再び
―――え?
コウザの身体は、貫かれた衝撃でグンッと前のめりになり、コウザが伸ばしたその手がコウガの鼻先に届く寸前、突き刺さった尾が抜ける反動で後ろへと引き倒される。
それと同時に吹き出した赤い液体が、辺りに飛び散る。
コウザは、コウガの命を本気で奪いに来たのかもしれない。そうであれば絶対に許せないし、返り討ちに遭った所で自業自得だと言える。
だから、兄弟で争うのは良くないけれど、お互い真正面からぶつかり合う事が二人にとって必要なのであれば、心配も不安もあるけれど見守るべきかもしれない・・・と思ったりもした訳で。
でも、こんなのは違う。
私は、眼下で起きたその惨状を見ていながら、何が起こったのか理解出来なかった。
だって、この場にいた影黒豹はコウガが全部倒したはずで・・・新たにやって来た様子もなくて。
なのにどうして?アレは一体どこから・・・。
ウネウネと揺れる黒い尾を辿った先には、黒紫の魔力が黒豹の形に無理矢理集まった様な、歪な形をした何か。
あの辺りは、私が最初に影黒豹を倒した場所?
それを理解して漸く、私はトルネが言っていた言葉を思い出す。
『魔石は水に浸けておかないとまた影魔獣になるんだから、早く湖に捨てなきゃ』
そうだ。影魔獣は復活するんだ。
今までは直ぐに魔結晶に錬成したり、ラインさんがきちんと処理してくれていたから、そうなっていなかっただけ。
私がそう理解するよりも早く、コウガは風刃を飛ばし再び魔石を破壊すると、一直線に私に向かって崖を登ってくる。
それまで、私もメイリンさんもその場で一歩も動けずにただ見下ろすことしか出来なかった。
でも、コウガが何を求めているのか、それは直ぐに理解出来た。
「コウガッ!!」
崖を登りきったコウガは、何を説明する訳でも無く私に背を向け、私も躊躇う事無くその背に乗りギュッと掴まる。
崖を降りるのは、登るときよりも数倍怖いだろうと思っていた。実際、コウガが崖下へ一歩踏み出した時のフッと落ちる感覚はどうやっても怖かったから、私はギュッと目を閉じて必死にコウガにしがみつく。
でも、目を閉じていられるのはコウガの背だからだ。メイリンさんの背中は、自分の目で見えてないと不安で仕方無くて、目を閉じるなんて出来なかった。
そしてブワッと風に包まれた後、トンッと地面に着地したような軽い衝撃を感じてそっと目を開ける。
きっと風の魔法で着地の衝撃を和らげてくれたんだろう。メイリンさんには申し訳ないけれど、コウガが来てくれて本当に良かった。
なんて、ホッとしている場合じゃない。
私はコウガの背を降りると、すぐ隣で息も絶え絶えに横たわっているコウザの頭をそっと持ち上げる。
すると、コウザの口から大量の血液がゴポと流れ出て、私を怯ませた。
大丈夫。今の私には助ける力がある。何も出来なかったあの時とは違う。そう、違う。大丈夫、大丈夫。
フラッシュバックする恐怖は、ここでも私の精神を容赦なく削る。
「コウザ、コウザ!!しっかりしテ!お願イ、コウザを助けてあげテ。コイツ、ダメなヤツなノ。偉そうな癖に劣等感だらけデ、挙げ句コウガに八つ当たりする様ナ情けないヤツだけド、それでもコウザも私の幼馴染みなノ」
一緒に降りて来たのか、メイリンさんがコウザの手を握り、必死に叫ぶ。
その叫びが、恐怖で動かなくなっていた私の精神を奮い立たせてくれた。
「メイリンさん、大丈夫です。ポーションを飲ませるから彼の頭をお願いします」
私は、メイリンさんにコウザの頭を支えてもらい、コウザの口元へ手を翳す。
上級ポーションはまだ残ってる。でも、少しずつ慎重に飲ませなければ、この状態だと上手く飲み込んでくれるか分からない。
細く、水道の蛇口を少しずつ捻るみたいに。
私の手元から、ツー・・・と細く流れ出た上級ポーションは、何度か噎せて吐き戻されたものの、なんとか喉へと流れ込んだ。
すると、コウザの脇腹と右胸に空いた穴の奥から、まるでポーションが溢れ出たかのように緑色の液体が湧き上がり、みるみる内に肌色へと変色したかと思えば、液体のそれから人の肌のそれへと質感を変える。
「凄い。上級ポーションってこんな風に怪我を治すのね」
「―――治っタ。本当に、治ったのネ。ありがとうシーナさん、本当に・・・」
メイリンさんはボロボロと涙を溢しながら、コウザの頭を抱き締める。
とは言え、失った血液まで元には戻らないのか、あるいは怪我を負ってショック状態の所為か、コウザの顔は酷く青褪めていて直ぐに意識は戻りそうに無い。
「とにかく、彼を安全な所まで運びましょう。あッそれと、魔石!また影魔獣になる前に早く回収しないと」
落ち着いた所で、私は魔石の存在を再び思い出す。幸い、さっき崖上から不本意ながらも大量の水を流したお陰で、他の魔石がある辺りには水溜まりが出来ているから、多少は大丈夫だと思うけど、それでも何時までも放置しておく訳にはいかない。
私はコウザをメイリンさんに任せて、魔石を回収しようと立ち上がる。それに合わせて、それまで静かに見守っていたコウガも私の横へと並んで立った、その時だった。
―――ヒュンッ!
森から飛んできた矢が、コウガの足元へと刺さると同時に、森から複数の獣人達が現れたのだ。
「早く逃げロ、ソイツはオレ達が仕留めル!」
大変!この距離じゃ、コウガは黒い獣にしか見えないから、黒豹の討伐に出た人達が、私達が襲われてると勘違いしてるんだ。
「―――待って!コウガはッ」
「止めロッ射つナ!!」
止めようと叫ぶ私の声を打ち消す程の大声が、迫る彼等の後方から響く。
そしてこちらに向かう一団を押し退けて猛然とこちらに走り寄って来るその姿に、私はグッと喉を詰まらせた。
―――グェイア総長。コウガとコウザの父親。まさか、こんな再会になるなんて。




