災い転じて
ハリルさんの店を出てから、私は例の視線が気にならなくなった。
此方を窺う視線は変わらず感じたけれど、理由さえ分かってしまえば、まぁ仕方ないかなって思えるから。
「お姉ちゃん、コウにぃの服無かったね」
コウガの服を探して色々なお店を回ったけれど、2メートル以上ありそうな彼に合う服はなかなか見つからなかった。
「いっそ錬金術で服も作れたらいいんだけどねぇ」
軽い冗談のつもりで言った一言に、トルネが返す。
「ねぇちゃんなら出来るんじゃないか?料理も難なく錬成してたし」
「えッ!出来るの!?」
実際に出来るとは思ってなかったから、そんな風にサラッと言われるとは驚きだ。
「モノにもよるだろうけど、簡単な服なら出来るんじゃない?その為に布とか買ったんじゃないの?」
そう、ミシンは無いけど、手縫いでもなんとか浴衣っぽいモノくらいなら出来るかな、と生地は買ってみたんだけど・・・。
かなり自信が無かったのよね。マリアさんが裁縫得意だといいな、とか思ってたし。
「そっか・・・錬金術って服も作れるんだ。じゃあ、少し買い足して行ってもいい?」
それなら、センスが必要にはなるけれど、私が思ったままの服を作れるかもしれない。
「いいけど、何買うんだよ?」
「そうね・・・木材とか金属とか?」
「え?・・・服を作るんだよな?」
「もちろん。でも、ボタンとか留め具とか、布だけじゃ作れないでしょう?」
だから取り敢えず、材料として木材と金属があれば何とかなるかなぁ~と思ったのだ。
「ソコも錬成するんだ・・・」
「えッ、ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど・・・」
だって、服を作れるって言ったのはトルネだよ?
「ラペルも!ラペルもお姉ちゃんに服作って欲しい!!」
「フフッ、上手く出来るか分からないよ?でも・・・それならレースやリボンも買わなくちゃね」
「やったぁー!!」
ラペルが目を輝かせて跳び跳ねる横で、トルネがボソリと呟く。
「ソコは買うのかよ」
「え?何か言った?」
「いや、何でもない」
「そお?」
そんなやり取りをしながら歩いていると、前方で少しガラの悪い人達が数人、此方を窺っている。
武器を携帯して、普通の町人とは明らかに違う出で立ちの彼等は、真っ直ぐ私を見ている気がする。
関り合いになりたく無いので、そんな視線は気付いてません、と無視を決め込んで道の隅を通り過ぎようとした所で、案の定声を掛けられてしまった。
「おい!そこの女!・・・待て、お前だ、お前」
もう!なんなのよ、偉そうに。
声を掛けてきたのは、片側だけ前髪を垂らした、キザッたらしい男だった。
「私に何かご用ですか?」
私は威嚇するトルネを抑えながら、ラペルを自分の背後に庇う。
「ああ、そうだ。よくもヌケヌケと街中を歩けたもんだ」
ここは上手く躱さなければ。うっかり素を出して強気で行くと、彼等を刺激しそう。
「すみません、何故そんな事を言われるのか、身に覚えが無いのですが・・・」
なるべく地味に、人を刺激しないように、強すぎず、弱すぎず・・・今までに獲得したスキルをフル稼働しなければ。
少し困った様に眉を顰め、少しだけ首を傾げて相手を見上げれば、相手は何故か怯んだように、うッと呻く。
そんなに怖い顔してました?眉間に皺寄せすぎたかな?
「ッ!そんな顔をしても無駄だ!・・・覚えがない筈は無い!お前が影憑だという事は分かってるんだ、大人しろ」
この人は何を言ってるんだろう?
「大人しくも何も・・・何もしてませんが。それに、カゲツキって何ですか?」
先程教えて貰ったけれど、ここは知らない振りをしておこう。
「影憑は影憑だ。しらばっくれるな!とにかく、お前を捕らえて牢屋に放り込んでやる」
う~ん。話が通じないタイプかな?
「私は只の新米錬金術師です。貴方がどなたかは存じませんが、ご迷惑をお掛けした記憶は御座いませんし、牢屋に入れられる様な事もしておりませんので、これで失礼させて頂きます」
私がさっさとこの場を立ち去ろうと歩き出すと、男にガッと肩を掴まれ、身体の向きを変えられる。
「勝手に動くな!!」
「イタッ!」
掴まれた肩と、急な方向転換の衝撃で首が痛んだ。
反対側に居たフェリオは振り落とされそうになって、珍しく宙を飛んでいる。
「さっきからカゲツキ、カゲツキって、一体なんなんですか?貴方達はなんの権利があって、私を罰しようと言うんです?」
痛みで涙目になりながら、取り囲む男達を睨むと、周りの男達が一様に怯んだように一歩下がる。
「おい、ゲルルフ!この女は本当に影憑なのか?」
「人も集まってきた。流石にこれ以上、女子供を取り囲んでるのは・・・」
ゲルルフと呼ばれたキザ髪男以外は、それほど話が通じない訳じゃなさそう。
「私・・・何か悪い事、しましたか?」
畳み掛ける様に、少しだけ憐れを誘う声音でそう問い掛ければ、明らかに困った様に眉を下げる。
そんなやり取りをしている最中、一人の男性が私と男達の間に割り込んで来た。
「ああ、やっと見つけた。お嬢さん、君を探していたんだよ!」
「あなたは・・・あの時の!」
それはスフォルツァさんの所で会った、失敗作のベタベタポーションを渡してしまったおじさんだった。
ポーションを錬成出来るようになってから、ずっと気になっていたのだ。
今ならこの人にもポーションを渡すことが出来る。
「おい、オッサン!勝手に割り込んで来るな、どっか行け」
ゲルルフが何か喚いているけれど、他の仲間達が慌てて押さえ付けている。
どうやらこの人の事を知っているみたい。
「その後、ポーションは手に入りましたか?」
私も、今はこのおじさんの方が気になったので、ゲルルフは一旦放置する事した。
「いや、普通のポーションは手に入らなかったんだけどね、それはもう良いんだよ。お嬢さんがくれた軟膏ポーションがとても使い勝手が良くてね、あんな良いものをタダで貰ってしまって、申し訳ないと思って探していたんだ」
軟膏ポーションって、あのベタベタポーションの事だろうか?確かに軟膏をイメージして錬成したけど、良いモノでは無かったはずだ。
「ねぇちゃん、テオおじさんと知り合いだったの?」
トルネに不思議そうに問い掛けられた。どうやらトルネは彼の事を知っていたらしい。もっと早く聞いてみれば良かった。
「えっと・・・スフォルツァさんの所で会ったの。トルネ達が来る少し前だったかな。彼に頼まれてポーションを錬成したんどけど・・・その時に、失敗作のポーションしか渡せなくて」
私が説明していると、テオおじさんと呼ばれた男性もトルネとラペルに気付いた様だ。
「君らはニコライの所の。そうか、ニコライの家に居たのか」
「はい。えっと、テオさん?」
なんと呼べば良いのか分からず、トルネに倣ってそう声を掛ければ、彼はおおッ!と手の平を打つ。
「まだ名乗っていなかったね。私はテオドゥロ、この町で鍛冶屋をやっている。とは言え、鋼を打つのは妻だから、私は只の店番だがね」
「テオドゥロさんですね。私はシーナと言います。今はこの子達と一緒に錬金術の修行中です。それで、その・・・ポーションなんですが」
改めてポーションを錬成させて欲しい、と言おうとした私の言葉に被せる様に、テオドゥロさんが口を開く。
「そう!あのポーションなんだけどね、あの時は見慣れない物だったから代金も払わず貰ってしまったけれど、きちんとお礼と代金を払わなければと思っていたんだよ」
「いえ、あれは失敗作ですから。ちゃんとしたポーションを錬成出来るようになったので、是非お渡ししたいと思ってたんです」
「いやいや、あの軟膏ポーションは失敗作なんかじゃないさ。うちの妻は鍛冶師だからね、毎日火傷や怪我をするんだよ、でもポーションが勿体無いからって傷を治そうとしなくてね」
確かに、毎日ポーションを使うのは家計に優しく無いかもしれない。数が少ない分、それなりの値段だからね。
「その上、ポーションが手に入らなくなってしまっただろう?余計に傷を放置するようになってしまった」
テオドゥロさんは辛そうに眉根を寄せて語る。それだけ奥さんを心配していたんだろう。
「でも、お嬢さんに貰ったあのポーションを、試しに小さな火傷に塗ってみたら、そこだけ綺麗に治ったんだよ。そうしたら、妻もこれなら使ってもいいと言ってくれたんだ」
あのベタベタポーションでも怪我を治す効果があったんだ・・・。
確かに傷薬をイメージしたけれど、そんな風に効果が出るとは思わなかった。
「あの、それって・・・私の薬が役に立った・・・と言うことですか?」
あの時の悔しさは忘れられない。でも、それでも人の役に立ったのなら、少し救われた気がする。
「勿論だとも!あの薬は少しの量で治したい傷にのみ作用してくれるからね。ポーションを何本も買わなくて済むから、庶民としては嬉しい限りだよ」
なるほど。確かに、ポーションは決して安くない。ちょっとした怪我に使う人は居ないだろう。でも、ポーション1本分を分けて使うことが出来れば、もっと気軽に使える様になるのかも。
「そうだったんですね。私としても、なるべく多くの人に薬を役立てて欲しいと思っていたので、教えて頂けて良かったです」
今度、軟膏型のポーションもちゃんと試作してみよう。それに、応用すればもっと色々出来そうな気がする。
「それで、代金なんだけどね。普通のポーションが1と半銅貨だから、銅貨二枚でどうだろう?」
「いえ、あれは差し上げた物ですから。今度きちんと錬成した物が出来たら、その時は是非買ってください」
そんなやり取りを終えて、私は晴れやかな気持ちでその場を後に・・・したかった。
「お前達、俺を無視して話を続けやがって!」
仲間達に腕を捕られながら、ゲルルフがぎゃあぎゃあとがなり立てる。
「なんだ君達、まだ居たのかね。君達も冒険者の端くれならば、自分が見たもので判断しなさい。そうでなければ命を落とすことになるよ?」
テオドゥロさんの温厚そうな瞳が、一瞬鋭く光った気がする・・・。
テオドゥロさん・・・何者ですか?
「ゲルルフ、もう帰ろう。まだ確証がある訳じゃ無いんだし・・・」
テオドゥロさんに気圧されたのか、男達は青ざめた顔で、必死にゲルルフを説得しようとする。
「何を言ってるんだ!カロリーナ様が仰られた事が信じられないのか!?」
カロリーナ、何処かで聞いた様な?
カロリーナ、カロリーナ・・・・カロリーナ・スフォルツァ!!
「貴方達、スフォルツァさんに言われて来たんですか?」
私が問い掛けると、ゲルルフと呼ばれた男は明らかにしまった!という顔をする。
「違う、カロリーナ様は関係無い!」
カロリーナ様って言っちゃってるし。
「貴方達もスフォルツァさんに錬成の依頼をしてるんですか?」
ケミーの例があったので、私がそう問い掛けると、ゲルルフ以外の男達がピクッと反応を返す。
「私も一応錬金術師なので、少しでしたらお力になりますよ?」
あくまでも控え目にそう言ったものの、ゲルルフには気に障ったようだ。
「お前の様な黒眼の女に、カロリーナ様の代わりが勤まるものか!男を籠絡しようとするなど、やはりお前、影憑だろう!!」
ゲルルフと呼ばれたこの男は、どうやらスフォルツァさんの信者のらしい。
それにしても、籠絡だなんて失礼な。普通に取引してるだけじゃない。
「お前、解麻痺薬は作れるか?」
ゲルルフの怒りを他所に、周りに居た男の一人が、思わずっといった感じで問い掛ける。
「お前、裏切るのか?」
ゲルルフが腰に携えた剣に手を掛けた所で、他の男達もこれ以上は不味いと判断したのか、二人掛かりでゲルルフを羽交締めにして、ズルズルと引き摺って行く。
「ゲルルフ、今日は引こう。こんな所で騒いでスフォルツァ様の名前を出せば、御名に傷が付くだろう?」
ゲルルフはまだ何か喚いているけれど、どうらやお帰りの様なので、彼等の背中に声を掛ける。
「解麻痺薬はハリルさんのお店に先程卸したばかりですよ~」
すると、先程声を掛けてきた男が振り返り、ぺこっと小さくお辞儀を返してくれた。
あの様子なら、後でハリルさんのお店に行ってくれるかもしれない。
うん、宣伝は大事。
「ではお嬢さん、私もハリルの店に軟膏ポーションが並ぶのを楽しみにしているよ」
「はい。助けて頂いてありがとうございました」
「いやいや、私は何もしていないよ。では、また」
テオドゥロさんは、ゲルルフ達が角を曲がるまで見送った後、そう言って去っていった。
「ねぇちゃんって、商魂逞しいよな」
「えッ、そう?」
まぁ、女も30越えたら少し位図太くもなるってものよ。
それにしても、スフォルツァさんがまさかここまで本気で嫌がらせをしてくるとは思ってもみなかった。
あのゲルルフという男はまだ諦めて無さそうだったし。
これではトルネやラペル、それにマリアさんにも迷惑が掛かってしまうかも・・・。
現に二人を怖い目に合わせてしまったし。
まだ少し不安そうなラペルを見ながら、私は決意する。
影憑の疑いを晴らして、言い掛かりなんてつけられない様に考えないと。
そうしなければ、私はあの家に居られない。
本当なら、すぐにでも出て行った方が良いのかもしれないけれど・・・。




