対峙
「コウガ!服ッ服着て!」
抱き締められているから幸いにも上半身しか見えなかったけれど・・・いや、この体勢もそれはそれで心臓によろしく無いからやっぱり駄目だ。
「ちょっと何してるのヨ!早く離れなさイ!なんで服着てないワケ!?」
それはコウガと同じ虎人であるメイリンさんにとっても同じ事だったらしく、真っ赤な顔を手で覆いながら叫んでいた。
そうか。この感覚は獣人特有のモノじゃなく、コウガだけのモノだったのね。
盛大に水がザバァってなっちゃったけど、メイリンさん的にも今はそれ所じゃ無さそうなのが不幸中の幸いかも。
「服は森の入口に置いて来タ」
「森の?それなら持ってる服出すからそれ着て」
私はスマホに入れてあったコウガの服を一式取り出そうとするけれど、コウガに「いや」と止められる。
「取り敢えズ、残りを片付けて来ル」
「いやいや。崖下にはコウガを追って来た獣人と影黒豹がまだ2頭も居るんだよ!?流石に危ないから!」
慌てて止めたけれど、本人は至ってマイペースに再び漆黒の虎の姿に戻ると、ピョンッと軽い足取りで崖下へと降りて行ってしまった。
そんなコウガを追って崖下を覗き込むと、追っ手の獣人達が影黒豹に向かって矢を射かけていた。
流石に目の前に本物の討伐対象が居たら、そっちを攻撃するしか無いよね。とは言え、恐らく毒矢か何かなんだろうけど、影黒豹には全く効いていない。
幸い、影黒豹達はさっきの事件で大量に流れ出た水に興味を示していて、獣人達の事をまるっと無視してるけれど、あの状況は危険だろう。
獣人達は計4人。虎人族の若者が2人と、あとは狼と狐かな?指揮しているのは多分虎獣人の二人だろう・・・と思ったら、その2人がチラチラと窺う様に向ける視線の先にもう一人。
あれは・・・コウザ!!
やっぱり、意図的にコウガを狙ってたんだ!
けれどコウザは、恐らく手下であろう2人の虎人族に全く反応すること無く、ある一点を睨み付けている。
それは崖の中腹で立ち止まり、仁王立ちする漆黒の虎へと向けられていた。
両者は睨み合い、一歩も動かない。
そんな緊迫した均衡を破ったのは、虎人族の悲鳴だった。
「うわァァァァァ!!」
水に気を取られていた影黒豹が、とうとう獣人達に向かってしまったのだ。
そちらに目を向けた時には、狼人と狐人族の青年は既に倒れ、虎人族の青年一人が影黒豹の前足で地面に押さえ付けられた状態で、もう1頭の影黒豹も残りの虎人族に向かって飛び掛かろうとしている所だった。
瞬間、コウガは崖を蹴り、コウザも獣型に変身しながらその後を追う。
コウガが向かったのは、虎人を押さえ付けている影黒豹の方。体当たりで影黒豹を吹き飛ばし、その勢いのまま身体を回転させたかと思えば、繰り出した風刃が影黒豹の足を捉えた。
機動力を失った影黒豹は幾本もの尻尾を生やし、それを鞭のようにしてコウガに反撃するものの、全てコウガの放つ風刃に切り刻まれ、そのまま流れるように影黒豹へと接近したコウガが風刃を纏った爪を一振りすると、影黒豹の額にあった魔石は綺麗に真っ二つに割れ、影黒豹はブワッと黒紫の魔力を残して消えた。
片やコウザの方はと言えば、もう一方の影黒豹に同じく体当たりをして吹き飛ばしたものの、少し苦戦しているようだった。
素人の私から見ても、身のこなしを見るだけでコウザが強い事は良く分かる。
だから、一見コウザの方が優勢に見えるけれど、『魔法』という決め手に欠ける所為で、攻撃しても攻撃しても影黒豹に致命傷を与える事が出来ていないのだ。
その内に消耗したコウザの動きは鈍り、攻撃を受ける回数が増え始め―――。
「グゥゥッ」
遂には影黒豹の尻尾に絡め取られ、身動きが取れなくなってしまう。
すると、それまで静観していたコウガが風刃を飛ばして影黒豹の尾を切り飛ばし、ついでにコウザを拘束する為に足を止めていた影黒豹の魔石をも容赦なく真っ二つにした。
拘束を解かれたコウザは獣型を保てず人型に戻ると、そのまま拳で地面を叩く。
「クソッ!余計な事ヲッ―――涼しい顔しやがっテ・・・父様に良く似た容姿に加えて父様と同じ風魔法だト?馬鹿にするのもいい加減しロ!どうしてボクじゃ無いんダ!ボクが父様の後を継ぐはずなのニ、どうしてッ!どうしてボクじゃ無イ!父様も母様もメイリンも!どうしてボクを認めなイ!どうしてボクを選ばなイ!!」
コウザはそう喚き散らすと、突然コウガへと突進していく。
コウガもそれを驚きもせず待ち構え、2人が対峙する、その直前―――
「グハッ!!」
黒紫の魔力を纏った真っ黒な尾が、コウザの脇腹と右胸を貫通した。




