エルフの食卓
「───では、難しい話は明日にして、今日は晩餐を楽しんで欲しい」
簡潔な挨拶を終えたヴァトナ族長が木製の杯を軽く掲げ、その日の晩餐会が始まった。
テーブルには山菜類や木の実、果物を使った料理が多く並び、意外にも肉や魚を使ったものも並んでいる。
昔何かの映画に登場したエルフが菜食主義だった為か、どうやら私には変な先入観があったらしい。
ベリーを使った鮮やかな赤いソースがかけられた蒸し鶏のスライスや、大きな葉に包まれ、キノコや香草と共に蒸し上げられた川魚。
こうして見ると蒸し料理が多いかもしれないが、逆に農家で作られる様な"野菜"は少なく、主食と呼べる穀物類も見当たらない。
そもそも、この国に入ってからずっと森の中だ。畑や牧場みたいな拓けた場所は無かった。
彼等の生活は、その殆どが森の恵みで成り立っている。
アクアディアでは町を離れ水源が遠くなれば、途端に荒野が広がっていた。そう考えるとこの広大な森が維持出来ているのは、彼等エルフの管理と、世界樹のお陰なのだろう。
それはさて置き。何が良いって、この国の料理は山菜の風味や果物の酸味や甘みを利用しているからか、この世界の料理では珍しく全体的に薄味で、私の舌によく馴染む。
「そう言えば、此方へ来る途中2回も雨が降ったとか」
「―――ングッ⁉」
森の恵みに関心しながら、里芋のような粘りのあるマッシュポテトに舌鼓を打っていた私は、突然ヴァトナ族長が口にした話題に、今まさに飲み込もうとしていたマッシュポテトが喉につかえて、ゴキュッと盛大に喉を鳴らした。
あっぶなぁ~。粘りでツルッと喉を通らなきゃ確実に詰まってたよ。
「えぇ。最近は各地で雨が確認されてますね」
「ほんと、良い事だよねぇ」
しっかり動揺してしまった私とは違い、ラインさんとナイルはさも興味深いと言いたげな顔でヴァトナ族長の話に平然と乗っている。
「各地・・・というよりも、移動している様な印象でしょうか」
そこに壁際に控えていたフォルニさんまで加わって、グサグサと痛い所を突いてくる。
「あぁ。まるで旅をしている様だ。しかもかなり局地的で、雲一つない空から突然降ってくるというのだから、不思議なものだ」
ヴァトナ族長は私が雨を降るせてるなんて知らないはずなのに、そう言いながらチラリと私へ視線を向けてくるものだから、え?もしかして、全部バレてる?と思わず背筋が伸びてしまう。
「まぁ、ゲートなんてモノが存在するんだし。雨が突然降って来ても可怪しな事は無いんじゃない?」
ナイル、ナイス!
視線を向けられたからには、私も話に参加して上手いこと誤魔化さなければと思いつつも、上手いことなんて何一つ思い浮かばなかった私は、ナイルのフォローに心の中で拍手を送る。
「確かに。しかしその雨は一体どこから降っているのか。それが解明されれば、この世界の水不足も少しは活路が見出だせるだろう───錬金術師殿はどう思う?」
「えッ!?えぇと・・・」
どぉぉぉぉして私に振るのぉ!?ねぇ?やっぱりバレてる?ねぇ?
待て、落ち着け。はい、深呼吸〜。
スゥゥゥ〜ハァァァ・・・よし!
ラウレルールさんを助ける為には、この人に私の力を明かす必要が出てくるかもしれない。なら、下手に誤魔化すと後々追及されるかもしれない。
ここは取り敢えず話を逸らす方向に持っていった方が・・・。
「───そうですね。水不足に関しては、やっぱりゲートの発生をなんとかしないと、根本的な解決にはならないかと」
「シーナさんの言う通りです。ゲートの発生原因が解明されていない現状では、例え錬金術で水を創り出す事に成功したとしても、問題の解決には至らないでしょう」
「あぁ。ゲートの発生を止めなけれバ、また奪われるだけダ」
なんとか捻り出した、"雨が降る"現象から水不足の問題だけを取り出して、ゲート発生の原因解明の方向への話題の転換は、ラインさんとコウガのアシストによって何とか上手く行きそうな予感。
「どの国も原因を調べてるけど、コレといって有力な手掛かりが無いんだよね」
「調べ始めたのがつい最近だからな」
「我々は聖杯に甘え過ぎていたのでしょうね」
「我々の怠慢だな」
「・・・・・・」
なんだろう、話題を変えたら凄く重苦しい雰囲気になってしまった。
折角の料理なのに、さっきから動揺し過ぎて 全然味わえないんだけど、これじゃあ益々味がしなくなりそう。




