純血種
離れから続く勝手口から中に入ると、既にマリアさんは台所にいた。
「マリアさん、おはようございます。ごめんなさい、朝ごはん作るの忘れてました!」
家の仕事を手伝う約束なのに、朝から色々有りすぎて、朝食の支度をすっかり忘れていた。
「あら、いいのよ。体調がすっかり良くなって、身体を動かすのが楽しいの」
マリアさんは軽い足取りで、パタパタと嬉しそうに台所を行来している。
「いえ、私も手伝います」
「それよりも、虎君は目を覚ましたかしら?やっぱり朝食もお肉がいいと思う?」
そこでハッと当初の目的を思い出す。
そうだ、コウガの服を借りに来たんだった。
それにしても・・・なんて言えばいいの?
「あの、それなんですけど・・・彼、獣人?だったみたいで・・・今は人の姿なんです」
「あら、ジュウジンって・・・獣人のこと?あの虎君、獣人さんだったのね・・・ちょっと待って、それって純血種って事!?」
――――――え?純血種ってなんですか?
さっき獣人の存在を知ったばかりなのに、また新しいワードの登場ですか?
しかも獣人って所にはあまり驚かないんですね?
「えっと・・・純血種ってなんですか?」
「え?シーナちゃんは獣人さん達の事あまり詳しくないの?」
「詳しく無いどころか、初めて知ったというか・・・」
そもそも私の周りには存在していなかったというか・・・ね?
「私も獣さんには数える程しか会ったこと無いんだけどね。確か、完全な獣の姿になれるのは純血種の獣人さんだけだったはずよ」
「純血種の獣人って珍しいんですか?」
マリアさんの驚きは、獣人という事より、純血種って所の方が大きかった様な気がする。
「珍しいわよ~、普通に生活してたら一生出会えないんじゃないかしら。でもそれなら、シーナちゃんビックリしたんじゃない?」
「そりゃ、ビックリした所の騒ぎじゃ無かったですよ・・・朝起きたら全裸の男の人が隣に寝てたんですから・・・」
私は思わず愚痴を溢してしまう。
「あらあら~?もしかして虎君、イイ男だった?」
――――――ぐッッッ。
マリアさん、私・・・そこまで顔に出てました?
「・・・まぁ、その・・・はい」
「やっぱり!ライン君にライバル出現ね!」
女子高生並みに食い付いて来ますけど、そこに恋バナは一切有りません。
「ライバルって・・・そんな事より、彼・・・コウガっていうんですけど、彼の着られそうな服って有りませんか?流石にずっと全裸は・・・」
恋バナを華麗に?スルーして本題を切り出すと、マリアさんはそれさえも楽しそうにしている。
「フフッ照れちゃって!・・・でもそうねぇ~裸のままじゃご飯食べられないものね。あの人の服が着られるといいけど。ちょっと待ってて」
そう言ってマリアさんが二階へ行ったので、私は朝食の準備をしながら待つ。とは言っても後は食器を並べる程度だったけれど。
すると、どうやらマリアさんに起こされたらしく、眠い目を擦りながらトルネとラペルが起きてきた。
「おはよう、トルネ、ラペル。顔は洗った?すぐに朝ごはんになるからね」
「おはよう、お姉ちゃん」
「はよぉ~・・・ねぇちゃん、母さんどうしたの?朝からスゲー浮かれてタンスひっくり返してたけど」
マリアさん、なんて言うか・・・元気になって本当に良かったです。
「昨日助けてくれた虎の・・・コウガの服を探してくれてるのよ」
どこから説明するべきか悩んで、取り敢えず訊かれた事に答えておく。
「昨日の虎の・・・なんで服?」
まぁ、そうなるよね。
「それなんだけどね、実は彼、獣人だったみたいで、今は人の姿なの」
流石に二度目ともなれば説明にも慣れてくる。
「獣人って・・・純血種かよ!?」
やっぱり驚くのはソコなのね。
「そうみたいね。今は離れに居るから、トルネは昨日のお礼を言ってきたら?」
大人の威厳として、純血種を知らなかったことは伏せて、何でもない事の様に言ってみる。
「お姉ちゃん、ジュンケツシュってなぁに?」
けれど、ラペルの純粋な眼にそう尋ねられて、言葉に詰まってしまう。
「えっと、ね・・・私もさっきマリアさんから聞いたばかりで、そこまで詳しく無いんだけど、獣人さんの中でも動物の姿になれる人のことみたいよ」
知ったかぶりなんて出来ませんでした。
「なんだ、ねぇちゃんも知らなかったのか。純血種の獣人ってのは、父さんも母さんも、爺ちゃんも婆ちゃんも、ずっとずっとずーっと虎人族で、他の種族とか他の獣人とも結婚したことが無い家で産まれた子供なんだって。父さんが言ってた」
それは正に純血ね。獣人族の人口割合は分からないけれど、他の獣人の血も混ざらないって事は・・・純日本人と言うよりは、純〇〇県民、ぐらいの割合だろうか?
「それはなかなか・・・大変そうね」
やっぱりお見合いとかするのかな?結婚相手探すの大変そう。
「でもその分、力が強かったり、魔力が強かったりするらしいぞ」
「「へぇ~」」
ラペルと一緒に物知りなトルネに感心の声を上げていると、マリアさんが服を抱えて戻ってきた。
「シーナちゃん、これ、着られるかわからないけど、虎君に持っていってあげて。尻尾の穴も開けといたから」
流石です、マリアさん!尻尾の事なんて思い付きもしませんでした。
「ありがとうございます。トルネとラペルはどうする?一緒に行く?」
「顔洗ったらすぐ行く」
「ラペルも!」
二人はそう言うと、いそいそと身支度を始める。ラペルは寝癖が気になるのか、マリアさんに髪を梳かして貰うみたい。
それなら、私は一足先に行ってコウガの身支度を整えなきゃ。
離れに行くと、フェリオとコウガが話しているのが聞こえた。
「じゃあ、コウガも境界の森で迷子になったのか?」
――――――コウガもって、私は迷子じゃないのよ?
「ああ、昼寝してタラここの森にイタ」
昼寝って・・・そんなバカな。
そんな感じで境界の森を越えるのって普通なの?と思っていたら、フェリオが呆れた様に呟く。
「昼寝って、そんなバカな」
「―――プッ・・・フフッ」
全く同じ反応をしたフェリオに、つい吹き出してしまう。
それで私の存在に気付いたのか、フェリオとコウガが揃って此方を向く。
「コウガ、マリアさんに服借りて来たけど、着られそう?」
「ありがとう、助カル」
私が服を手渡すと、コウガは躊躇いもなく身体を被っていた毛布を取り去る。
―――――――ちょおッ!
慌てて後ろを向くけれど・・・獣人ってその辺気にしないの?って言うか、気にして!私の為に!!
心を落ち着けようと外に目を向けていると、トルネとラペルが走ってくるのが見える。
マズイ!トルネはいいけど、ラペルには見せられない!!
私は慌てて二人を止めようとするけれど、それよりも早くトルネが扉を開けて入って来てしまった。
「ねぇちゃん、獣人の人は?・・・うわっ!」
トルネは入って来るなり驚きの声を上げる。ラペル、見ないでー!!
「獣人のにぃちゃん、スゲーでっかい。父さんの服、丈が全然足りてないじゃん」
振り返れば、コウガはきちんと服を着て立っていた。
――――――間に合ってたー!
それにしても・・・座った姿でも大きいと思っていたけれど、立つとより大きく見える。
コウガは、2メートルはありそうな長身に長い手足、しっかりとした筋肉を窮屈そうに服に押し込めていた。
「この服はオマエの父親のモノか。すまナイ、借りる」
「いいよ、にぃちゃんは命の恩人だからな。昨日は助けてくれてありがとう。オレはトルネ、こっちが妹のラペル。よろしくな」
「あの、あの・・・ラペルです」
トルネは基本的に人見知りをしないけれど、ラペルは恐る恐る、といった感じでトルネの影に隠れている。
「俺はコウガだ。どうやら俺も世話にナッタみたいだカラな、お互いサマだ」
でも、コウガが二人に向かって優しげに目を細めれば、ラペルは頬を染めてもじもじしている。イケメンは女児にも有効です。
「じゃあ、マリアさんにも紹介しないといけないし、皆でご飯食べに行こっか」
そう、とにかく今は朝食だ。せっかくのスープが冷めてしまうからね!
その後、マリアさんとも顔合わせを済ませたコウガと共に、皆で朝食を取った。
コウガを見たマリアさんが、それはもう嬉しそうに「シーナちゃん!どうする?どうするの?迷っちゃうわね!」と迫ってきたので、それを華麗にスルーしたのは言うまでもない。
それと、私と同じで住む所の無いコウガは、フラメル家全員に押し切られ、この家に住むことになった。
空いている部屋は無かったけれど、離れの一角が思いのほか気に入ったみたいで、取り敢えずそこが当面の寝床らしい。
それでも色々と揃えなければならないし、流石にコウガの服が窮屈そうなので、今日はトルネとラペルと三人で買い物に行くことになった。
本当は、マリアさんも元気になったし、私がこのままここにいてもいいのかな?なんて思っていたのに・・・さらに賑やかになった食卓は皆楽しそうで、買い物に私が一緒に行くのが前提の会話にホッとしてしまった。
私もここに居ていい。そう、思えたから。




