする私の言葉は、テオドゥロさんに遮られた。
「アァ、お嬢さん!貰ってはくれないのかい?そんな事を言われては、ルイーヴァが悲しむだろうなぁ」
アァ、なんて事だ!と芝居掛かった仕草で天を仰ぐテオドゥロさんに、押しの弱い日本人気質な私は断れなくなってしまう。
「・・・分かりました、有り難く使わせて頂きます」
「オォ!受け取ってくれるかね!良かった、ありがとう!!」
でも、私だってタダで引き下がる程気が弱くないのだ!
「はい、此方こそありがとうございます!それで、ついでと言ってはなんですが、ルイーヴァさんにお願いしたい事があるんですけど」
私がそう切り出せば、テオドゥロさんは快く頷いてくれる。
「もちろんいいとも。どんなお願いだい?」
私はダミーの鞄に手を突っ込んで、スマホから円筒形の瓶を取り出す。
「コレなんですけど、ルイーヴァさんに使って頂いて感想を聞きたいんです」
「コレは?」
「コレは、肌に塗るクリームです。魔法薬って程では無いですが、肌にいいモノを集めて創ってあるので、洗顔後に塗るとお肌がツルツルのプルプルになるんですよ」
そう、私が最近錬成した最新作。保湿クリームです!
「それは良さそうでだね。でもコレは売り物だろう?」
「いえ、コレはまだ試作品なので、是非ルイーヴァさんの感想が聞きたいんです!」
弓をタダで頂くなら、コッチもタダで貰って下さい。フフン。
「ククッ・・・ハハハハハハハッ!テオさん、シーナちゃんに一本取られたな!」
それまで黙って私とテオドゥロさんのやり取りを見ていたハリルさんが、我慢出来ないっといった感じで笑い声を上げる。
それを聞いたテオドゥロさんが、眉を下げて肩を竦める。
「ハァ、お嬢さんには敵わないよ」
――――――勝った!
そんなやり取りしながらいつもの魔法薬を卸し、ハリルさんのお店を後にした私は、木陰のベンチに座ってスマホを取り出す。
鞄のアイコンに赤丸が付いているのを確認して開けば、先程貰った弓が新たに追加されている。それを選択すれば・・・
『青銀の弓』
製作者:ルイーヴァ・オルセス
素材:銀、黄金馬の尾、???、透殻虫の脱殻、膠
特性:攻撃力向上、命中補助、水属性
弓の詳細を確認することが出来る。
これは、恐らく魔法薬の効果を調べる魔道具の素材を、魔道スマホの錬成時に使った結果で、私もまさか全ての物の分析、鑑定が出来るとは思って無かった。
でも、どうやらこの機能で分かるのは、フラメル氏の工房にあった本に載っていた素材、つまり、データを取り込んだものだけらしく、今回も一ヶ所???になっているのはその所為だろう。とは言え、とても便利だ。
ちなみに、虫眼鏡のアイコンをタップして起動したカメラ越しに見ると、同じように取り込んだデータならば、映っている画面に簡単な情報が表示される。
「すごい・・・特性が三つも付いてる」
私が感嘆の声を上げれば、フェリオが肩の上から覗き込んで、同じように唸る。
「確かにな。しかも、アイツは青眼持ちじゃ無いはずだが、シーナと相性のいい水属性の弓とは・・・」
見れば見るほど凄いモノな気がして、タダで貰ってしまった事に気が引ける。
「やっぱり、保湿クリーム一個じゃ割に合わないかも。今度何かプレゼントしよう」
今度はどんな口実でプレゼントを受け取らせようか、と悪い笑みを浮かべていると、突然名前を呼ばれた。
「シーナさん!お久しぶりです」
少し久しぶりに感じるその声にハッと顔を上げれば、キラキラと眩しい微笑みが向けられていた。
「ラインさん!お久しぶりです」
直前まで悪い顔してたの、バレてないよね!?
「いつこちらに?」
平静を装いながら立ち上がり、にっこりと笑顔を向ける。
「―――ッ!さきほどッ・・・先程着いたばかりです」
何故か慌てたように言葉に詰まったラインさんが、少し顔を赤らめながら答えてくれる。
カリバに着いたばかりで疲れているのかな?
「今回は何日カリバに居られるんですか?」
トルネやラペルも会いたがるだろうし、コウガの事も話しておかなきゃ。
けれど、ラインさんの表情がぐっと引き締まり、その緊張した面持ちに私の顔も僅かに曇る。
「今回はすぐにでもナガルジュナに戻らねばなりません。それで・・・シーナさんに折り入ってご相談したい事があるのですが、この後のご予定は?」
「あとは帰るだけなので、特には」
元々ハリルさんのお店に魔法薬を卸しに来ただけなので、急ぎの予定は無い。
「では、一緒にフラメル氏のお宅に伺っても?」
「大丈夫だと思います。今ならみんな家に居るはずなので、トルネとラペルが喜びます」
私が笑って言うと、ラインさんも少し緊張が解れたのか、柔らかく笑う。
「ありがとうございます。そう言えば、先程詰所で報告を受けたのですが・・・」
道すがら、ラインさんとここ数日の出来事や影魔獣の事、コウガの事、私が新たに錬成した魔法薬の事なんかを話ながら歩く。
そんな中でふと、ラインさんが立ち止まり、私の顔を覗き込んで来る。
「シーナさんは見る度、瞳の色が違いますね」
最近はずっと茶色の眼で出掛けている。
「えッ!?ひゃッ!」
急に目の前にラインさんの端整な顔とサラサラの金髪が飛び込んできて、私は歩みに急ブレーキを掛ける・・・が、足がもつれた。
バランスを崩した私は、そのまま前のめりに倒れ・・・案の定、ラインさんに抱き止められる事になる。
しかも、少し屈んだ状態だったラインさんの首筋に顔を埋めた私は、胸一杯に彼の匂いを吸い込み、更に彼の柔らかな耳裏の肌を自らの唇で感じてしまい・・・。
――――――はわッ!!
「シーナ!耐えろ!!」
直後聞こえたのは、フェリオの声。
きゅうッと高鳴る心臓を、何とか抑え込もうとするけれど・・・―――ムリィッ!!
――――――パァンッと弾けた何かが溢れる。
―――ポツンッ―――サァァァァ・・・
雨が降りました。
「シーナ・・・」
呆れたフェリオの声は今は聞こえない振りをして、慌てて身体を起こせば、真っ赤になったラインさんと眼が合ってしまった。
「あのッ、ご、ごめんなしゃい!ぁありがとうございます!」
めっちゃ噛んだぁー!
「い、いえ!此方こそ、急にすみませんでした。大丈夫ですか?」
ラインさんも動揺しているのか、突然の雨と周囲から上がる歓声にも気付いていないみたい。
「ほら、濡れるからさっさと帰るぞ!」
フェリオに促され、我に返ったラインさんがようやく雨に気付く。
「・・・雨。シーナさんに会う日は、不思議な雨が降りますね」
今日も天気は晴れ。何処からともなく降り注ぐ雨に、私は肩を落とす。
また、やってしまった。
「シーナさん?」
どうしました?とまた覗き込まれ、返事に困る。
そんな私に、フェリオがコソッと囁く。
「シーナ、雨ならバレる心配は無い。大丈夫だ」
―――そっか。雨なら私の所為だなんて誰も思わないよね。
「なんでも無いです。行きましょう?流石に濡れちゃいますから」
どうにも拭いきれない恥ずかしさと、雨に喜ぶ人達に居心地の悪さを感じて、少しずつ弱まってきた雨に、それでも急ぎ足で家に向かう。
その所為で私は、喜ぶ町の人に紛れて此方を鋭く睨み付ける、青の混じった鈍い灰色の視線に気が付かなかった。




