再対峙
「では、世界樹へ向かいましょうか」
なんとかその場を納めた私に、ラインさんが手を差し出す。
そう言えば、彼等は馬に乗ってやって来た。
既に足が限界の私には、馬に乗らないという選択肢は無いのだが、ラインさんの馬に乗せて貰うのは、何気に初めて出会ったあの日以来で、やはり緊張してしまう。
「は、はい。お願いします」
ラインさんの手を借り、いやほぼ抱き上げて貰い馬に乗った私の背後に、当然のようにラインさんが騎乗する。
うッ・・・やっぱり近い。
それなのにラインさんは更にギュッと私を引き寄せると、耳元で───
「少し飛ばしますので、私に身を任せていて下さい」
───なんてッ!
世界樹が危機に瀕しているこんな時に、スフォルツァさんや影魔獣がいつ姿を現すか分からないこんな状況で。
ときめいてる場合じゃないのは百も承知なんだけど・・・
今のは駄目だと思いますぅ。
───サァァァァァ・・・
うん。今日も世界樹に水分補給完了!フフッ(涙)
空に架かった美しい虹を遠い目で眺める私とは裏腹に、ラインさんは一層腕に力を込めてギュッと私を抱き寄せると、クスリと笑う。
ラインさん!それは追い討ちですか!?
危うく雨を追加しそうになった私は、横からヴァトナ族長の鋭い視線が自らに突き刺さっているのに気が付き、スッと頬の熱が引く。
ひぇッ、ごめんなさい。こんな緊急事態に不謹慎でした。
「───今のは」
「さぁ、出発しますよ。危ないので口は閉じていて下さいね」
そんなヴァトナ族長が口を開くのと、ラインさんがそう言って馬を走らせたのはほぼ同時。
とは言え、ラインさんもヴァトナ族長が話し始めたのには気が付いていただろうから、きっとわざとだろう。
雨と自分の関係を問い質されたく無かった私としては有り難い限りだけれど、それならば過剰な接触と過剰なイケメンをもっと控えて欲しい。
けれどそんな無理な願いは、ラインさんの言葉通り徐々に上がる馬のスピードに、直ぐに何処かへ飛ばされていった。
だって揺れる馬上は安定しなくて、しっかりと抱えて貰っていないと落ちてしまいそう。
最終的には自分からラインさんの腕にしがみついてしまっていたのだから、過剰な接触を控えなきゃならないのは自分の方だったかもしれない。
とは言え、足が限界だった私としては、どんなに揺れようが怖かろうが、徒歩での移動に比べれば快適そのもので、あっという間に世界樹の正面入口まで到着出来たのだから文句は無い。
「なんだ・・・アレは」
けれど到着早々、予想外の事態にヴァトナ族長が不快そうな声を上げる。
と言うのも、世界樹へと続く石畳にずらりと並んで道を封鎖していたのは、ウールズの大樹守の兵士達。
その手前には、必死に彼等に語りかけるフォルニさんと、今にも突撃しそうなコウガを宥めるナイルの姿。
どうやらウールズの兵士達を攻撃する訳にもいかず、コウガやナイルは足止めを余儀なくされているようだ。
そして、そんな彼等をフォルニさんが何とか説得しようとしているのだろう。
「貴方達、正気に戻って下さい!その者は影に生きるモノ。我らの敵ですよッ」
よく見れば、大樹守の兵士達の向こうには、大振りなフリルの真っ赤なドレスに身を包んだ赤茶色の髪の女。
「スフォルツァさん・・・」
この状況、明らかにスフォルツァさんの仕業だろう。
今、私達と対峙している兵士達はきっと、スフォルツァさんの魅了に掛けられている。
「コウガ!ナイル!」
「───シーナ!大丈夫カ?」
「姫!良かった」
兵士達と対峙している三人の下へ辿り着くと、険しかったコウガどナイルの表情が緩む。
「教会に攫われたって聞いて心配してたんだよ。変な事されなかった?」
「うん、大丈夫。フェリオも一緒だったし、手足を拘束された訳じゃ無いのから、割と簡単に脱出できたよ」
「───監禁は、されたのカ」
「へぇ・・・」
あ、やば。
またしてもピリつく空気に、私は冷や汗を流す。
ブワッと風が巻き起こり、そこに熱が加わり熱風となって私の頬を掠める。
二人まで、魔力が暴走してますよッ!
それにしても、最近彼等の魔力が強くなった気がする。
ヴァトナ族長は別としても、前はこんな風に周囲に影響を及ぼす事なんて無かったもの。
ウールズの環境が原因だろうか?世界樹に何か秘密があるとか。
などと考えていたら、高い声音にそぐわない低く地を這うような重さを含んだ声が、その場にまた違った緊張感をもたらした。
『この状況で、この私を無視するなんて、アナタ相変わらず気に食わないわぁ』




