謝意~メイリンの場合~
フェリオを置いて一人で向かった玄関には、メイリンさんが所在無げに立っていた。
「メイリンさん?」
どうしたんだろうと声を掛けると、メイリンさんはパッと顔を上げて私を真っ直ぐに見据えると、深々と頭を下げる。
「今回のコト、本当にごめんなさイ」
「メイリンさん!?謝罪なら崖の上でもして貰いましたから、もう大丈夫ですよ」
元はと言えばコウザのお母さんが元凶だったとコウガから聞いたばかりな上に、メイリンさんには既に謝って貰っている。それに、危険かもしれないと分かっていてミヤマコモモ欲しさに誘いに乗った私にも責任はある。なんなら私がホイホイ誘いに乗った所為でメイリンんが大怪我をしたとも言える。
だから、メイリンさんがこれ以上頭を下げる必要なんて無いのだ。
「いいエ、大丈夫じゃないワ!それじゃ私の気が済まないもノ」
けれど、ここで膝を突き土下座でもしそうな勢いのメイリンさんに、私は慌てて落ち着いて話せる場所へ移動する事を提案する。
「取り敢えず、ここでは落ち着いて話せないので、場所を移しませんか?」
「ッそうネ!ごめんなさイ、こんな玄関先デ。それなら、庭はどうかしラ?」
「いいですね。素敵な庭だったので、もっとちゃんと見たいと思ってたんです」
ここに着いてから落ち着いて庭を見る余裕なんて無かったけれど、部屋から少しだけ見ることが出来たここの庭園は、是非ともゆっくり見たいと思っていたのだ。
この迎賓館にある庭園は二つ。
一方は庭園と言うよりも広い芝生の丘といった雰囲気の開けた庭園。
そしてもう一つが、大きな蓮池のある石造りの庭園だ。
植木と石が美しく配置され、そこに咲く蓮に似た薄紫の花が日本庭園を連想させる造りになっていて、なんだか落ち着く。
これで池に錦鯉でも居れば完璧なんだけど。
なんて事を考えながら、庭園に建てられた東屋でメイリンさんと向かい合えば、屋敷の使用人さんがカモナジャンの花の浮いた冷茶を淹れてくれた。さすが一国の迎賓館、心遣いに卒がない。
「じゃあ改めテ・・・今回の事、本当にごめんなさイ。アッ!崖の上での謝罪とは別ヨ。今回のコトをちゃんと理解した上で言うノ」
「今回の事って?」
「・・・さっき、コウザの目が覚めたって聞いテ、会いに行ったノ。どうしてコウガに襲い掛かったのか問い詰めてやろうと思っテ」
良かった、コウザの目が覚めたんだ。でも起き抜けにメイリンさんに問い詰められたのか・・・まぁ、自業自得だよね。
「そしたらアイツ泣いたのヨ。こっちがビックリするくらイ。だから、理由を聞いたラ・・・全部、本当に全部、洗いざらい教えてくれたワ」
「全部?」
「えぇ。今回、ワタシとアナタを使ってコウガを森に誘き出して殺そうとしたコトも、呪いの魔道具のコトも」
3年前の事も話したんだ。本当に全部なのね。
「アナタなんでショ?その魔道具を外したノ。だからコウガがアナタを恩人って言ってたのネ」
「あ・・・そう、みたいです。私自身、無自覚だったので、恩に感じる事でも無いとは思うんですけど」
私がそう言うと、メイリンさんは緩く首を横に振った。
「呪いの魔道具を外す条件も聞いたワ。実を言うとワタシ、3年前に獣型のコウガに一度会ってるノ」
「えッ!?」
「黒豹にコウガが連れ去られたっテ聞いた次の日、ワタシ黒豹を見たノ。だから、コウガは本当に黒豹に連れ去られたんだっテ思ってタ。でも、違っタ。あれは・・・コウガだっタッ」
絞り出すように放たれた言葉の中には、メイリンさんの悔しさや悲しさ、自分に対する怒りが溢れていて、私まで胸がギュッと詰まる様な息苦しさを感じるほどだった。
「でもそれは・・・呪いの魔道具の所為で―――」
「いいえ。今日、森でコウガを見た時モ、ワタシには分からなかったワ。アナタは直ぐに分かったのにネ」
「それは、私があの姿を知っていたから」
「それでもヨ」
メイリンさんは気付けなかった自分が許せないのだろう。それは私がなにを言った所で、なんの慰めにもならない程に。
「ワタシがあの時気付いていれば、今頃は二人デ―――なんて、そんなコト考えるだけ無駄よネ」
そう言って、メイリンさんは自嘲気味に笑った。
「メイリンさん・・・」
「だからネ!最初にアナタを疑ったコト、本当にごめんなさイ。アナタは正真正銘コウガの恩人デ、大切な人だったワ。それにネ、今回のコトも。アノ女に踊らされて良いように利用されたなんテ、ほんっとうに情けないワ!!」
「メイリンさん?」
「そもそも、アノ女のコトは前から嫌いなのヨ。実家が錬金術師を多く抱えてるからって大きな顔しちゃっテ。それがなきゃオジ様だって結婚なんテ―――」
「メ、メイリンさん?」
何だか段々ヒートアップしているのは気のせい、じゃない気がする。アノ女って、コウザの母親のグェイア夫人の事だよね?
「アッ!ごめんなさイ。今はアナタへの謝罪が先よネ。今回は色々と迷惑を掛けて本当にごめんなさイ。お詫びに危険な素材採取でも、新薬実験の被験体でも何でもするワ。何でも言って頂戴」
「新薬実験の被験体って、そんな物騒なこと求めてませんから!」
メイリンさんの真っ直ぐで押し強めな謝罪に、私は思わず突っ込みを入れてしまったけれど、ここは何かしら言わないと収まらない感じだろうか。
「でも、そうですね。それなら・・・あッ!あの服!!獣型から戻った時のあの服。どうなってるのか教えて欲しいです!」




