森の都
それから更に森の中を進み、ウールズへ入って三日目。
それまでに無い景色が広がり始めた。
森はずっと続いているけれど、そこに真っ白な建物が現れ始めたのだ。
その建物は随分と古い石造りの遺跡のようで、森の木々に呑み込まれ森と一体化してしまっている。
けれどよく見れば据え付けられたドアは木製で新しく、庭先には花が植えられていたりと随所に人の気配が感じられて、今でもこの建物には人が住んで居るのだろうと予想できた。
森の中で暮らすウールズの民にとってみれば、屋根から大木が突き出していても大した問題じゃ無いのかもしれない。
そんな景色も、進むにつれて次第に森よりも建物の比率が高くなり、世界樹を真下から見上げる頃には、所々に生えた木々の緑がよく映える、真っ白な都市へと移り変わっていた。
───夢で見た景色と同じだ。
それは、ここへ来る理由になった夢の景色。
真っ白な都市の中央に、真っ直ぐに延びた白い石畳。その先には世界樹が聳え立ち、その内部にはきっと、あの美しい柩が安置されているのだろう。
「そろそろ着きますね───シーナさん?」
夢を思い返し少しボーッとしていた私を、ラインさんが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫ですか?」
「え?あッ、大丈夫です。ちょっと世界樹の存在感に圧倒されてしまって」
「確かに。これだけ近くで見ると圧巻ですね」
実際、神掛山を背にした世界樹の圧倒的な存在感は、例え葉を繁らせて無くともひしひしと感じる。だからこそ、この樹が葉を繁らせ花を咲かせたら・・・どんなに美しく雄大なのだろう。
「世界樹を復活させるなんて、本当にできるかな?」
私の今回の目的は、世界樹を復活させそれを守っているラウレルールさんを目覚めさせること。
でもこんな大きな樹を復活させるなんて、どうしたら良いのか分からない。
「姫ならきっとできるよ」
私の独り言の様な呟きに、返事を返したのはナイルだった。
「そうかな?でも、具体的にどうすれば良いのか分からないのよね」
「何かヒントとかないの?」
「ヒント・・・そう言えば夢の中で水と魔力の減少をくい止める事ができればって言ってたような・・・」
「それならやる事は決まってるんじゃない?何時でも協力するよ?」
「う゛ッ、それってやっぱりアレよね?」
「それしか無いでしょ」
「うーん。そうだよね、そうなんだけどね」
ラウレルールさんや世界樹の事を思えば、躊躇なんてしていられないけど、じゃあやろう!って意気込んでするのは恥ずかしい過ぎる。
「すみません、シーナさんに全てを任せる形になってしまって・・・」
「いえ、そんな事はッ」
ラインさんが自己嫌悪に曇った表情でそんな事言うなんて。これじゃ恥ずかしいなんて理由で躊躇ってる場合じゃないかもしれない。
「いえ。今回はアクアディアとの関係が悪化している上に、私達はウールズに無謀な要求をする予定です。恐らく、その交渉もシーナさんの存在が大きく影響するでしょう。ですからこんな事を言える立場で無い事は重々承知しているのですが、その上で私に出来る事があればどんな些細な事でも良いので仰って下さい。ですのでどうか私に、協力を・・・お願いします」
ラインさんは更に苦しそうな表情でそう言うと、深く頭を下げた。
私が恥ずかしさに躊躇ったばっかりに、ラインさんに不要な心痛を掛けてしまった。
私の方こそ、一人では到底ここまで辿り着けなかったと今なら分かる。
「いえッ、私は私の目的の為に来たので、ラインさんに頭を下げて貰う事なんて何も無いです。なので私とラインさん、二人の目的の為にお互い協力するって事でお願いします」
「───そうですね。ありがとう御座います」
すると漸くラインさんの表情が和らいだ。
「ほらほら、真面目な話をしている間に着いたみたいだよ」
深刻な雰囲気から解放されホッとしたのも束の間、ナイルがそう言った途端馬車の扉が開かれ、ナイルが先に降りて行く。
「どうやら族長様自ら出迎えてくれるみたいだよ」
馬車を降りるのをエスコートしてくれるナイルの視線を追って、白い石畳から視線を上げると、そこには同行してくれたフォルニさんと大樹守の兵士の他にもう一人。
美人揃いのエルフ達の中に在って、その男性は群を抜いて美しく、圧倒的な存在感を放っていた。
サラサラと流れ落ちる森を反射したようなプラチナグリーンの髪に、不思議な色合いを浮かべた切れ長で鋭利なアイスグレーの瞳はオパールのように見る度にその印象を変える。
このウールズの実質的統治者であるエルフの族長、ヴァトナ・グラシエ・ミーミルグス。
うわぁ、綺麗な人。
・・・でも明らかに不機嫌、だよね。
眉間に皺寄せてるし、私の事すっごく睨んでる、よね?
え、どうして?私まだ何もしてないはずですが?




