二人の想い
「そんなッ」
「シッ!声が大きいワ。それに頭を低くしテ」
思わず悲鳴に似た声を漏らすと、メイリンさんはすかさず私の手を引き、姿勢を低くする。
低い姿勢で声を殺し、そっと崖下を覗くと、影黒豹達は樽を落とした辺りとポーションを撒き散らした辺りを頻りに気にしている様だった。
「アレ全部が影魔獣じゃ分が悪いわネ。アナタさっきのアレ、まだ使えル?」
メイリンさんの言う、さっきのアレに一瞬考えて、魔法の矢の事だろかと思い至る。
「コ、風の矢はあと一本ですね」
"コウガの矢"と言い掛けて、なんとなくメイリンさんにその名前を出すのは薮蛇な気がして慌てて言い換える。
「他には無いノ?」
「有るには有るんです、が火の矢なのでここでは・・・」
そう。実は魔法の矢には二種類ある。
コウガの魔法を込めた矢と、ナイルの魔法を込めた矢だ。
でも、ナイルの魔法を込めた矢は、試し打ちした結果・・・地面に溶岩が吹き出して、水溜まりならぬ溶岩溜まりが出来てしまったのだ。
「それじゃ森が燃えるわネ。絶対に使えないワ」
「そうなんです」
「じゃあ、残り一本で三頭まとめて倒す自信ハ?」
「・・・ありません」
「そうよネ。下手に攻撃して私達の存在に気付かれても厄介だシ、討伐隊が来るのを待った方が良さそうネ」
そう。その内フェリオがコウガを連れて戻って来てくれる。それに、森に入っているラインさんやナイルも、影黒豹を追ってきっと来てくれる。
「そうですね」
「・・・ごめんなさいネ」
「え?」
「その・・・アナタをここまで危険な目に合わせるつもりは無かったのヨ。ただちょっと脅かして、コウガを解放してくれればそれで良かったノ」
「それは―――」
「いいノ。アナタはそんな事しなイ、そんな気がするワ」
「ッッありがとう、ございます」
どこでメイリンさんがそう思ったのかは分からないけれど、自分の主張、と言うよりも自分自身が受け入れて貰えたのだと思うと、鼻の奥がキュッとなって、じわりと視界が潤む。
「でも、私はコウガの事が好キ。だから、コウガにはこの国に、私の側にいて欲しいって思うノ。アナタはどう?アナタもコウガのコト、好キ?」
「えッ?私、は・・・」
コウガの事は勿論好きだ。
でも今の私のこの想いは、メイリンさんに向かってはっきりと「好き」と言える程のモノなのだろうか?
メイリンさんはずっとコウガを想い続けていたんだろう。そんな人に、私のこの中途半端な気持ちを言葉にするのは躊躇われた。でもメイリンさんの真っ直ぐな問い掛けには、嘘や誤魔化しで返したくは無い。
「コウガの事は大切で、好き・・・なんだと思います。ずっと一緒に居られたら良いな、とも思います。でも私は他にも大切な人がいて、メイリンさんの言う"好き"と今の私の"好き"が、同じものかどうか、正直自信がありません」
こんな事を言ったら、折角私を受け入れてくれたメイリンさんをまた怒らせてしまうかもしれない。
「アナタの想いっテ、その程度なノ?なら、コウガとはここで別れる事ネ」
「それは―――」
駄目!と言おうとして、そんな資格があるんだろうか、という不安が過り言葉に詰まる。
「まぁ、いいワ。今はそれ所じゃ無いからネ。また何かくるワ。討伐隊だと良いんだけド」
結局何も言えないまま、新たな気配にその場に再び緊張が走る。
メイリンさんは影黒豹の時と同じ様に、森の方を凝視していて、それに倣って私も同じ方向へと目を凝らす。
そして森から飛び出してきた来たのは、今回もまた黒い獣だった。
その姿を見た私とメイリンさんが同時に声を漏らす。
「また黒豹?」
「コウガ!」
つい大きな声を出してしまった私を、メイリンさんが驚きの表情で振り返り、再び黒い獣へと視線を戻す。
「え?・・・コウ、ガ?」




