謝意~シーナの場合~
「で?どうして姫はあんな所にいたの?」
迎賓館に着きやっと一息・・・と思いきや、リビングに入った所でナイルに捕まってしまった。その隣では、ラインさんも不穏な笑顔を浮かべている。
これはアレだ。怒られるやつだ。
「いや、そのぉ。あそこにね、ミヤマコモモがあるって聞いて。あの崖の上なんだけど。それで、ミヤマコモモっていうのは上級ポーションの材料で、ほら!みんな怪我して帰って来たら大変でしょ?中級ポーションじゃ治らない怪我もあるかもしれないし、だからねメイリンさんに連れていって貰ったの。あッ!でも、あの辺りは大丈夫って聞いてたからなんだよ?メイリンさんもそう言ってたし。まさか影黒豹が出るなんて予想も出来なかったって言うか・・・ね?」
「―――姫?」
「・・・はい」
勢いで喋ったら凄く言い訳っぽくなってしまったような・・・いや、まぁ、多少の後ろめたさがあるのは事実だけども。
「反省は?」
「―――してます」
そもそも、こんな状況で森に行くなんて駄目に決まってる。しかも、ホイホイ着いて行ってメイリンさんに脅された?訳だし。
メイリンさんが良い人だったから良かったものの、ホンモノの悪人だったら今頃どうなっていたか分からない。
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「じゃあ、心配させたお詫びにハグ、してくれるよね?」
「はい・・・はぇ?」
反省して素直に頷いていたら、話が何やらおかしな方向に進んだ気がして思わず聞き返すと、ナイルはとても綺麗な顔でニッコリと微笑んだ。
「してくれるよね?もちろん3人にだよ」
「「え!?」」
3人?と驚いて声を上げれば、ラインさんも小さく驚きの声を漏らす。
「でも、それじゃお詫びにならないんじゃ・・・ラインさんもそう思いますよね?」
「んッゴホッ・・・いえ、そんな事は無いです」
「ほらね、決まり」
ナイルはノリノリで腕を広げているし、ラインさんは無理矢理言わされた感が否めないものの「嫌だ」の一言が出てこない。しかも、人型に戻ってしっかり服を身に付けたコウガが、いつの間にか順番待ち宜しくラインさんの後ろに並んでいるのは何故?
これはもう断れる雰囲気じゃない。まぁ、確かに心配掛けただろうし、コウガにはわざわざ森まで助けに来て貰ったんだから、何かお礼をしなきゃとは思っていた。
でも、私からのハグはお礼になんてならないよね?
「さぁ、姫。ぎゅ~っと」
ほらほら、と妙に楽しそうに更に腕を大きく広げたナイルに、私は「あぁ」と納得する。
これは一種の嫌がらせか、お仕置き的なやつって事か・・・。
そうと分かれば、やっぱりここは甘んじて受け入れるしかないのかもしれない。
もうドキドキするのは予想出来ちゃうから、雨だってなんだってどーんと降らせてやりますよ!ミーミルの為、世界の為ですからね!
「うぅ。じゃあ、いくよ?」
私はナイルの腕の中へと身体を寄せ、遠慮がちにそっと背中に腕を回す。
すると、ナイルは広げていた腕をギュウッと私の背に回し、しっかりと抱き締めてくる。
「姫、かぁわいぃなぁ。最近、姫が足りなかったんだよねぇ」
ギュウギュウと抱き締められてナイルの胸に顔を埋めると、花蜜とスパイスを思わせるナイルの香りが鼻孔を擽り、案の定ブワッと弾けた魔力が窓の外で雨を降らせている。
うぅ。分かっていても恥ずかしいし、何だかソワソワする。
何時までこのままでいれば良いのかな?もう良いかな?良いよね?
様子を窺おうとチラリとナイルの顔を見上げれば、間近でこちらを見詰めるナイルと目が合ってしまい、更に顔が赤くなる。
これは、なかなかに拷問じゃ無いでしょうか?
すると私の限界を感じ取ったのか、ナイルの腕からスルリと力が抜け、スッと身体が離れる。
「はい、おしまい。これ以上は離したく無くなっちゃうからね。じゃあ、次は―――」
ホッとしたのも束の間、ナイルの視線の先には、頬を赤く染め控えめに手を広げたラインさんの姿。
あぁぁ。相手が照れてると相乗効果で私まで照れてしまうんですぅ。
「シーナさん、その・・・お願いします」
でも、ラインさんにお願いしますって言われてしまったら、断れない。
「はい。こちらこそ、お願いします」
お互い照れながら、おずおずと背中に腕を回せば、フワリと優しく抱き締められる。
穏やかな抱擁に少し安心したものの、顔を寄せた胸元からトクトクと早鐘を打つラインさんの心音が聞こえ、ラインさんもドキドキしてるんだ、なんて考えてしまったら、自分の心臓も同じ様にドキドキしているのを自覚してしまう。しかも―――
「シーナさんに怪我が無くて本当に良かった。でも、本当に気を付けて下さい。ただでさえ貴女は狙われ易いんですから」
なんて耳元で囁くものだから、もう許して下さいと言わんばかりに、コクコクと頷けば頭の上からフフッと小さく笑う声がした。
「ありがとうございました。後が支えているので、この辺にしておきます」
最後の最後に、ラインさんは私の頬をスルリと撫でると、少し意地悪な笑みを浮かべて腕を離すものだから、窓の外は尚も雨が降り続いている。
「じゃあ、今回の功労者に―――」
ラインさんの腕から離れ次に向き合ったコウガは、小さく微笑んで私を迎えるように腕を開き、私の名を呼ぶ。
「シーナ」
ここまで来て、下手に躊躇っては恥ずかしさが増すばかりだと悟った私は、覚悟を決めてコウガの胸へと飛び込んだ。
「コウガ、今日はありがとう」




