ミヤマコモモ
翌日、ラインさんとナイル、それからアクアディアの騎士二名は朝早くから影黒豹討伐へ出発した。
私はと言えば、皆を見送った後に迎賓館で割り当てられた部屋でポーションを作っている。
アスバン様に材料の補充はお願いしてあるから、スマホの中に残っていた分の材料は使いきっても問題無いだろうし、もしまた怪我人が出ても対処出来るように。
「結構たくさん出来たな」
「そうだね。本当は上級ポーションも作りたい所だけど、材料が足りないんだよねぇ」
「上級ポーションの材料ってなんなんだ?」
「えっと確か―――」
フェリオとそんな会話をしていると、コンコンッと扉とは逆方向からノックのような音が聞こえ、バルコニーの外に人影を見つけビクリと肩を震わせる。
「―――ビックリしたぁ」
思わず呟き、それから直ぐに窓へと駆け寄り、その人影を部屋の中へと招き入れる。
「メイリンさん、ですよね。あの、どうされたんですか?」
窓の外にいたのは、先日コウガを訪ねて来た虎人族の女性メイリンだった。
「突然ごめんなさイ。アナタにお願いがあるんでス・・・」
「お願い?」
「はい。デモその前に、この間は失礼な態度取ってすみませんでしタ。錬金術師様に対してとても失礼だったと反省していまス」
「そんな!全然大丈夫です。錬金術師ってどうにもイメージが良くないですからね」
そう言って苦笑いする私に、メイリンさんはニコリと笑った。
「それで、大変厚かましいお願いではあるんですガ、実は・・・」
そこでメイリンさんは言葉を詰まらせると、ポロポロと涙を溢した。
「メイリンさん!?どうしたんですか?」
「実は・・・昨日の戦いデ、父が足を失ってしまっテ―――」
そこまで言って、メイリンさんは両手で顔を覆って泣き崩れてしまった。
「―――ウゥッ。父は誰よりも強い戦士だったのニ。足を失っては、もう―――」
部位欠損は上級ポーションでしか治せない。
メイリンさんはきっと、上級ポーションを求めて私の所に来たに違いない。
でも、今の私には上級ポーションを作れるだけの材料がない。
「メイリンさんごめんなさい。私は今、上級ポーションの材料を持っていないんです」
「分かってまス。上級ポーションに使うミヤマコモモはとても貴重デ、扱いも難しいと聞いてまス」
そうだ。ミヤマコモモ、それが上級ポーションに必要な最後の材料。生息地が森の奥で、更に採った瞬間から劣化が始まるらしく、採取して30分以内にポーションを錬成しないと効果を発揮しないという、酷くめんどッ・・・繊細な果実なのだ。
「なので、上級ポーションは―――」
今は作れません、と言おうとした私の言葉をメイリンさんが遮る。
「ッ近くの森にミヤマコモモがなってる場所があるんでス」
「えッ!?そうなんですか?」
「えぇ。上級ポーションを一本作ってくれたら、ミヤマコモモは自由に採って貰っても構いません。だから、お願イ!私と一緒に行って、上級ポーションを作って下さイ!」
材料さえ揃えば上級ポーションが作れる。
そうしたら昨日大怪我を負った人達も治せるし、今日の討伐に備える事も出来る。でも―――
「森は今、影魔獣の討伐が行われていて危険なんじゃないか?」
普段、あまり人前では喋らないフェリオが珍しく口を開き、私の躊躇いを代わりに口にしてくれる。
「ッ!?やけに流暢に喋る妖精ネ・・・まぁ、そんな事はどうでもいいワ。ミヤマコモモがある森は黒豹が出た森とは離れているカラ、問題ないワ。それにそんなに時間も、掛からないかラ」
「そうなんですか?」
「そうヨ。だから早く行きましょウ」
お父さんの事が心配なのだろう。メイリンさんは今すぐにでも行こうと私の腕を取る。
「待ってください。コウガにも声を掛けて―――」
「ダメ!!他の人には言わないで!」
「え?どうして」
「それはッ・・・秘密の場所だからヨ!ミヤマコモモは希少な果実だかラ、ある場所はコウガにだって秘密なんだかラ!!」
そう言えば昔、近所のお爺さんも言ってたっけ。松茸の出る山は、息子にだって教えないんだぞって。そんな感じかな?
それに、コウガに話したら絶対一緒に行くって言うだろう。でも、今コウガが外に出るのは危険だ。森の中なんて何処から狙われるか分からない。それなら迎賓館で他の騎士達と一緒に居て欲しい。
そう時間は掛からないと言うし、念の為メモだけ残してお昼までに戻れば、きっと大丈夫だろう。
「分かりました。でも、心配すると思うので出掛ける事だけメモを残させて下さい」
「―――仕方無いわネ。デモ、早くして頂戴」
苛立った様子のメイリンさんに、私は素早くスマホから紙とペンを取り出してメモを書く。
『メイリンさんと一緒にミヤマコモモを採りに行ってきます。直ぐに戻ります。シーナ』
「これでよし!」
「なぁ、シーナ。本当に行くのか?なんか怪しい気がするんだが・・・」
「うーん。確かに不安もあるけど、ミヤマコモモは魅力的だし、虎人族のメイリンさんと一緒なら大丈夫じゃない?」
「いやだから、それが怪しいんだって。そもそもあの女―――」
「ネェ、まだなノ?」
フェリオが何か言い掛けた所で、メイリンさんに再び急かされ、私は慌ててバルコニーへと向かう。
「メイリンさんは大丈夫だと思う。こっそり魔力を視たけど澄んだ赤色だったし、嫌な感じもしないもの」
「そうか?うーん、オレの考え過ぎか・・・」
そんなやり取りをしながらバルコニーへ出ると、そこにはコウガ程では無いけれど、立派な虎が1頭。
「ホラ、仕方無いから乗せてあげるワ。しっかり掴まってなさイ!」
獣型のメイリンさん!
メイリンさんも純血獣人だったのね。黄色と黒の毛並みが凄く綺麗。
でも、女性の、しかも明らかに年下の女の子の背に乗せて貰うのは気が引ける。かと言って自分の足では確実に置いていかれるのが分かっているから・・・
「では、失礼して」
そっと背に乗ってその首に腕を回せば、その毛並みを堪能する隙も無く、次の瞬間にはバルコニーから飛び出して、フワリとした浮遊感の後、バサリと庭木の枝が揺れ、再びの浮遊感。
一瞬の出来事に、悲鳴を上げる余裕すら無かった・・・。
ひぇぇぇぇッ。怖いぃぃぃ!!
私はこの時、メイリンさんに着いていった事を既に後悔し始めていた。




