聖女と聖杯
翌日、聖女アメリアとその聖杯の事が書かれた本を見せて欲しいとお願いした私に、ヴァトナ族長は立派な書庫に案内してくれた。
いや、ヴァトナ族長は書庫と呼んだけれど、この規模なら図書館では、と思う規模だ。
八角形の建物の壁一面、天井までびっしりと本が並んだ光景は圧巻としか言いようが無い。
「凄い数の本ですね」
「そうか?アクアディアの王室図書館はこの倍以上の蔵書を誇っていただろう?」
「えッ!?そうなんですか?」
「知らないのか?」
「はい。アクアディアの王都に滞在したのはほんの数日だったので」
「そう言えば、其方はアクアディアの人間では無いのだったな」
「ええ。なので聖女アメリアの伝説も詳しく知らないんです」
「聖女アメリアに関する本はあの辺りだ。この書庫には閲覧を制限している物はないが、持ち出しは許可していない。読むのならばここで読むと良い」
ここには閲覧を制限している本は無いって事は、ここ以外にも書庫があるって事だよね?そこには一体どんな内容の本があるんだろうか。ちょっと気になるけど、きっと見せては貰えないよね。
「ありがとうございます。では、今日は1日こちらで過ごさせて頂きますね」
「あぁ。それにしても、この大陸に聖女アメリアの存在を語らぬ国など無いはずだが・・・其方は一体───」
───コンコンコン。
「失礼しますッ!族長様、少々宜しいでしょうか」
私の迂闊な一言でヴァトナ族長に僅かな疑問を抱かれてしまい、ギクッと肩を震わせた直後、タイミングよく慌てた様子の兵士が書庫へと姿を現した。
良かった。生まれ故郷を聞かれたら答えられない所だった。
「───の森に───が出───。負傷───数───、至急───をお願いしたいと」
「───だと?分かった───」
どうしたんだろう。切迫した雰囲気だし、負傷とか聞こえた気がする。
「済まないが急用が出来た様だ。後は自由に見て貰って構わない」
「あッ、はい。ありがとうございます。あの・・・何かあったんですか?」
「少々厄介な客が来たようだ。なに、直ぐに追い返す。其方は心配しなくて良い」
「・・・そうですか。でも、お気を付けて」
「あぁ。ではな」
それだけ言うとヴァトナ族長は呼びに来た兵士と一緒に行ってしまった。
何か事件かと心配になるものの、ヴァトナ族長が心配しなくて良いと言ったのだ。下手な好奇心で首を突っ込むのも良くないだろう。
ここは一先ず、聖女の聖杯について調べることを優先する事にして、聖女について書かれた本を数冊選ぶと、書庫の一角に備え付けられたテーブルセットに腰を下ろす。
そうして暫く本を捲り───
へぇ。聖女アメリアの伝説は凡そ300年前の話なんだ。
『聖女アメリアは世界の危機を憂い、祈りを捧げるため神の肘掛山で眠りについた』
書庫にあった本の中で、一番古そうな本に書かれていた一節。
他の本はどれもとても綺麗な状態で保管されているにも係わらず、その本は所々にインクを溢した様なシミがあり読めない部分が多い。
眠りについた?聖杯を創ったじゃなくて?
疑問に思った私は、他の本での記述も確認してみる。
そうして、どの本も聖女アメリアが聖杯を創ったと明記していない事に気付く。
勿論、最近になって発刊された本には絵本と同じで、聖女アメリアが聖杯を創ったとされる、と記述されているけれど『聖杯』という単語が登場するのは凡そ150年程前からで、それ以前は聖杯という単語すら出てきていないのだ。
聖女アメリアは300年前に眠りについたって記述されている。彼女は恐らく相当な魔力を持っていたはず。だから寿命は他の人よりもずっと長かっただろう。
それなら150年後に目覚めて聖杯を創った?
それとも・・・聖杯を創ったのは聖女アメリアじゃない?
だとしたら、聖杯を創ったのは・・・?
そんな疑問が過ったその時、扉の外が俄に騒がしくなり───
───バンッ!!
「ここに居ったか!聖女を騙る不届き者めッ」
入ってきたのは神官服を着たエルフの老人。
大樹守りの兵士の制服とは異なる、揃いの制服を着た兵士らしき人を引き連れたその人は、開口一番そう言い放つと、ギロリと私を睨み付けた。




