アクアディア王族
「病気でないとすると、国王は健在なのですか?」
ヴァトナ族長の問いに、ラインさんは力なく首を振った。
病気では無いが健在でもないって、それって・・・もう既に。
悪い考えが頭を過ぎったのは、私だけでは無かったらしい。
皆難しい顔でラインさんの次の言葉を待っていた。
「彼等は、この10年間ずっと・・・眠り続けています」
「眠り続けて?」
そう呟きを漏らしたのは、フィヤトラーラ様だった。
眠り続けていると聞いて私が最初に思い浮かべたのは、植物状態や脳死の可能性。
そうだとしたら、この世界でならポーションで治せるかもしれない。
最悪の状況を想像してしまった私は、そこで少なからず安堵していた。
でも、どうやら話はそう単純では無かったみたいだ。
「正確には心臓に、ある魔道具の破片が突き刺さった状態で眠ったまま、起きることも死ぬこともなく、10年前からずっと変わらぬ姿で眠り続けているのです」
───え?それって、どういう事?
ラインさんの説明だけでは、私には上手く状況が理解出来ない。
だって心臓に破片が刺さってるなんて。それなのにその状態のまま、眠っているの?
しかも10年間変わらぬ姿っていうのは・・・。
「それは、不老不死だということか?」
ヴァトナ族長の言葉に静かに頷くラインさんの反応を見て、私は変わらぬ姿という言葉の意味を漸く理解する。
「そんな事ガ、あり得るのカ?」
「でも、眠り続けているんだよね?」
この事実に、あくまでも立会人としてその場に残ったコウガとナイルも驚きを隠せず言葉を漏らす。
「はい。正確には、破片を抜かなければ死ぬことは有りません。例え刃物で切りつけられようと、毒に冒されようと、直ぐに回復します」
「───全部その破片の所為、なんですか?」
「ええ。我が国の王宮筆頭魔法師の見立てですが」
人を眠った状態で不老不死にする。そんな自然の摂理を覆す様な魔道具が・・・あれ?でも似た状況をどこかで見たような。
「その魔道具とは、まさか・・・」
私の記憶の中に、静かに眠る美しい女性の映像がフワリと浮かび上がったのと同時に、ヴァトナ族長も何かに思い至ったらしい。
「ええ。此方に在るものと同じ、『賢者の柩』の破片です」
『賢者の柩』
不老不死を可能にすると云われている魔道具。
私が見た夢の中で、ラウレルールさんが眠っていた柩。
それと同じ魔道具の破片が心臓に刺さっているの?
「でも、どうしてそんな事に」
その性能も然ることながら、ラインさんの話を聞く限り、かなり希少な魔道具であるのは間違いない。
そんなものの破片が何故アクアディアの王族の胸に刺さるなんて事になったのだろうか。
「我が国の王族は10年前、城内に侵入した何者かによって襲撃されました」
「犯人は分かっているのカ?」
「いえ、王族が襲撃された際に警護していた騎士達は皆、睡眠香のようなもので眠らされており、犯人を目撃した者はおりません」
一体、誰が何の目的でそんな事をしたのだろう。そんな状況なら、暗殺しようと思えばそれすら可能だったはず。
眠らせるのが目的だった?それとも、そんな効果があると知らなかったとか?
でも賢者の柩なんて希少な魔道具、そう幾つも存在しないだろう。
犯人はどうやってその破片を手に入れたのか・・・。
「言っておくが、我が国にある賢者の柩に損傷は無いぞ」
私が考えていた事が分かったかのように、ヴァトナ族長がそう釘を刺す。
「勿論、貴方がたを疑ってはおりません」
「何故そう言い切れる」
「それは私がその時、王宮内で黒いフードを被った男とドレス姿の女を目撃したからです」
「黒いフードの男だって?」
ナイルが声を上げたのも無理は無い。
黒いフードの男と言われて私達がまず思い浮かべるのは、"影憑ジル・ドレイク"。
ナイルの国でクーデターを起こし、魔道具を使って彼等を支配していた男。
アクアディア王国でも、ナガルジュナやサパタ村を襲い、カリバではカロリーナ・スフォルツァを影憑へと変えた。
「はい。あれは・・・影憑でした」
キッパリと言い切ったラインさんの表情に迷いは無い。
「影憑だと?襲撃に影憑が関わっていると言うのか」
ここウールズでも影憑の存在は知られているらしく、ヴァトナ族長がその表情を険しくさせる。
「直接襲撃した場面を見た訳ではありませんが、あの様な事が出来るのは影憑以外には考えられません」
「なるほど。まさかそんな事になっていたとは───」
ヴァトナ族長は難しい顔をして暫し考え込むと、一度思考を断つ様にフッと一つ息を吐き出した。
「それで?助力というのは、その王族に関係しているのか」
「はい。現状、陛下方を目覚めさせるには、賢者の柩の破片を抜かなければなりません。ですが、破片は簡単に抜くことが出来ず、抜けたとしても・・・魔道具の影響が消えた身体では、胸の傷は塞がらず直後に死亡するでしょう」
そんな・・・目覚めさせようと破片を抜いた瞬間、死んでしまうなんて。それじゃどうする事も出来ないじゃない。
「───賢者の柩、ですか」
ラインさんの話を聞いたヴァトナ族長が、重い口調で口を開く。
そうか!賢者の柩は不老不死の柩。その中でなら破片を抜いたとしても、傷口は塞がり無傷で目覚めさせる事が出来る。
確かに、それ以外に助ける方法は無さそうに思える。
だからこそ、ラインさんは無謀とも思えた今回の交渉をどうしても実現させたかったんだ。
「そうです。この度は此方で所有している賢者の柩をお借りしたく、こうして訪問させて頂きました。貴重な魔道具であることは重々承知の上でお願いします。どうか、賢者の柩をお貸し頂けませんでしょうか」
深々と頭を下げたラインさんから、その切実さがひしひしと伝わってくる。けれど───
「───話にならないな」
ヴァトナ族長の対応は冷ややかなものだった。




