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「―――獣型になれたの?・・・でもあの姿どこかで・・・まさか、あの時の―――」
メイリンさんはコウガが獣型に変身出来る事を知らなかったからか、その姿に衝撃を受けたみたいだった。
私としてはコウガが来てくれて一安心、と思っていたのだけれど―――
ピロリロリーン!ピロリロリーン!
突然けたたましく鳴り響いたスマホのアラート。
こっちに来てからスマホが鳴ることなんて無かったのに、突然よりにもよって緊急時のアラートが鳴ったものだから、私は肩をビクリと震わせ、メイリンさんに至っては3メートルくらい飛び退いてしまっている。
「ナニ?何の音?」
「ごめんなさい。私の魔道具です」
慌ててスマホを取り出し、メイリンさんに見せる。まぁ、見せた所でどんなものか分かる訳も無いんだけど。
「その板が魔道具?危険なモノじゃナイわよネ?」
「はい。ただ音がなったりする魔道具なんです」
「そんな事が出来るノ?珍しい魔道具ネ。でも変な時に鳴らさないでヨ」
「それは本当に、ごめんなさい」
「まったくヨ。下に気付かれ無くて良かったワ」
幸い崖下には届かなかったのか、それともコウガに気を取られてでもいるのか、影黒豹が私達に気付いた様子は無い。でも、何故今スマホが鳴ったんだろう。まさか元の世界の緊急アラートが入る訳も無いし。
気になって、メイリンさんに気付かれない様に取り出したスマホの画面を確認すると、ヒトヨミの鏡を開いても無いのにコウガのステータス画面が表示されていた。
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名前:コウガ
性別:男 種族:獣人族 虎人
伴侶:シーナ・アマカワ(仮)
年齢:17歳
職業:シーナ・アマカワの護衛兼旦那候補
体 力:562/1228
魔 力:480/535
攻撃力:132 敏捷:168
筋 力:92 耐力:100
知 力:73 運:62
技能:体術 昼寝 気配察知
魔法属性:【風】【無】
!!状態:毒!! 軽傷
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以前、コウガのステータスを勝手に見てしまって反省した私は、慌てて画面を消そうとするけれど、赤く点滅する!!のマークに視線を奪われ、ついその部分を読んでしまった。
状態、毒。状態、毒!?
毒の文字に慌てて崖下のコウガへと視線を向ければ、確かに何時もと少し様子が違った。
走る速度も何時もよりも遅く、時折不自然に進路が揺らぐのは、毒で足元がフラついているから?それに何より、
「―――追われてる?」
最初は気付かなかったけれど、コウガの後方から何かが飛んで来ている。
近付くにつれ分かったのは、後方から複数人がコウガを追っていて、彼等から矢が放たれているということ。
毒の所為で動きの鈍っているコウガは、その矢を避けきるのも難しそうだった。
「アイツ等何やってんのヨ!」
メイリンさんもそれに気付いたのか、今にも飛び出してきた行きそうな勢いで身を乗り出すけれど、私はギュッとその手を掴んで止める。
「どうして止めるノ!?アイツ等きっと黒豹と勘違いしてるのヨ!だから同じ虎人だって分かれバ―――」
「ダメです!下には影黒豹が居るんですよ?メイリンさんが危険です」
それに、同じ虎獣人だからって攻撃しない、なんて保証は無い。
だって、コウガの近くにはフェリオがいる。勘違いなら、とっくの昔にフェリオが彼等を説得出来ていただろう。
コウガは狙われているのに、狙うには好都合の森になんて、私が呼び出したから・・・。
どうすれば・・・こんな、毒だって分かった所で、何も出来ないんじゃ意味が無いのに。
スマホ画面の赤い点滅を、消えろ!とばかりに人差し指の腹で隠す。隠した所で毒が消える筈も無いと分かっているが、小さな抵抗といった心境だった。
ところが、ギュッとした瞬間に、ポンッと画面に新たなメッセージが表示されたのだ。
『対象者コウガに解毒薬及び下級回復薬を使用しますか?』 【はい】 【いいえ】
へ?何コレ??
でも、使えるものなら使うに決まってる。
半ば条件反射で【はい】を選択した瞬間、スマホのバイブが震えた様な、スポーンと何かが飛び出した感覚が手に伝わり、え?とその感覚を目で追うように視線をコウガに向けると、既視感のある光景が・・・。
バシャッ!
眼前に突如現れた水の塊に、そのまま突っ込む形となったコウガは、まともにそれを浴びでブルリと顔を振るわせる。
するとスマホの通知音がポンッと軽い音を立て、呆気に取られていた私が視線をスマホに戻すと、コウガの状態が毒から健康へと変わっているのに気付く。
どういう事?今、スマホからポーションが直接コウガの所に行ったの?あんなに遠くまで?
先程、影魔獣の気を引く為に落とした樽だって出来る限り遠くへ取り出して、それでも精々手元から2メートルが限界だったはずなのに、今は軽く100メートルはありそうだ。
とはいえコウガの様子を見る限り、足取りもしっかりしたし、走るスピードもかなり上がった。解毒薬が効いたのは間違い無さそう。
よく分からないけど、コウガが無事なら・・・まぁ良いか。
まだ追っ手も影黒豹もいるから無事とは言い切れないけれど、そんな状況だけに明らかに規格外なスマホの機能については、一旦考えを放棄しよう。などと考えていたのに―――
「おいシーナ!今のはなんだ!?」
凄い勢いで戻って来たフェリオが、私の仕業と確信した様子でそう問い詰めてくる。
いや、まぁ・・・多分私の仕業だけど。
「フェリオおかえり。コウガを呼んできてくれてありがとう。早かったね?」
「あぁ。いや、コウガとは森で会ったんだ・・・ッて!そうじゃ無くてだな!」
「今は!それどころじゃ無いでしょ?コウガがッ」
そんなの、私だって分からない。それに、今はそれについて説明している場合じゃ無いでしょ?メイリンさんは今にも飛び出しそうだし、コウガだってまだ戦ってる最中なんだから。
解毒出来たとはいえ、前には影黒豹、後ろには獣人の追っ手と挟まれた状態なのだ。コウガが危険な事に代わりは無い。
「コウガなら問題無い。アイツがそう言ったからな」
「でもッ」
「・・・強イ」
フェリオと口論している私の隣で、メイリンさんが思わずといった口調でそう漏らす。
見れば、メイリンさんの視線の先では、コウガが影黒豹相手に風の刃を繰り出しながら、一方で後方から仕掛けられる攻撃を見事に躱し続けている。
そうこうしている内に影黒豹を1頭撃破したコウガが、あっという間に崖を駆け上がって来た。
「コウガ!」
目の前の美しい漆黒の虎にどっと安心感が湧き上がり、私はついその首に縋り付こうと腕を伸ばすけれど、ギュッと抱き付いたその感触はフワフワの優しい毛並みでは無かった。
「シーナ、巻き込んで済まなイ。無事で良かっタ」
コウガの私を抱き寄せる腕に力が籠り、私の手と頬に少ししっとりとした人の肌の感触。しかも明らかに素肌が触れる。
覚えのあるその感覚に恐る恐る眼を開けば、そこにはやっぱり、日に焼けた肌の色が広がっていて・・・。
「「ひゃぁぁぁ!!」」
女子二人分の悲鳴が、崖の上に響き渡ったのと、崖上から大量の水が滝の様に湧き溢れたのは、ほぼ同時だった。




