信頼
「ごめんなさい」
突然頭を下げた私に、皆が驚いている雰囲気が伝わってくる。
「シーナ?」
戸惑いと心配が入り混じったコウガの呼び掛けに、私は頭を上げてスマホをコウガに差し出した。ヒトヨミの鏡の機能で、コウガの能力を表示した状態で。
「私、この魔道具にヒトヨミの鏡の機能も入れたって言ったでしょ?それで・・・写真を撮ったら、コウガ達の情報まで読み取ってしまったみたいで・・・」
私の言葉を聞きながら、コウガの瞳が驚きに見開かれていく。
「タシカに、オレのステータス・・・なんダロウな。驚いタ」
「コウガの・・・見てしまったの。本当にごめんなさい。マリアさんやトルネとラペルの能力も、見ていないだけで読み取ってしまったし・・・」
私の説明に、マリアさんとトルネの眼にも驚きが広がる。ラペルはよく分からなかったみたいだけど、この雰囲気が怖いのか、不安そうに私を見返してくる。
「シーナ、オレは気にシナイ。驚きはシタがシーナならベツに構わない」
「でも!勝手に見ていいモノじゃないでしょ!?・・・ッごめんなさい、私が言える事じゃないよね」
責められない事にホッとしながらも、責められない事に不安になる。相反する思いが私の中で消化しきれず、思わず声を荒げてしまう。
「シーナちゃん。私も、勝手に見るのは良くないと思うわ。今回は仕方がないとしても、無闇に使ってはいけないわね」
マリアさんの冷静な判断と、少なからず苦言を呈してくれたことにホッする。
「はい。本当に・・・ごめんなさい」
肩を落として小さくなる私に、マリアさんは優しい笑みを向けてくれる。
「大丈夫。シーナちゃんがそれを悪用したりしないって分かってるから」
――――――ッッ!!
・・・この世界の人達は、とても優しい。優しくて、とても強い。
本当は、私の方が年上なのになぁ。
「マリアさん、ありがとうございます。コウガも、ありがとう・・・ごめんね?」
凹む私の頭に、大きな手がポンッと乗せられる。
「アマリ落ち込むナ」
そのままコウガに頭をよしよしと撫でられて・・・色んな意味で恥ずかしくなる。
頭を撫でられるなんて小さな頃にあったかどうかってくらいなのに、それを十代の男の子にッ。
でも、恥ずかしさに押されて、沈んだ心が少し浮上する。
そしてそれを更に押し上げる様に、トルネが明るい声で続く。
「でも、そんな小さな道具でステータスが見れるってすごいよな。森で具合悪くなっても、その場で原因がわかるって事だろ?」
「確かに。信頼し合ってる人同士なら、頼もしい道具になるでしょうね」
信頼し合ってる・・・マリアさんのその言葉に、心臓がドクンッと一つ大きく脈打つ。
私・・・みんなの事、信じてなかった。
下手な事をすれば、すぐに嫌われてしまうんじゃないかって。誰も私を心から受け入れてくれる訳無いって。
なんて失礼な話だろう?
自分が信じてもいないのに、相手に受け入れて欲しいだなんて。
そんな自分が不甲斐なくて、腹が立った。
―――まったく、情けない。
「私、ステータス情報を悪用なんて絶対にしないし、必要な時以外見たりしない。この機能をみんなの為に使うって約束する。だから・・・その権利を、私に下さい!」
勢いよく頭を下げて、改めて皆にお願いする。皆を信じて、私を信じて貰う為に。
「もちろん、私からもお願いするわ。トルネとラペルは森へ行くことが多いから」
「ねぇちゃんは、オレ達のねぇちゃんなんだから、良いに決まってるだろ?」
「ラペル、お姉ちゃんの事大好き!」
「ヨロシク頼む」
「・・・ありがとう」
間を置かず返ってきた返事に、正直少し戸惑う。けれど、彼等の言葉がジワジワと染み込んで、温かな血と共に身体中を巡っていく。
信頼し合えるって・・・温かい。
その信頼に、私も何か返したい。でも、どうすれば?
――――――そうだ!
自分ばかりが人のステータスを見るなんて不公平だ。それなら、自分のも見て貰えばいい。
「そしたら、これ、私のステータス!」
「―――ちょッ!バカ!!」
自分のステータス画面を表示したスマホを、皆の前に差し出すと、フェリオが慌てた声を上げる。
ちょっと、バカって何よ、バカって。これは私のケジメなの!
―――と、意気込んでみたものの・・・。
スマホの画面を覗き混んだ四人が、皆一様に首を傾げている。
確かに『?』になってる部分があるからなぁ、なんて思っていたけれど、どうやらそういう事では無かったらしい。
「ねぇちゃん、コレ、どこに書いてあるんだ?」
「オレのは、絵の下にあったゾ?」
「この絵すごい、お姉ちゃんそっくり!」
――――――あれ?
「え?ここに表示してあるでしょう?」
そこに居る全員の頭上にクエスチョンマークが浮かび、暫しの沈黙が流れる。
その沈黙からいち早く復活したのはトルネだった。
「ねぇちゃん、コレ、オレのってどうやって見るの?」
なぜ今?と思いながらも、スマホを操作してトルネのステータス画面を表示して渡すと、それを確認した彼は、ラペルと画面を操作しながら見える、見えない、と何やら見比べて、今度はマリアさんと、と繰り返す。
トルネ、あなたいつの間にスマホの操作をマスターしたの?
その後も、トルネの学習能力と分析力の高さに感心しながら、検証が進む。
結論。
魔道スマホの制作者である私は、全ての人のステータスが見える。
それ以外の人は、自分のステータスしか見えない。
そこに年齢や血縁、能力値は関係なく、単純に私とそれ以外、の区別だと思われる。
それならばと、自分のステータスを書き写そうとしたのに、みんなに断られた。別に知らなくて良いらしい。
―――私の一大決心・・・。
ちょっと寂しい気持ちになっていると、コウガにポンポンッと頭を撫でられる。
「そんなモノ知らなくテモ、シーナを守るくらいできるからナ」
優しい眼でそんな事を言われて、心臓が跳ねる。ヤバイ、また水被りそう。
「まぁ、ステータスはすぐ変動するしな。ねぇちゃんの体力が無いのは見てれば分かるし」
トルネ、言動は失礼だけど、お陰で錬水の危機は回避できたよ。
「前より体力増えたのよ?」
「前よりは、だけどな」
フェリオ、君も失礼だな。
結局、その後暫く皆で写真を撮り合ったり、魔道スマホの機能分析をしたりしたけれど、私のステータスは誰にも教える事無く、その場は解散となった。
そして、部屋に戻った途端、フェリオに怒られた。
「何考えてるんだ!!シーナのステータスはホイホイと他の奴に見せていいモノじゃないんだからな!解ってるのか!?」
「だって・・・」
「だってじゃない!」
「でも・・・」
「でもじゃない!!」
――――――ぐぅ。
「そんなに怒らなくても・・・」
皆の信頼に応えたかっただけなのに。
「知っている人間が少なければ、それだけ他に漏れる心配も減る。アイツ等を信用して無い訳じゃないが、敢えて知らせる必要も無い」
私の心の中を読んだようにフェリオは言う。
「それって・・・」
不誠実じゃない?必要が無いからって、黙ってていい事にはならないと思う。
「シーナ、解ってないだろ?お前の場合、知らせる事が最善とは限らないんだぞ?」
「そりゃ、かなり特殊なステータスだろうとは思ってるけど・・・」
「そうだ。シーナのステータスは特殊過ぎる。特に錬水に関しては、極力隠した方がいい」
「でも、隠し通せると思う?いっその事、みんなに話して協力して貰った方がいいと思うんだけど」
錬水は、もう何度もやらかしてる自覚があるだけに、このまま隠し通せる気がしない。それならば、本当の事を話してしまいたい。隠し事は信頼を裏切っているようで、心苦しい。
まぁ、錬水の発動条件は誰にも言えないけれど。
「そりゃ、この家の奴なら秘密を守って協力してくれるだろうな。でも、それはアイツ等を危険に巻き込むって事だ」
「危険に・・・巻き込む?」
「そうだ。もし別の誰かがシーナの力に勘づいて、それを手に入れようとしたら?"知っている"と余計に守ろうとするだろ?それが悪い奴なら尚更な」
私を守る為に、危険な目に合うかもしれない・・・私は皆を盾にしようとしている?
自分の浅はかな考えに、ゾクッと背中に冷たいモノが走る。
「オレとしては、コウガやラインに守って貰うのも手だと思ってる。でも、シーナはその覚悟は、まだ無いだろ?迷惑掛けたくないッとか考えるだろ、絶対」
当たり前だ。
「うん。出来るだけ迷惑は、掛けたくないかな。気付かせてくれて、ありがとう」
私の答えに、「やっぱりな」と半ば呆れた表情をしたフェリオに、小さく苦笑を返す。
もし、あのまま私のステータスを見せて、その所為で皆が危険な目に合ったとしたら・・・私は自分を許せなかったと思う。
「なるべく、錬水もやらない様に気を付ける。そうしたら、みんなの危険も減るよね?」
「まぁな~・・・ホントはそれじゃダメなんだろうけどな」
後半、フェリオが呟いた囁きは、私に聞かせる為じゃ無かったのか、私の耳までは届かなかった。
そして私の心には、小さいけれど酷く重い欠片が一つ、沈んで溜まる。
・・・私はこのまま、ここに居てもいいんだろうか?




