錬水
「けど、問題は魔力量よりも技能の錬水の方だろうな」
フェリオが少し重い口調で切り出す。
「錬水ってなんなの?字面的には・・・水を創り出す技術って感じがするけど、それはこの世界でも無理なのよね?」
だからこそ、水不足が深刻化しているんだから。
「それなんたけどな。シーナ・・・水、創っちゃてるぞ」
「――――――はい?」
「身に覚えが無い、とは言わせないぞ。今朝、あれだけ派手にやらかしたんだからな」
今朝?今朝、今朝・・・あ?・・・アレ?
「それって、もしかして水が降ってきた、アレ!?」
コウガと共にビショ濡れになったのは、記憶に新しい。
「あれはフェリオが・・・」
でも、確かに不自然だった。フェリオが何かを隠してるのも気付いていた。まさかそれが・・・。
「私の仕業・・・だった?」
そう呟いてみたものの、簡単には受け入れられない。そもそも魔力の存在だって、目に見えてしまったから納得出来ただけで、そうでなければ未だに半信半疑だっただろうし。
でも、今朝の出来事を思い返せば、そう考えた方が辻褄が合うのも事実。
「流石にオレも驚いたよ。けど、オレが見ただけでも二回、それ以外にも少なくとも一回、シーナは水を創り出してたぞ?」
「ッッそんなに!?」
まさか朝の一回だけじゃ無かったなんて・・・でもちょっと待って。私はどうやって水を創ったの?水の錬成は材料不明。レシピも材料も無しに、創れる訳がない。
「でで・・・でも、でもよ?どうやって?水って創れないんでしょう?材料は?」
「シーナは、自分の魔力を水に換えていた」
魔力を水に?
「・・・そんな事できるの?」
それが可能なら、他の錬金術師も水を創れるんじゃ?
「それができたのは、過去にアメリアしか居ない」
「アメリア?それって聖女様の?」
「そうだ。オレは妖精界から見ていただけだから、確証は無いけどな」
聖女アメリアと同じ力が私にも?
――――――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
なにそれ、どういう事?なんで私が?
アレでしょ?アメリア様って宗教になっちゃうような人でしょ?しかもその理由が"水を創り出せた"からなのよね?
・・・なんてこった。
そんな事が世間に知られたら、もしかして私、聖女様とか祀り上げられちゃう訳?
――――――ナイ、無いわ。34歳でそれは無いわ。
「フェリオ、もしかして私、結構ヤバい?」
「ああ、ヤバいな。確実に色んな奴に狙われる事になるだろうな」
「ひぃぃぃぃぃぃ。やだ、怖い」
そうだ、聖女と崇めるだけならまだしも、私を捕まえて無理矢理にでも水を創らせようとする人だって、きっといる。
どうしよう?何処かに閉じ込められて、一生水を創らされるのも、この歳で聖女様なんて呼ばれるのも、どっちも嫌。
自慢じゃ無いが、ネガティブな想像は得意だ。次々と最悪のシナリオが思い浮かぶ。
「それが嫌なら、人前ではやらない事だ」
「そんな事言われても、自分でもどうやってやったのか分からないのに、どうすれば・・・」
そう。錬水なんて全くの無自覚なのだ。やり方が分からないものを、止めようが無い。
「何か思い当たる事は無いのか?」
「ある訳無いじゃない。いつ?いつそんな事になってたの?」
「オレが見たのは、今朝の起き抜けと、ペレとネルが孵った後。それと多分、初日に馬に乗ってる時の雨。あれもシーナの仕業だろ?」
あの雨が私の仕業?・・・ははは、そんなバカな。
「ごめんフェリオ。頭が全然回らない」
この世界に来て、二度目の思考停止。頭が考える事を拒否してる。
「オレが思うに、シーナの感情が原因だと思う」
「私の・・・感情?」
「あぁ。魔力の流れは感情に左右されやすいんだ。シーナの魔力が水に換わる直前、魔力がかなりに波立ってたからな。動揺とか緊張とか、その辺りに原因があるんじゃないか?」
「大きな感情の起伏が原因、て事?」
だからフェリオは、出掛ける前に平常心なんて言ったのね。
「う~ん。でも、それだけじゃ無い気がするんだよなぁ」
「え?どうして?」
「だってシーナ、今日変な男に絡まれた時も、内心かなり動揺してただろ?」
一生懸命虚勢を張っていたのに、バレてたなんて。
確かに、ゲルルフ達に囲まれた時は、内心かなり怖かった。
だって、剣を、人を傷付けられる武器を持った男達に因縁をつけられたのだ。それは、日本で暮らしていれば、遭遇する事の無い事態だ。
怖くないはずが無い。
それでも、トルネとラペルの手前、怖がってなんていられなかったってだけで。
私が苦い顔をすると、フェリオは更に続けた。
「それに、恐怖なら影魔獣に襲われた時はもっと感じたはずだろ?」
確かに、あの時は動揺もしてたし、かなりの恐怖を感じていた。
「感情の起伏にも、条件があるってことかな?」
少なくとも、恐怖では錬水は起こらない。
「だからシーナ、今朝の事をよーく思い出してみろ。どう感じた?」
今朝の事は、恥ずかしいから余り思い出したく無いんだけど・・・。
確か、コウガが人間になってて驚いて、寝惚けたコウガに抱き寄せられて、こう・・・胸がきゅってなった、みたいな?
そう言えば、ラインさんと馬に乗っていた時も、至近距離で話し掛けられて、心臓が破裂するかと思った様な?
――――――どっちも凄くドキドキしてた。
思い当たった原因が・・・恥ずかし過ぎるんですけど!?
いや、待て。もしかしたら別の原因が有るかもしれない。そうに違いない。そうであってくれ。
考えろ、考えるんだ!・・・ペレとネルが孵った後は?確かコウガに「シーナの側にいたい」なんて言われて・・・。
――――――他に思い当たれないんですけど!?
「どうだ?」
フェリオの問い掛けに、ビクッと肩が跳ねる。
「んん゛ッ・・・う~ん。驚いた、かな?凄くびっくりした!うん、びっくり!」
流石に、異性にときめいたからかも、なんて口が裂けても自白出来ない。
「驚いた?それだけか?」
フェリオが怪訝そうに首を傾げる。
「それはまぁ、無自覚だし?気付かない原因があったかもしれないけど?」
変な汗が吹き出して、ちょっと声が裏返ったけれど、そう言ってはぐらかせば、フェリオはフウッと溜め息を漏らす。
「まぁなぁ~。でも、それじゃ対策が立てられないしな・・・取り敢えずシーナは平常心を心掛けて、どんな感情の起伏で錬水が発動するかを見極める所から、だな」
うぅ、フェリオが頼もしい。でも、見極めるのが怖いとか言えない。
「ワカッタ、キヲツケル」
私は棒読みの上、片言になりながらも、なんとかそう返事して席を立つ。
確か本棚に聖女アメリアの絵本があったはず。取り敢えず、今後の参考に読み返してみるのもいいかもしれない。




