諦念
その場でコウガに深々と頭を下げたレッキス様は、チラリとグェイア総長の方を窺うと、真面目な表情を少しだけ崩して首を竦める。
「少し場所を移して話せるカ?ここではヤツの視線が煩くてかなわン」
「あぁ」
そんなレッキス様に、コウガはいつも通り口数少なく答えると席を立った。
私はどうしようかな、とその場にとどまっていると、コウガが私を振り返り不思議そうに問い掛ける。
「行かないのカ?」
「え?でも、込み入った話になりそうだし、私がいたら邪魔じゃない?」
「問題ナイ」
コウガは良いかもしれないけど、レッキス様的には邪魔なんじゃ・・・とレッキス様を窺えば、レッキス様もコウガと同じ様に不思議そうに私を見ていた。
「行かないのカ?」
「良いんですか?」
「勿論構わないヨ。昨日の状況もちゃんと聞いておきたいしネ。でもまぁ、聞いて気分の良い話じゃナイかもしれないけどネ」
案外すんなりというか、最初から私も一緒に行く前提だったらしい。
そういう事ならと三人で向かったのは、昨日と同じ蓮池の庭園だった。
「このシェーレンの花はここオーディンのしるべ草なんダ。水の中でしか咲けない花がしるべ草なんテ、随分と危ういだろウ?」
レッキス様は自嘲気味にそう言うと、シェーレンと呼ばれた薄紫の花を一本掬い上げ、私に差し出す。
「ありがとうございます。すごく綺麗です。私の故郷にも似た花があるんですが、泥の沼でも美しく咲く姿に、清らかさの象徴なんて言われてました」
「清らかさ、カ。我々もそう在れれば良かったのだけどネ。取り敢えず掛けてくレ、少し長い話になるからネ」
促されて、レッキス様の正面にコウガと並んで座ると、居住いを正したレッキス様がフゥと一つ息を吐き話始める。
「どこから話そうかナ。先ずは昨日のコトを話そうカ。メイリンとコウザの話を元にしているカラもし事実と違う所があったら教えて欲しイ」
「分かりました」
「ありがとウ。昨日、シーナ殿はメイリンに連れ出され遠見の崖に行き、そこで影黒豹と遭遇。その一頭を倒した後、再び影黒豹が複数現れ、そこにコウザの率いる部隊に追われたコウガがやって来た。ここまでは合ってるカ?」
「はい。合ってます」
「ヨシ。じゃあ続きだガ、コウザを除く部隊が影魔獣に倒された後、コウガが影魔獣を倒シ、そしてコウザがコウガに襲い掛かった所で、復活した影魔獣に背後からコウザが襲われ重症を負っタ、間違いないカ?」
「はい。間違いないです」
「ヨシ。これで大体の確認は取れたかナ。ここからは昨日の内に判明したコトを伝えておこウ。まずシーナ殿を連れ出したコトについて、メイリンは自分の責任を認めているガ、調査の結果コウザの母イジャランが彼女の使用人を買収し、そうさせる様に仕向け唆したコトが分かっていル」
凄い、昨日の今日でもうそこまで分かってるんだ。
「それからコウガを襲った奴等だガ、そちらはあくまでも黒豹と間違えただけダと言い張っていたガ、間も無くして目覚めたコウザが全て暴露したコトで全員がコウガを狙ったと認めたヨ」
「コウザが?」
メイリンも言っていたけど、コウザがそんな簡単に自分の過ちを認めるなんて、少し意外だった。
「あぁ。昨日、君達と別れてから―――」
それからレッキス様が昨日の出来事を教えてくれた。
町へ戻りグェイア邸へ運ばれる事となったコウザは、その途中で目を覚まし酷く錯乱し暴れ出したという。
「―――ボクは・・・死んダ?アイツに、負けテ?アイツを!ボクがッボクが殺してやるハズだったの二!!ダメだダメだ、そんなコト許されなイ。ゴメンナサイ、母様。ゴメンナサイ。殺せなかっタ。アイツを。ボクは・・・イラナイ?イラナイ・・・イラナイ。母様、ゴメンナサイ。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」
余りにも暴れ、更に不穏な発言をしていた事もあり、一度町の治療院へと運ばれる事となったコウザは、鎮静剤を打たれて漸く静かになった。
そこでレッキス様とグェイア総長が事情を聞こうとした矢先、コウザが目覚めたと知ったメイリンが乱入。
「ちょっとコウザ!アナタどうしてコウガに襲い掛かったノ!しかも、コウガが生きてるって知ってたわよネ」
入室するなり容赦なく捲し立てるメイリンに、鎮静剤でぼんやりとしていたコウザは、ビクッと身体を震わせると途端にボタボタと涙を流し始めた。
「メイ、リン?・・・ボク、生きてル?ちゃんと生きて、ル?」
「生きてるわヨ!二人とも死にそうになったけどネ」
「メイリン、も?・・・ゴメン、ゴメン。そんなつもりじゃ・・・」
「そんなつもりってどういうコト?」
「ゴメン・・・本当にゴメン。あそこに影黒豹を誘導したのハ、ボクなんだ」
「なんですっテ!?」
「母様が、黒豹討伐のどさくさに紛れテ、コウガを殺そうっテ。なんなら、影黒豹に襲わせても良いっテ」
「はぁ?コウガはずっと死んだと思われてたのヨ?しかも、この国に戻る気もナイっテ。なのにどうして今更殺そうなんテ・・・」
「そうだヨ。折角この国から追い出してやったの二、戻って来るなんテ!しかも人間の姿デ!!」
その言葉に、ピクリとメイリンの耳が震えた。そして、彼等の会話を部屋の外から聞いていたグェイア総長の肩もまた、大きく震えた。
「追い出したってどういうコト?三年前のあの日、コウガに何をしたノ?」
「三年前・・・あの日の前日、アイツは獣型に変身出来る様になったって母様に報告に来たんダ。だから父様の跡継ぎはアイツになるっテ、そうしたらボクは要らなくなるっテ、母様にそう言われテ・・・ボクは、ボクは・・・アイツに呪いの魔道具を嵌めたんダ」
「呪いの、魔道具ですっテ?一体、どんな・・・」
「・・・術師様が言うには、獣の姿から戻れなくなる魔道具だヨ。しかも、見た者の先入観を利用しテ、アイツを虎と認識出来なくすル。誰だってあんな真っ黒な獣がいたら黒豹だと思うだロ?・・・ボクの居場所を奪うなら一生獣の姿で要ればいいと思っタ。あんな真っ黒な姿、虎だなんて認めないっテ」
「そんナ・・・」
「でも、そんなコトもうどうでもいいんダ。今回のコトで父様も決心が着いたんじゃないかナ。だって・・・毛並みが黒いだけデ、自分にそっくりデ、強くテ、魔法までつかえテ・・・そんな子供がいたらボクなんて要らないだロ。そうじゃ無くてモ、ボクは許されないコトをしたんダ。きっともう認めて貰えなイ・・・きっと捨てられるんダ。ボクは、どうして生きてるのかナ?あの時、死んでしまえば良かっタ・・・」
「――――――ッッ!!」
―――――――――バキッ!!
コウザの頬を捉えたのは、メイリンの右手ではなく、グェイア総長の拳だった。




