謝意~ミーミル国族長レッキスの場合~
「それデ、誇り高き虎人族ガ、死ねば良かったどと二度と口にするナ!!って怒鳴ってネェ。アタシもまさか飛び出していくとは思わなくテ、呆気に取られたヨ。まったく虎人族は直情的で困ル」
やれやれ、といった感じで肩を竦め首を振るレッキス様から聞いた話は、なかなか衝撃的だった。
・・・というかコウザ、一度死にかけた所為でガッツリ精神をすり減らしちゃったのね、きっと。
「それでコウザは放心状態。まぁ、その後の事情聴取は素直に答えてたから文句は言わないけどネ」
いや、もう言っちゃってます。とは言わないでおこう。
「そんな訳デ、昨日の内にコウザとイジャランは国賓の誘拐教唆と襲撃に加え、呪いの魔道具の所持、使用の容疑で今はグェイア邸で軟禁されていル」
「軟禁、ですか・・・」
こうやって聞くと、コウザとイジャランの犯した罪はとても許される類いのものではない。
これからどんな罰が課せられるかは分からないけれど、コウザに関しては・・・話を聞く限り、幼少の頃からイジャランに思想を操作され強迫観念を植え付けられていた、とも考えられる。
だからまぁ少しだけ、本当の本当に少しだけ、可哀想だと思ってしまった。
でも一番苦しい思いをしたのは紛れもなくコウガだし、どんな理由を並べたって呪いの魔道具をコウガに嵌めた事は絶対に許せないんだけど。
「正式な処罰はもう少し先になるだろうガ、軽いモノにはならないだろウ」
「そう、なんですね」
それを聞いて、コウガはどう思うのだろうか?チラリと横目で窺えば、伏し目がちなその横顔は心なしか悲しそうに見えた。
「それかラ、ここからが本題なのだガ・・・そもそも、スイメイと君をあのような境遇に追いやリ、グルバトンがイジャランと結婚せざるを得ない状況に追いやったのハ、我々獣人族の過ちが原因なんダ。こんな話をした所デ今更だというコトは分かっていル。それでも君に謝罪する為二、話を聞いて欲しイ」
レッキス様は真っ直ぐにコウガを見据えてそう言い切ると、深々と頭を下げる。
そんなレッキス様にコウガが一言「分かっタ」とだけ応えると、頭を上げたレッキス様がゆっくりと話し始めた。
「コトの始まりハ、君が産まれる一年前。あの時も今回と同様、この町は影黒豹に襲われタ。あの時は影黒豹が町にまで侵入シ、多くの同胞達が犠牲になリ、町にも壊滅的な被害を被ったんダ」
「そんな事が・・・」
今回は森で討伐出来たから良かったものの、影黒豹が町へ入ったらと想像すると・・・ゾクリと悪寒が走った。
「その所為で我々ハ、黒い毛並みを嫌悪するようになっていたんだと思ウ」
語りながら、レッキス様は悔いるように俯いて額に当てた両手をグッと握り締めた。
「君が産まれた時、両親とは明らかに違うその黒い毛並み二、影魔獣の姿を重ね拒絶してしまっタ」
この町の人達が影魔獣を恐れるのは理解出来る。トラウマと言われたらそうなのかもしれない。
「そうすると今度ハ、悪意ある噂が広がるようになっタ。産まれた子は呪われていると言う者もいれバ、影魔獣の・・・子を産んだ、などと言う者まで現れタ」
「そんなッ・・・」
皆と少し違うだけで拒絶するなんて、信じられない。なんて・・・思えたら良かったのだろうか?
私は知っている。そう、この世界でも同じなんだ。人は、自分の常識外のモノを拒絶するようにできている。
「そんな中で、バトー・・・君の父は奮闘していたヨ。周りの者がいくらスイメイとの離縁を求めてモ、頑として首を縦に振らなかっんだからナ」
グェイア総長は、コウガとお母さんを守ろうとしていた?でも、じゃあどうしてグェイア総長はイジャランと結婚したんだろう。
「今思えば、あの悪意ある噂話もバンリー家が流したものだったんだろうナ。最終的には君達親子をこの国から追い出そうと言い出す者まで現れタ」
「そんなッ!!出産直後の母親と産まれて間もない赤ん坊を放逐しようとするなんて・・・」
「あり得ない・・・だろウ?だが、あの時はそれを奇怪しいと思っても口に出せなイ、そんな風潮が蔓延していたんダ」
集団心理、というものだろうか。皆がそう言っているからそうなんだろう、と考える事を止めてしまう。皆がそう言っているから自分だけ違うとは言えない、と目を背け口を噤む。
「そして、それを諌め取り成したのもバンリー家だったんダ。その時には既に錬金術師を抱えていたバンリー家の発言力は強くてネ。バトーはスイメイと君を守る為に、バンリー家の要求を呑むしか無かったんダ」
「要求ってまさか・・・」
「あぁ。イジャランと結婚シ、純血の後継者を得るコト。そして、君達親子を別邸へ移すコト」
「どうしてそんな条件を?」
もし娘のイジャランがグェイア総長に執着していたとしても、既に妻子のある者にそこまでするだろうか?
「あの当時カラ、バトーは次期総長になることか確実視されていたからネ。そんな男と子を成せばバンリー家は安泰ダ。でもその時のグェイアにはまだ、当時の族長達を納得させるだけの力は無かっタ。だから結局、グェイアはバンリー家の提案を受け入れざるを得ズ、イジャランと結婚しコウザが産まれたんダ」
「じゃあ全部、コウガとお母さんの為だった?」
口に出した後、ハッとしてコウガの様子を窺う。
この話を聞いて、コウガはどう思っただろうか?今更だと思うかな?それとも・・・。
コウガは、先程までよりも少し俯き加減で静かにレッキス様の話を聞いていた。
無口であまり表情に出ないコウガは、何を考えているのか分からない事の方が多い。
今もまた、私にはその心の内を知ることは出来ないけれど、少なくとも今の話に気分を害している様子は見受けられない。
少しは、受け入れている?
「そう言ってしまうト、バトーが少し持ち上げられ過ぎだけどネ。アイツはもっと君達親子と話をするべきだっタ。相手に伝えなけれバ、どんなに尽くした所デ、その想いが伝わるはずも無いからネ」
レッキス様は、そう言って寂しそうに小さく笑った。
「だから、アタシもきちんと言葉にして伝えようと思ウ。スイメイにはもう届かないガ・・・コウガ君、君の境遇に荷担した者としテ、そしてミーミル共和国の族長の一人としテ、君に心から謝罪スル――――――本当に申し訳無かっタ」
そう言ってレッキス様は席を立ち、コウガに対して深々と頭を下げた。




