〉ヴァトナ・グラシエ・ミーミルグス~顰めっ面の美エルフ~
世界樹を守り崇める為に造られた神殿の一室。
執務机と本棚、飾り気は無いが木目の美しい応接セット。それ以外余計な物が一切無いその執務室は、一国の主が使うには余りにもシンプルだった。
そんな部屋で、ミョーサダール族長ヴァトナは椅子に座ること無く窓の外、正確には枯れ果てた世界樹を苦渋に満ちた表情で睨み付けていた。
そこへノックの音と共に、アクアディア王国の一行を部屋に案内し終えたフォルニが戻って来る。
「ヴァトナ様、客人方をお部屋へ案内して参りました」
「そうか。では報告を」
「はい」
ヴァトナは形式的にはミョーサダールという集落の族長となっているが、ウールズという国にとってミョーサダールは王族の住む場所であり、王国でいう所の王城の機能を有する場所である。
つまり、ヴァトナがウールズの実質的な指導者であり、ミョーサダールに住むエルフ達は皆、ヴァトナの下に仕えているのだ。
「まずアクアディア王国の一行についてですが───」
今回のアクアディア王国の使者訪問は、何も問題が起きなければもっと早く実現していただろう。
此方としても国境封鎖は想定外だったと言わざるを得ないが、我が国を愚弄されて黙っている訳にはいかない。
だがまさか、彼方からわざわざ神掛山を通ってまで交渉に出向いて来るとは思わなかった。しかも、巷で噂の聖女を伴って来るとは。
彼方にはそれほど切迫した事情は無かったと記憶しているが、そうまでして来たという事は、病床に伏しているという王族絡みか。
此方としてもマナポーションの供給は急務ではあるが、此方が有利に交渉できる状況ならばそれに越したことはない。
ただ、彼方のカードが本物の『聖女』だった場合───
「それから、錬金術師に付いていた二人の護衛についてですが───」
そうだ。いくら錬金術師とはいえ、あの二人が護衛に付いているとなると、やはり只の錬金術師とは思えない。であるなら───
「最後に錬金術師のシーナ嬢についてですが、私の私見ではありますが"聖女"の可能性は、あると思われます」
聖女。この世界で唯一水を創る事が出来る存在。伝説の様な話だが、長命な我々エルフの歴史の中にも確かに存在している。
だが、過去存在した聖女は『聖女アメリア』のみ。
希に聖女を名乗る不届き者が現れるが、大抵は隠し持った水を恰も出現させたように振る舞う水魔法使いだ。
「何故そう思う?」
「はい。ここまでの道中、予兆の無い雨が二度、我々一行の周辺にのみ降りました。その際、アクアディア王国の一行は特に目立った動きはありませんでした」
「雨が降ったにも関わらず、か」
「はい。雨が降ることなど非常に希ですから、此方の兵士達は皆歓声を上げていたにも関わらず、です」
「シーナ嬢が聖女である根拠は?彼女がそう言ったのか?」
「いえ。ですが、シーナ嬢は雨が降った直後、平静を装っている様に見えました。どちらかと言うと、隠し事が露呈したような、そんな表情でした」
その時のシーナ嬢の表情を思い出してでもいるのだろうか、そう言うとフォルニが珍しく「フフッ」と笑う。
「聖女である事を隠していると?」
「恐らく」
「しかし、ならば何故雨など降らせた?」
「これは私の予想の域を出ませんが、彼女はまだ聖女の力を制御できていないのではないかと」
「力の制御・・・雨を降らせるのに何か条件があるのか・・・」
「はい。私もそう思い、雨が降った際の状況に似た場面を再現してみたのですが、どうやら違った様です」
「状況?」
「シーナ嬢が馬車から足を踏み外し、落ちそうになったのです。幸いラインヴァルト殿が抱き止め怪我などはされなかった様ですが、その瞬間魔力の揺らぎの様なものを感じました」
「魔力の揺らぎか・・・」
魔力の揺らぎとは、大規模な魔法を使った際に起こる現象で、魔力に敏感な我々にだけ感じ取れるものだ。
だが、彼女は錬金術師。魔法を使う事は有り得ない。
「ですので、条件に関しては解明に至っておりません。それで・・・ヴァトナ様の眼にはどう映ったのですか?」
フォルニは普段であればそのような事を聞いてくるタイプでは無いが、彼女が聖女かどうかやはり気になるのだろう。
「あぁ、驚くほど集まっていた。しかも全属性がだ。まだこの森にあんなにも居たのかと驚愕したよ」
「そんなに・・・ではやはり、彼女が」
「まぁ・・・少なくとも、強大な魔力を有している事は間違いないだろう」
あれら精霊は意思を持った魔力塊だ。濃い魔力溜まりから生まれ、少しずつ魔力を蓄えて育つ。故に強い魔力や同じ属性の魔力に惹かれて寄ってくる。
ハイエルフに希に現れる『精霊眼』と呼ばれる特別な眼の持ち主か、青眼の持ち主にしか視ることは叶わない。
しかし精霊眼も今ではエルフの中で私しか持っていないが故に、その存在を知る者は少ない。
そんな精霊が彼女の周りに驚くほど集まり、その所為で出迎えの際は眩しくて仕方無かった。
精霊眼を抑止する眼鏡が無ければ、彼女の顔すら真面に見られなかっただろう。
「これで世界樹復活の糸口が掴めれば良いのですが」
「あぁ。これ以上は世界樹もあの方も限界だ。彼女が本当に『聖女』なのだとしたら、何かしらの解決策が見つかるかもしれない」
「それにはまずアクアディアとの交渉、ですね」
「そうだ。相手のカードが『聖女』であるなら、どんな無理難題を要求されるか分からないが、聖女の力が不完全なのであれば、まだ此方が優位に立てるはずだ。精々良い条件を引き出さなければな」
「はい」




