誓いの輪
コウガがやって来て数日、私の生活は少しずつ落ち着きを取り戻していた。ある一点を除けば。
街に出れば、相変わらず警戒するような視線を向けられたけれど、コウガの存在が徐々に認知され始めたお陰で、随分と減ったと思う。
まぁ、コウガと一緒に居ると、女性達の視線が痛い気がするのは仕方無いとして。
あとは、未だにゲルルフに出会すと絡まれるのが厄介だけど、それもコウガが睨むとすぐに逃げていくから問題無い。
騎士団による森の調査も無事終了した。
ゲートはラインさんが言った通り既に消滅していて、影魔獣も他には確認されなかった、と騎士団の人が教えてくれた。
クイルさんの話によると、少し前にゲートの発生場所で鎖に繋がれた牙狼を見た、という人がいるらしく、騎士団ではその事とゲート発生との因果関係を調べているんだとか。
確かに、ただの偶然で片付けてしまうには少し気味の悪い話だからね。
そんな訳で、森での採取が解禁になり、また森へ錬金術の素材を集めに行く日々が戻って来た。
でも、森へ行くのはまだ少し怖くて、コウガに「一緒に来て!」と頼み込んだのは、トルネとラペルには秘密だ。
そんな努力?の甲斐もあって、私は二種類の新しい魔法薬の錬成に成功した。
一つはテオドゥロさんの話を聞いて錬成した、軟膏ポーション。
もう一つはケミーの話を聞いて錬成した、魔法薬キャンディ。
これは、解毒薬の材料の水、リコリスの葉、ダンドリオンの根に、砂糖とミルクを加えて錬成したもので、普通の解毒薬より効果は劣るけれど、食べている間はずっと解毒の効果があるのだ。
これなら、飛蟻に襲われても飴を舐めてる間は、毒を気にせず進むことができる。
本当なら耐毒薬を作りたかったんだけど、フラメル氏のレシピに載っていたエッグマッシュというキノコが手に入らなくて、断念した。
まぁ、元々凄く苦かった解毒薬を、その苦味を生かしてミルクコーヒー味にしたら、ケミーがとっても喜んでいたから良しとしよう。
ちなみにポーションキャンディも創ったけれど、そちらはレモンっぽい果物味にした。
どちらもハリルさんのお店で好評発売中だ。
それから、もちろんコンタクトレンズも改良した。
瞳の色が重要なら、コンタクトの色を変化させれば視界のコントロールができるのではとフェリオに相談して、彼の助言で妖精花の花弁と魔結晶を材料に、境界の森の泉水と併せて慎重に錬成を行った。
妖精花は錬金術師のイメージを具現化しやすくする効果があるんだって。
そのお陰で、今はいちいちコンタクトを着けたり外したりしなくて済んでいる。多少思った通りの色に調節するのに苦労したけれど、今は随分と慣れた。あぁ、楽。
副産物的に、瞳の色を焦げ茶色にする事で影憑の噂の撲滅にも一役買ってくれている。
それを踏まえた上で、私は今は、無謀にも超高難度の魔道具錬成にチャレンジしている。
そして・・・・・・。
「――――――できたぁ~!!」
私はスマートフォンを片手に、バンザーイ!!と両手を上げる。
何が出来たって?フフフッ・・・。
「魔道スマホ!」
――――――ネーミングセンスは今更どうにならないと、ここに宣言しておく。
なかなか凄い物が出来上がったと、テンション高めで叫べば、笑いを噛み殺したフェリオの声が返ってくる。
「まぁ、良かったんじゃないか?新しい道具と、婚約者ができて」
「なっ!?あぁあれは、そういうのじゃ無いんだから!」
「そうなのか?」
「そうよ!」
―――そう。このマジックスマホを錬成するに当たって、とんでもない事件があったのだ。
私は、コンタクトの改良に成功して、次に魔法鞄を錬成しようと思い立った。
「ねぇ、トルネ。魔法鞄を創りたいんだけど、この大きな布袋ってなんの為にあるの?」
魔法鞄のレシピは、
・鞄(どんな物でも〇)
・大きな布袋(大きければ大きい程◎)
・宝石のついた指輪(腕輪でも〇)
・指輪の物と同じ宝石
・中級以上の魔結晶五個分
フラメル氏のレシピを纏めた手帳を開いて、隣で見ていたトルネに尋ねる。
「それは、容量を決める為だよ。鞄の容量をこの布袋の容量に置き換えるってイメージしたら、分かりやすいだろ?」
「確かに。それなら容量を増やしたかったら、すっごく大きな布袋を用意すればいいのね」
でも、それなら容量を明確にイメージ出来れば、布袋じゃなくても良いって事?
「そういう事。でも、他の材料の品質とか、錬成に必要な魔力がその分必要になるはずだから、限界はあるけどな」
成る程、布袋だけ大きくしても限度があるって事か。
でも、幸いにして私は魔力の心配が要らないし、魔結晶も魔石から創った高品質な物がまだ残っている。
あとは――――――。
「レシピに書いてある宝石って、どんな石でもいいの?」
トルネとラペルの指輪には黒い石が嵌められているけれど、フラメル氏のレシピには何の宝石を使うとは書かれていない。
「うん。確か、なんでも良かったはずだよ。力の強い石の方がたくさん入る鞄ができる、とは言ってたけど」
「力の強い石?」
宝石の力って何だろう?硬さ?
「それが・・・オレにも良く分からないんだよ。父さんは、ずっと石を見てればそのうち分かるようになるって言うんだけどさ」
それは、経験がものを言う職人気質なやつですね。素人には無理です。
「うん。錬金術師って、奥が深いのね」
石の見極めなんて、一朝一夕で出来るはずも無いし、取り敢えず今手に入る宝石で錬成してみよう。
「取り敢えず、指輪か腕輪を買わないとダメか」
私は普段、指輪も腕輪も着けていない。唯一の装飾品と言えば、祖父が二十歳のお祝いにと買ってくれたネックレスくらいだ。
そう言えば、バッグの中にパワーストーンの腕輪があったかも知れない。
あれでも良いだろうか?
「コレで良ければ、やる」
う~ん、と悩んでいると、コウガが一本の腕輪を差し出してくれる。
銀色のそれは、1センチほどの幅に細かな細工の施された美しいバングルで、黒い石とダイヤらしき石が並んでいる。
「とても綺麗なバングルね。でも、ちょっと大き過ぎるかな」
大きさを示すように、自分の右腕にスルッと嵌めて見せる。
流石にこんな高そうな物を貰うわけにはいかないから、サイズが合わない事を理由に返そうと思ったのだ。
――――――それなのに・・・。
腕に嵌めたバングルを取ろうとした瞬間、キュッと縮まって、私の腕にピッタリ嵌まって取れなくなってしまった。
「えぇぇッ・・・なんで!?」
呆気に取られた私を、コウガは何故か嬉しそうに眺めている。
「あぁぁぁぁぁ!!ねぇちゃん、それ!誓いの輪!!」
トルネが上げた叫びに、呆けていた私の意識がビクッと戻ってくる。
―――え、なに?誓いの輪ってなに!?
訳が分からず、私は視線をバングルとトルネとコウガの間で彷徨わせる。
「ねぇちゃん、それ誓いの輪っていう魔道具だよ。結婚相手に送るやつ」
「けッ・・・結婚、あい、て?ッてぇ!?」
「俺達は、ツガイの腕輪ってヨンデる」
「つが・・・」
――――――絶句。
見れば、コウガの腕にはもう少し幅の広い、同じデザインのバングルが嵌められている。
あれ?虎の姿の時には着けて無かったのに、何処から出てきたんだろう?
・・・人は驚き過ぎると妙に冷静になるらしい。いや、動揺し過ぎて思考をそちらに向けたくないだけかも。
「コウ兄抜け駆け!」
「ソウか?」
「お姉ちゃんはコウ兄とけっこんするの?」
「あらあら、楽しそうね?」
コウガに詰め寄るトルネと、平然と首を傾げるコウガ、それから瞳をキラキラさせて私を見上げるラペル。そこにお茶淹れて戻ってきたマリアさん。
それを他人事のように眺める私。ナニコレ?
「母さん、コウ兄がねぇちゃんに誓いの輪をあげちゃったんだ!」
「まぁまぁ。コウガくん、なかなかやるわねぇ。トルネ、先越されちゃったわね」
マリアさんは持っていたお盆をテーブルに置くと、私の腕に嵌まってしまったバングルを繁々と眺める。
「あら、ぴったりね。でも、まだ・・・フフッ」
マリアさんは意味深な笑みを浮かべて私を見る。
「これ、急に縮んで取れなくなってしまって・・・どうしましょう?」
「シーナちゃん、誓いの輪っていうのはね、お互いに好意を持っていないと効果が無いの」
それってつまり・・・腕輪がぴったり嵌まるって事は、お互いに想い合って・・・。
「えぇ!?」
いやいや、何ソレ?恥ずかしい!
「だからこれを取るには、コウガくんに外して貰うか、コウガくんの事"嫌い"って心から宣言するしか無いわ」
コウガなら外せるのか!と視線を送れば、フイッと目を逸らされてしまう。
でも、「嫌い」だなんて外す為でも言えない。言葉は、その思いがどんなモノであれ、人を傷付ける刃だと知っているから。
戸惑う私に、マリアさんは余裕の笑みで続ける。
「でも、この誓いの輪はまだ不完全ね」
「不完全?」
トルネはそこまで詳しく無いのか、首を傾げてマリアさんを見ている。
「そう、不完全。誓いの輪はお互い好意を持っていれば、その腕にぴったりと嵌まる。そこまではいいわね?」
「うん」
「でもね、だからと言って恋人同士だけがそうなる訳じゃ無いの」
そうか・・・その「好意」が愛とは限らない。だって現に私もコウガを愛しているか、と問われたら違うと思う。
「でも、結婚相手に送るものでしょ?」
トルネが分からない、と首を傾げる。
「これは自分の心を知る為の道具なの。本当に相手の事を想っているのか、結婚する覚悟があるのかって」
結婚する覚悟・・・そんなもの、私には無い。
「で、それを確かめるには、この真ん中にある石を見れば良いのよ♪」
私の腕を取って持ち上げ、中央の石を示しながら、マリアさんは嬉々として説明を続ける。
マリアさん・・・なんだか楽しんでません?
「ほら、まだ透明でしょう?結婚したいと思うほどの想いがあれば、この石が色付くの。私の時は、それは綺麗な蜂蜜色に染まったのよ」
昔を思い出してか、マリアさんが少女のように頬を染める。
「要するに、この石が透明の内は結婚しないってこと?」
「まぁそう言うことね。でも最近は色付く事が前提の恋人同士しか使わないから、婚約の印みたいな扱いだけどね」
成る程、それならば納得だ。
よく見れば、コウガのバングルの石も透明だもの。
コウガも単純に、私が腕輪を欲しがったからくれただけなんだろう。そこに深い意味は無い。
ちょっと残念、と思ってしまったのは、34歳独身の性だろうか。
――――――でもちょっと待て。
それってつまり、私がもしコウガを好きになったら?
腕輪の石が色付いた時点で、私がコウガを好きだって事が、皆にバレバレになるって事!?
それって、恥ずかし過ぎない!?
なんてモノ渡すのよ!!
ジワジワと込み上げた羞恥に思わずキッとコウガを睨めば、耳を後ろにペタッと倒して此方を窺っている。
「そのバングルは、母がクレた。ズット側に居たいと思った女性にワタせ、と。でも、シーナはメイワクか?外す、ノカ?」
くッ・・・可愛いなこのやろぅ!!
「シーナァァァー!!」
――――――バシャァァァァ。
「―――ッ!?」
フェリオの声と共に、又しても頭から水を被る私。
あぁぁぁぁ、やってしまったぁ。
結婚だのなんだのは、流石に現実味が無さすぎて驚くばかりだったけれど、今の一撃は私の心臓を大いに揺さぶった様だ。
私の側に居たマリアさんとラペルが目を丸くして頭上を仰ぎ、トルネはポカンと口を開け、コウガも流石に驚いたのか、耳をピンッと立てている。
フェリオが私の頭上で水差しを抱えて、ゼェゼェと息を乱しているのは、きっと誤魔化す為に尽力してくれた結果だろう。
「フェリオ、ごめんね?」
小声で謝れば、キッと睨まれてしまった。
「ッ!・・・・・はぁぁぁ」
フェリオは、諦めたようにガックリと項垂れる。
「シーナ悪い!手が滑った」
皆に聞こえるように、フェリオが言う。今のはフェリオのせいだと、皆に印象付ける為に。
「フェリオ何やってんだよ~」
トルネが呆れた様な声を上げ、笑いが起きる。この場は何とかやり過ごせた様だ。
ありがとう、フェリオ。後でホットケーキ作るからね。
でも、なにかしら対策を考え無いといけないな。
このままでは、フェリオがドジッ子認定されてしまう。それは流石に申し訳ないからね。




