脱出
突如として出現したゲートを通じて現れる、この世に生きるものの形を模しただけの、この世のモノでは無いバケモノ。
無差別に人を襲う、理性無きケモノ。
この世界で、影魔獣に対する認識はそんな所だろう。それが存在さえも噂程度の人型の影魔獣であれば、人々の理解など及ぶはずもない。
ましてや自分が影憑になるかもしれないなんて、今まで誰一人考えた事は無いだろう。
だから、ジョージ君の受けた衝撃の大きさは想像に難くないんだけど、今は立ち直るのを待っている時間が無いのだ。
「大丈夫。ジョージ君は絶対に影憑になんてならないから」
「ッッ本当ですか!?」
「勿論。さっき飲んだポーションには影憑に汚染された魔力を浄化する効果があったの。だから大丈夫」
まぁ、影憑化の予防としての根拠は無いんだけど。実際に魔力は浄化したし、ジョージ君が心をしっかり持っていれば影憑になる可能性は低くなるだろう。
「聖女様にそう言って頂けるなら、もう安心ですね」
けれど、一点の曇りもない瞳でそう言い切られると、それはそれでちょっと心配になる。
「それはそうと、オレ達はここから出たいんだが」
ジョージ君の純粋な視線に一瞬たじろいだ私とは違い、フェリオは容赦の無く話を切り上げにかかっている。
そう。貴重な情報とはいえ、私達はこんな所でグズグズしている暇は無いのだ。
「行ってしまわれるのですかッ?」
「当たり前だ。シーナを無理矢理連れてきて利用しようとしてる奴の所に、これ以上長居はしない」
やだ、フェリオが格好いい。
フェリオの強い言葉についキュンッとしてしまった。
ちなみに、ジョージ君にフェリオの正体は明かしていない。
青い眼を見られた上に、連れてる妖精が本当はオーベロン級の妖精だなんて知られたら、それこそ聖女だと崇められそうだし。
だからフェリオは私を助けに来た仲間の一人、という事になっている。
連れていた妖精が消え、突如として現れた事に違和感しか無いが、私の言葉を無条件に信じてくれるジョージ君は問題なく誤魔化せた。
「そう、ですよね。司教様があの様な事を考えているなんて・・・改めて聞けば、なんと罰当たりな。確かに今この教会は聖女様にとって安全ではありませんね。分かりました、私めが責任を持って貴女様をここから逃がしてみせますッ」
ジョージ君はやっと麻痺の解けた身体でグッと拳を握り締め、キリッと使命感に燃えた表情を見せる。
いや、うん。嬉しいんだけど、私は聖女では無いです。でもそれを言い出したらまた時間を費やしそうで言えない。
「ありがとう御座います」
「此方こそ、聖女様をご案内できるなんて、望外の喜びです」
「───よろしくお願いしますね」
その後も恭しい態度のジョージ君に居心地の悪さを覚えながらも、彼の手引きで難なく教会を脱出できたのは有り難かった。
脱出方法は至って簡単。ジョージ君が調達してくれた信者達が着用する修道服とウィンプルと呼ばれるベールを被り、ジョージ君の後に続いて堂々と出入り口から外へ出るだけ。
色んな物語や映画でも行われている、王道スタイルだ。
「ここまで来れば大丈夫だと思います」
教会を出た所にある物陰に身を潜め、借りていた衣服をジョージ君に返す。
「ジョージ君、本当にありがとう」
「いえ。此方こそ、聖女様に対して大変失礼な事を致しました。次こそは聖女様に安心して教会にお越し頂ける様、頂いたポーションで必ずや同胞達を正気に戻し、チュラプチン司教を失脚させ捕縛してみせます」
ジョージ君は最初の印象からは想像も出来ない程、しっかりとした好青年へと変わっている。
そんな彼に、私は数本のマメナポーションを託していた。
話を聞く限り、この教会にいる信者達は摂取量の違いはあれど、皆司教にバンプを飲まされている。
中にはジョージ君と同じように、スフォルツァさんの魅了とイランイランの中毒になっている人も居るだろう。
彼等の為にも、この国や教会の為にも、何よりも私の安全の為にも、早々に治療が必要だった。
私達は早く世界樹の異変を解明しなければならないし、きっと今のジョージ君ならば、その大役を果たしてくれると信じているので、まるっと丸投げである。
「お願いね。じゃあ、私達はこれで」
「はい───あ、あのッ聖女様!!世界樹を、世界樹をお願いします!」
「うん、頑張る!」
深々と頭を下げるジョージ君に軽く手を振り、私達は世界樹へと走り出した。




