悪い噂
「よし!」
コンタクトを着けると、やっぱり魔力が視えなくなった。
―――あぁ、落ち着く。
落ち着いた所で、そう言えばフェリオが何か言い掛けてたな、と思い出す。
「ねぇフェリオ、さっき何か言い掛けてなかった?」
「あー・・・そうだな、取り敢えず後にしよう。早くしないと、トルネとラペルが待ちくたびれそうだ」
確かに、これ以上待たせたら部屋に突撃してきそうだ。
「そうだね。じゃあ、夕食の後でいい?」
「あぁ・・・でもシーナ、町に出たらあまり心を乱すなよ?」
「え、どういう事?」
「とにかくッ!平常心、いいな?」
「えぇ~」
「い・い・な?」
「・・・善処します」
何故急にそんな事を言い出すのか分からなくて、出来の悪いサラリーマンみたいに返事を返す。
「ねぇちゃん行くぞー!」
すると、廊下からトルネの呼び声がして、私とフェリオは慌てて部屋を後にした。
私って、割りと冷静な方だと思うんだけどな。
フェリオの言葉に首を捻りながらも、私とトルネとラペル、それからそれぞれの妖精達は、沢山の魔法薬を手に意気揚々と街に繰り出した。
ペレとネルは初めて見る街並みに落ち着き無く飛び回り、ラペルは元気にスキップし、トルネは鼻歌なんて歌ってる。
「良い日だねぇ」
その後ろ姿を見守りながら、染々と思う。
「年寄りかよ」
確かに縁側のお婆ちゃんみたいだったとは思うけど、年齢不詳のフェリオには言われたくない。
「フェリオだって似たような顔してたよ?」
ペレとネルを見る目が、孫を見守るお爺ちゃんでしたよ?
「オレはピチピチの幼児だけど、文句あるか?」
「私だってピチピチのじゅう・・・何でも無い」
くッ・・・自分でピチピチとか18歳(仮)とか恥ずかしくて言えない。
そんな他愛の無い話をしながら歩き、人通りの多い大通りに出た所で、見覚えのある視線が刺さる。
それは見知らぬ女性二人。ヒソヒソと話ながら、チラチラと此方を窺い見るその視線は、私が昔から見てきたものとよく似ている。
そして目が合うと、パッと視線を逸らすその態度も、よく馴染んだ光景だ。
・・・あぁ嫌だ。あの視線、嫌い。
遠くからチラチラ見てないで、言いたい事があるならハッキリ言って欲しい。
それからも、その視線は街の所々で見受けられた。
どれも私の知らない人ばかり。
トルネとラペルは気付いていないのか、特に気にしていないみたいだから、やっぱり私に向けられているんだろう。
ハリルさんの雑貨屋までの道のり、私は久しぶりに居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
「ハリルおじさんこんにちは~!」
「お!お前ら今日はやけに機嫌が良さそうだな」
元気よく店に飛び込んできたトルネとラペルに、ハリルさんは驚きながらも嬉しそうに出迎えてくれる。
「ハリルおじさん!お母さんがね、元気になったの!シーナお姉ちゃんがね、治してくれたんだよ」
「おぉ、そりゃ良かったな!俺は魔結晶がなかなか入荷しなくてどうしようかと・・・そうか、本当に良かったなぁ」
「うん♪」
ラペルがニコニコしながらハリルさんに報告する。
「今日はいっぱい魔法薬持ってきたんだぜ!」
今度はトルネが自慢げに魔法鞄から何本もの小瓶を取り出し、ハリルさんの目の前に並べていく。
下級ポーション20本に解毒薬と解麻痺薬が各10本、それに下級のマナポーションが5本。
「こりゃ凄いな。これ全部シーナちゃんが錬成したのかい?」
ハリルさんが感心の声を上げると、トルネはわざとらしく肩を竦めて見せる。
「おじさん、何か気付かない?」
そうは言ったものの、トルネはソワソワと落ち着き無くペレに視線を送る。もう言いたくて仕方ないって感じだ。
「何かってなんだ?・・・・・・ん?お前ら、その鳥、もしかして・・・」
「へへッ。オレとラペルの相棒だ!」
「お兄ちゃんとラペル、錬金術師になったのよ!」
ラペルも早く言いたいのをかなり我慢していたのか、いつもよりちょっと早口になっている。
けれど、喜んでくれると思っていたハリルさんは、グシャッと顔を歪めてしまう。
「そうかぁ、親父と同じ錬金術師に・・・ニコライの奴も喜んでるだろうなぁ」
ニコライっていうのは、フラメル氏の事だ。
どうやら感極まってしまったらしいハリルさんは、滲んだ涙を乱暴に袖口で拭いながら、良かったなぁ、と泣きながら笑って祝福してくれた。
「じゃあ、全部併せて金貨六枚だ」
「ハリルさん、また相場より高めですけど・・・」
昨日も高価買取して貰ったばかりだし、流石に申し訳ない。
「トルネとラペルの錬金術師デビューだからな、ご祝儀代わりだ!」
遠慮する私も、そう言われては断れない。
「ハリルおじさん、いいのかよ?儲け出ないぞ?」
「勿論。その代わりドンドンうちに魔法薬卸してくれよな。魔法薬扱ってるってだけで店の格が上がるしな」
ハリルさんは親指をグッと立てて、ニヤッと笑う。
なるほど、錬金術師が少ないという事は、出回る魔法薬だって数は多くないだろう。その魔法薬を扱っているお店も限られるって事か。
すると、細身で背の高い一人の少年がお店に入って来た。
「こんにちは!解毒薬が入ったって聞いたんだけど、まだありますか?」
クセの強い赤茶色の髪とオリーブ色の眼をしその少年は、トルネとラペルに「よお!」と軽く片手を上げ、その隣に立っていた私に気付くとビクッとあからさまに驚いた顔をする。
―――なんで?知らない子だよね?
「おいトルネ!なんで影憑なんかと一緒に居るんだよ!?」
―――影憑ってなによ?
「シーナねぇちゃんが影憑な訳無いだろ!!変な事言うとケミーでも許さないからな!!」
でも、トルネが凄く怒ってるから、あまり良くないものなんだろう。
「だって俺、聞いたんだ。黒髪黒眼の若い女が、黒い獣に乗って歩いてたって。あれは影憑に違いないって。この女の事だろ!?」
ビシッと指を指されて、私は冷や汗を流す。
―――あ~・・・うん、それ多分、私。
昨日、コウガの背中に乗って帰って来たからなぁ。
でも、黒い獣に乗ってると影憑ってのになっちゃうの?
「それって昨日の夜?あの時シーナねぇちゃんを乗せてたのは、黒い虎で影魔獣なんかじゃ無いし。噂だけで信じたのかよ?」
「はぁ?黒い虎なんて聞いたことも無いし、虎が人を背に乗せるわけ無いだろ!」
「影憑だって王都で噂されてるだけだろ?見たことあるのかよ?」
「ここに居るだろ!」
「なんだと!!」
トルネもケミーと呼ばれた少年も、段々とヒートアップして今にも掴み合いの喧嘩になりそうだ。
でも、当事者?である私が間に入っても収まるかどうか・・・。
「スト――――――ップ!!」
どうしようかと思案していると、ハリルさんの大きな声に二人の口喧嘩がピタッと止まる。
「お前ら、俺の店で喧嘩すんな!やるなら外でやれ!!」
「でもケミーがッ!」
「トルネ、喧嘩腰じゃシーナちゃんの誤解は解けないぞ。俺にも分かるように、ちゃんと説明してくれ。ケミーも、噂だけで人を勝手に判断するもんじゃ無い!」
「だって・・・錬金術師様が」
ケミーと呼ばれた少年は、私の方をチラチラ見ながら、まだ何か言いたげだ。
「じゃあまず、ケミーの話から聞こうか?どんな噂を聞いたって?」
ハリルさんは落ち着いて二人を諌め、きちんと話し合いをさせる。
凄い、先生みたい。私はオロオロするばかりで、何も出来なかったのに。
出来たのは、私にしがみついているラペルの頭を撫でてあげる事くらいだ。
「俺が聞いたのは、黒髪黒眼の若い女が黒い獣に乗って街を歩いてて、王都の錬金術師様が、その女は影憑に違いないから捕らえて牢屋に入れろ!って言ったって事だったんだけど・・・」
王都の錬金術師様ってスフォルツァさんの事よね?それにしても、影憑って何?
「ねぇフェリオ、影憑って何?」
私は話の邪魔にならない様に、コソッとフェリオに聞いてみる。
「すまん、俺も知らん。でも、影魔獣に関係あるんじゃないか?」
頼みの綱のフェリオも知らないとなると・・・。
「ラペル、ラペルは知ってる?」
不安そうに私を見上げていたラペルも、フルフルと首を横に振る。
そんな私達のやり取りが聞こえたのか、トルネが苦笑する。
「まぁ、影魔獣すら知らなかったねぇちゃんが、知るわけ無いよな」
「やっぱり影魔獣に関係があるの?」
「うん。オレも詳しくは知らないんだけどさ。最近、王都で人型の影魔獣が出たらしいんだよ。そいつを影憑って呼んでるらしい」
「しかも、その影憑は他の影魔獣を従えてたって話で!」
トルネの説明にケミーが更に付け加える。言外に、だから私を疑っているって言われている気がする。
「なるほどね、確かに疑うのも無理ないかも。でも、私が乗せて貰ってたのは影魔獣じゃないのよ?」
ようやく自分が何に疑われて、どうしてそう思われたのか理解できた。そして、街中で感じた視線の訳も。
「そうだよ。コウ兄を影魔獣と間違うなんて、とんでもない!」
トルネ、いつの間にコウガをコウ兄なんて呼ぶほど仲良くなってたの?
「コウにぃは優しくてカッコイイ、ジュウジンさんなのよ」
ラペルまでッ!?
二人共、私の事はお姉ちゃんなのに。私の事もシーねぇって呼んで・・・うぅん、悪口みたいだからやっぱり却下。
私がくだらない事を考えている間に、トルネは昨日の出来事を説明している。
一応、影魔獣が出た事と、私の眼の色については内緒にしておこうと家を出る前にみんなで話し合ったから、少しだけ事実とは異なるけれど。
内容的には牙狼の群れに襲われていたトルネと私が、境界の森から偶然迷い込んできた獣人のコウガに助けられたって感じだ。
「純血種の獣人とはまた珍しいな」
ハリルさんが今日何度目かの驚きの声を上げたので、どうやら説明は粗方終わったみたい。
「でも、王都の錬金術師様が・・・」
それでもまだ信じられない、と言った感じなのはケミーの方。
「ケミーはあんな女の言うこと信じるのかよ?結局、解毒薬だって錬成して貰えなかったんだろ?」
「だから、この噂を広めたら今度こそ錬成してくれるって・・・」
もしかして、スフォルツァさんに噂を広めるよう頼まれてる?
「何だよそれ!あの女、ねぇちゃんに嫌がらせしてんじゃねーか!!」
あぁ、うん。まぁ、好かれては無いだろうな、とは思ってたけど、こんな労力を割くほど嫌われてたとは、流石にびっくり。
「ごめん、トルネの知り合いだなんて知らなくて。それに、俺達は解毒薬が無いと仕事にならないだろ?だから・・・」
まだ小学生か中学生かって年齢なのに、働いてるの?しかも、解毒薬が要るような危険な仕事を?
「解毒薬の事なら心配しなくてもイイぞ!」
トルネは机に並んだ魔法薬の小瓶を得意気に指差す。
「凄い数の魔法薬・・・解毒薬もあるじゃないか!どうしたんだよ、これ」
ケミーは驚きながらも、食い入るように解毒薬の小瓶を見ている。
「オレ達が錬成したんだ。シーナねぇちゃんの薬は特に凄いんだからな」
トルネが胸を反らすと、口をあんぐりと開けたまま、ケミーがトルネ、ラペル、私の順・・・違った、ペレ、ネル、フェリオの順に視線を巡らせる。
「妖精・・・みんな、錬金術師?」
「当たり!王都の錬金術師なんかに頼らなくても、オレ達がいくらでも錬成してやるよ!」
トルネったら、男前なんだから。
「ほんとか?もう、あの女の所に頼みに行かなくていいのか?・・・よッッしゃあ!!」
ケミーはかなり嬉しかったのか、渾身のガッツポーズと共に雄叫びを上げる。
「だからもう、シーナねぇちゃんの事もコウ兄の事も、悪く言ったりすんなよ?」
「もちろん!あの噂はガセだって街中で叫び回ってもイイぞ!」
・・・うん、それはちょっと遠慮しようかな。
「ケミー、誤解が解けたのなら、言わなきゃならない事があるだろう?」
ハリルさんが促すように私に視線を送る。
「うッ・・・分かってるよ。あの、影憑とか言って悪かったよ。噂も、何人かに話しちゃったんだ、だから・・・」
「ごめんなさい」と深々と頭を下げるケミー。
やっぱりハリルさんは先生に向いてる。なんて思いながら、ケミーの肩をポンッと叩く。
「いいよ。状況を考えれば、街の人がびっくりするのは当たり前だし。誤解だったなら、解けた時点で一件落着よ」
ケミーは一瞬ポカンと口を開けて、はぁ~と溜息を吐く。
「俺が言うのも何だけど、もっと怒っていいと思うよ?」
そうかな?勘違いなんて誰にでもあるし、今回腹が立つのはスフォルツァさんだけだし。
「流石にスフォルツァさんには文句の一つも言いたいけどね。貴方はこれから常連さんになってくれそうだし、お客様は大切にしないと」
魔法薬を買ってくれると言うなら、錬金術師としては大事なお客様だ。
「あの・・・シーナ様?本当に俺が魔法薬買っても良いのか?貴女の事悪く言ったし、悪い噂も流しちゃったのに?」
ケミーは、それでもどこか不安そうに私に問い掛ける。
「当たり前でしょ?買って貰う為に錬成するんだから。それに様付けとか恥ずかしいから止めてね。私はシーナよ。貴方の事はケミーって呼んでもいいかな?」
「もちろん。シーナさんって・・・変な錬金術師だな。そんな錬金術、トルネの親父さんだけだと思ってた」
変な、とは失礼な。
「シーナちゃんは本当に珍しい錬金術師だよ。普通、錬金術師になったってだけで皆偉そうになるからな」
―――え?そうなの?
「もしかして、スフォルツァさんが特別ってわけじゃ無いの?アレが普通?」
「いや、アレは特別だ。錬金術師の上に貴族だからな」
良かった。世の中の錬金術師がみんなスフォルツァさんみたいだったらどうしようかと。
それにしても、考えれば考える程腹が立ってきた。
解毒薬が欲しかったら自分の言う事を聞け!みたいなやり方、卑怯だよ。
毒なんて、命に関わる問題じゃない。
「でも、ケミーはどんな仕事をしてるの?解毒薬が必要なんて、危険じゃない?」
私が聞くと、ケミーは明るく笑う。
「俺は鉱山から鉱石や宝石の原石を運ぶ仕事をしてるんだ。途中に飛蟻の巣があってさ、アイツ等強くは無いけど毒持ってるから、解毒薬が無いと流石にキツくて」
毒を持ってる蟻って居るのよね。咬まれると意外と痛いらしいし。
私は普通の蟻を想像してそんな風に思っていたけれど、飛蟻は小型犬程の大きさの羽蟻で、多数で襲ってくるのだとトルネに教えられてゾッとした。
「そんな、大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ。弱い毒だからちょっとずつしか体力削られないし。まぁ、気分悪くなるけど我慢出来ない程じゃ無いし。何より、仕事終わりに解毒薬を飲んでも結構な稼ぎになるからね」
つまり、飛蟻に襲われて毒を受けても我慢して、帰ってくるまで治療も出来ないって事じゃない。
それ、全然大丈夫じゃ無い!
でも、だからと言って私が口を挟める問題じゃないんだろう。
いくら異世界とは言え、まだ子供である彼が働かなければならない理由が、きっとある。
せめて、毒を防ぐ薬とか、常に回復出来る道具とかがあれば・・・。
「シーナさん、どうしたの?」
少し考え込んでしまった私に、ケミーが心配そうに声を掛けてくる。
「うぅん、何でもないよ。でもケミー、何か必要な薬とかがあればいつでも言ってね?」
「え?・・・うん、ありがとう」
安心させる為に笑顔でそう言えば、ケミーは照れたように、僅かに頬を赤くしながら笑顔を返してくれた。
よし、帰ったら色々試してみよう。
一人心の中で意気込んで、私達はハリルさんのお店を後にした。
もちろん、ケミーは嬉しそうに解毒薬を買って行ったけれど、ハリルさんは原価で売っていたから、赤字なんじゃないかな?




