会談
ウールズに到着した翌日、外から聞こえる鳥の囀りと木の葉の揺れる音。そんな清々しい朝とは真逆に、私の目覚めはズーンと重苦しいものだった。
何故って?勿論、今日は交渉の日なのにまだ話の切り出し方すら決まってないからですよ?
昨夜はそんな事ばかり考えていたから寝不足で頭も回らないし、もうお手上げ状態なんですよ。
しかも、今日の交渉にはヴァトナ族長の妹君であるフィヤトラーラ様も同席するとのことで、緊張感倍増。
なんといっても国境封鎖の要因となった事件の被害者だ。
到着の際と会食の席に居なかったのは、この事をまだ許していないという意思の表れだろうとラインさんも言っていた。
そんな彼女が居る前で、謝罪こそすれ、お願いを聞いて貰おうなんて無謀も良い所なんじゃ・・・。
そんな事をウダウダと考えながら支度を終え、朝食と食後のお茶を頂いて・・・気が付けばあっという間にヴァトナ族長様方と対面でテーブルに着いてしまっているという。
此方からはラインさん他騎士2名、それからコウガとナイル、それに私。
ウールズからはヴァトナ族長にフォルニさん、それからヴァトナ族長とよく似た女性。彼女がフィヤトラーラ様だろう。
ヴァトナ族長も凄く綺麗で女の人みたいだと思ったけれど、こうしてフィヤトラーラ様と並ぶと骨格や目元はやっぱり男性のそれだと分かる。
それにしても・・・二人並ぶと、あまりの美しさに眩しさで目が潰れるんじゃ無いかと思うよね。
こっちの世界に来たばかりの時、自分の顔に華が出たなんて思って浮かれたけれど、私の華なんてハコベの花でした。あのよく道端に咲いてる小さい白い花ね。
それに比べたら二人は大輪の白百合。格が違いました、ホント。
なんて現実逃避していた私とは違い、ラインさんはピシリと背を伸ばし、真っ直ぐにフィヤトラーラ様へと視線を向けると、深々と頭を下げる。
「フィヤトラーラ様、この度は我が国の者が大変失礼な言動を致しました事、この場をお借りして謝罪させて頂きます。申し訳ありませんでした」
すると同席していた騎士2名の他、壁際に控えていた残りの騎士達も皆一様に頭を下げたので、私もそれに倣って一緒に頭を下げる。
いや、私はアクアディア王国の人間では無いけれど、今はグトルフォス家の錬金術師としてここに座っている以上、ラインさんが頭を下げるなら私もそうした方がいいだろう、と思っての事だったのだけど、ラインさんも頭を下げられたフィヤトラーラ様までも驚いた顔で此方を見ていた。
「驚いたわ・・・錬金術師が頭を下げるなんて」
頭を下げただけでこんなに驚かれるなんて、ここでもやはり錬金術師のイメージは悪いらしい。でも、どうやら今回はそれだけが理由では無かったみたい。
「じゃあ賠償は貴女がして下さるのかしら?」
思わずうっとりと見惚れてしまいそうな程に美しいのに、どこか空恐ろしい笑みを浮かべたフィヤトラーラ様にそう問われて、思わず首を縦に振りそうになった私を、ラインさんのハッキリとした声が押し留めた。
「いえ、彼女は我が家の錬金術師ではありますが、元々アクアディアの国民ではありません。賠償に錬金術師をお望みであれば、後日宮廷錬金術師を派遣します」
「プライドばかり高い錬金術師なんて要らないわ」
「では・・・」
「それよりも、アクアディア王宮にまだあの一族が出入りしている事が問題だ。それについてはどう対処するんだ」
ツンッとラインさんの提案を拒否したフィヤトラーラさんに代わり、今度はヴァトナ族長が口を開く。
「我々としてもデゼルトの血族を王宮に留める事は本意ではありません。しかしながら現在のアクアディア王国において、国王夫妻を除けばアステラ公爵が最高位にあたり、なかなかに難しく」
「その国王夫妻ですが、本当に病床に伏しているのですか?」
「───その事について、ご助力願いたい事があります」
「ほう、それは?」
「はい。まずは国王夫妻の現状について、お話させて頂きます。ですがこの話は機密事項となっておりますので、人払いをお願いしたいのですが」
ラインさんがそう言うと、壁際に控えていたアクアディアの騎士と大樹守の兵士達が退出していく。
私はどうしたら?とラインさんを見れば、「シーナさんも聞いてください」と小声で促されたので、そのまま席に残る。
ナイルとコウガは当然のように座ったままいるけれど、ラインさんが何も無い言わないから、きっと問題無いのだろう。
「ありがとうございます。───それでは、我が国の国王夫妻の現状ですが、病気療養とされていますがそれは真実ではありません」
一国の国王と王妃が病床にあるなんて、それすら国民に不安を抱かせる情報として秘匿されるべき事だ。それなのに、それ以上に秘匿されるべき事っていったい何なんだろう。
そう考えると、本当に私が聞いていい話なのかと不安になるけれど、ラインさんが聞いてくれと言った以上、きっと私にも関係してくる話なのだろう。
そう覚悟を決めて、真っ直ぐに前を見据えるラインさんの横顔に視線を向けた。




