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シーナの錬金レシピ  作者: 天ノ穂あかり
レシピ5
215/264

〈ある女の願いの末路

「なんですっテ!!」


 時は遡り、コウザが治療院へと運び込まれたのと同時刻。イジャランの甲高い声がグェイア邸に響いていた。


「失敗しテ自分が死にかけタ?なんて情けないノ!」


 イジャランは息子はおろか、事態が露呈し自身が罪に問われる事すら心配出来ずに頭を掻き毟る。


「また負けタ!あの女二!どうしテ?どうしテ!!勝ちたイ、勝ちたイ、カチタイ、カチタイノニ・・・マケ、マケタッ!?」


 イジャランは、幼い頃からコウザの母スイメイと比べられて育った。

 同じ純血の虎人族で同い年。更にどちらも負けず劣らず名家の生まれ。

 そんな彼女達はどうしても比較される事が多く、イジャランもまたスイメイの事を強く意識していた。

 だが、どんなにイジャランが努力しても、僅差ではあれどスイメイに勝てない。そんな日々が続き、イジャランは焦っていた。

 何か一つでもいい。どこか一つでもいい。誰もがイジャランの方が上だと認めるなにかを・・・。


 しかしそんな願いも虚しくある日スイメイが風の魔法を習得すると、その日を境にイジャランはスイメイと比べられる事すら無くなった。

 そうして、対抗心を粉々に砕かれたイジャランはスイメイへの敵愾心を募らせ、その感情は日増しに憎悪へと変化していった。

 それを加速させたのは、スイメイとグルバトンの結婚だった。

 純血の虎人族の中でも一番の強者であり出世株でもあったグルバトンと結婚し、誰から見ても幸せな生活を送るスイメイ。一方、イジャランはグルバトン以上の男を見付ける事が出来ず未婚のまま。


 そんなイジャランに最初の転機が訪れたのは、スイメイが結婚して半年程たった頃だった。

 一度目の黒豹襲撃事件である。

 この事件の後、ポーションの重要性を痛感したミーミルでは、錬金術師を多く抱えるバンリー家の発言力が強まり、更にお抱え錬金術師の一人が突如素晴らしい才覚を発揮し始めたのだ。


 そして次の転機となったのがスイメイの出産だった。

 以前からミーミルには黒毛が好まれない風潮はあったが、前の黒豹襲撃以降その傾向が顕著になっていた最中、スイメイの息子がなんと黒毛で産まれてきたのだ。

 イジャランはそれを聞いた瞬間、笑いが溢れて止まらなかった。遂に、あの女に欠点が出来た!しかも大きな大きな欠点が!

 そこからイジャランは更にスイメイを追い詰めるべく、ある噂を流した。


『スイメイは黒豹討伐に行って子を身籠った』

『あの子供の父親は黒豹に違いない』

『あんな獣と情を交わすなど、とんだアバズレだ』


 その噂は面白い様に町中に広まり、その結果イジャランはグルバトンの伴侶という居場所をスイメイから奪う事に成功した。

 スッとした。ざまぁみろ!と言ってやった。しかし、そんな気分も長くは続かなかった。

 伴侶となった筈のグルバトンが、自分に全く興味を示さなかったからだ。これではグェイア家の後継ぎが折角離れへと追いやったあの女の子供になってしまうかもしれない。

 そう考えたイジャランは、魔法薬を使い無理矢理にでもグルバトンの子を身籠る事にした。


 ―――そうして産まれたのがコウザだった。

 イジャランはこの"コウザ"という名前が、グルバトンが"コウガ"も自分の子だと主張しているようで気に食わなかった。

 それでも、スイメイから希望を奪う為の道具だと思えば可愛く見えた。


 しかし・・・お互いの子供が大きくなるにつれ、その能力の差を目の当たりにしたイジャランの心には再び憎悪の嵐が吹き荒んだ。

 年が離れていれば当たり前にある能力差すら、イジャランには我慢出来なかったのだ。

 そして再び、イジャランの心を打ち砕く事実が判明する事となる。

 スイメイの子が魔法を使えると分かったからだ。


 どうしていつもあの女ばかり!あの子供はまだ獣型にもなれない癖に!どうして!!

 

 イジャランの心はコウガが未だに獣型になれずにいた事で平静を保っていたのだが、それすらも揺るがす程の事実だった。


 この頃だっただろうか。自家の錬金術師が願いの叶う魔道具だと白い石の付いたネックレスを渡してきたのは。

 最初は安っぽいその見た目に身に付ける事すら躊躇したが、それでも錬金術師の言うことならば・・・と、身に付けて数日後、スイメイが死んだ。


 あの女が死んだ!虐げられ、苦しんで、絶望の中で死んでいった!!なんて気分が良いの!きっとこのネックレスのお陰ね。

 

 それからイジャランはそのネックレスを肌身離さず身に付ける事にした。


 けれどそんな風に喜べたのもまた、ほんの少しの間だけだった。

 その頃になると黒毛に対する忌避感も徐々に薄れ、母を亡くしたコウガに同情する声と共にその優秀さを称える者まで現れ始め、イジャランはスイメイが死して尚その影を強く意識させられたのだ。


 あの女に勝ちたい。あの女を何処までも貶めたい。それなのに・・・ソレナノニ、アノ女ガイナイ・・・もうカテナイ、越ラレナイ。


 行き場の無くなった執着と憎悪が、イジャランの中で薄氷の下の汚泥のように堆積していた。

 そして、その薄氷はコウガの獣型化によって割り砕かれ、ドロドロとした悪意が遂にスイメイの息子であるコウガに向かう。


 そうして呪いの魔道具という禁忌を用いて、自らのテリトリーからスイメイの影を追い出す事に成功する。

 しかし・・・イジャランの心はそれだけでは満足出来なくなっていた。

 そして日を追う毎に、その思いは強くなっていく。


 ・・・スイメイの影は残ラズ全テ、始末シナケレバ。ヤッパリアノ時、アノ子モ殺シテオケバ良カッタ。


 そうしてそのチャンスが巡って来た時、イジャランは心の隅で歓喜していた。

 これであの女の影を完全に消し去る事が出来る。そうなれば、やっとあの女に勝つことが出来る、と。


 だが、その結果は惨敗。

 息子のコウザはスイメイの息子コウガに負け、これまでの悪事も露見した。

 更に、イジャランに「君が誰よりも美しい」と愛を囁いていた錬金術師は、その姿さえも偽りだった。

 早々に屋敷から逃げ出そうとする錬金術師は、「この国を滅茶苦茶に出来れば何でも良かった」と言い放ち、最後に本当の姿をイジャランに晒した。

 虎人族の青年の姿に見えていた錬金術師は、()()の豹人族の壮年男だった。

 偽られ裏切られ、全てを失ったイジャランだったが、彼女にとってそんなことは既にどうでも良かった。


「待ってなサイ、スイメイ。消してやル、いつか絶対。絶対に、ケシテヤルんだかラ。フフフッ・・・アハハハハッ」


 スイメイの影だけを見続け、追い続け、際限の無い憎悪に囚われた彼女願いは、いつまでも叶う事は無い。

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