焼き付いた恐怖
「影魔獣が。それでこんなに・・・」
ナイルが納得したように呟き、ラインさんは真剣な面持ちでアスバン様に尋ねる。
「討伐は出来たのですか?」
「いや。情けないガ、まだダ。如何せん儂等の後ろに突然ゲートが開いてナ、黒豹と挟み撃ちにされて態勢が崩れてしまっタ」
黒豹と戦っている後ろから突然影魔獣に襲われたら、身体能力の高い獣人の戦士達でもひとたまりも無かっただろう。
「その所為デ、二人持っていかれタ・・・」
「・・・それは、残念です。他に死者は?」
「いや、ソイツ等だけダ」
持っていかれた?
アスバン様とラインさんが話す「持っていかれた」の意味が一瞬分からず、けれどその後のラインさんの問いを聞いて、理解してしまった。
二人、ゲートの中へ連れ去られたのだという事を。それはそのまま、死を意味しているという事を。
「人の身体は70%が水分でできている」何処かで聞いたフレーズが頭を過り、ゾクリと背筋を震わせた。
ゲートはこの世界から水を奪う。それは、川や湖から水そのものを奪うだけじゃ無く、「水分を含むモノ」からも奪うのだ。
怖い。そう思った。
身近な死を思い出してしまった所為だろうか、唐突に、強く、怖いと―――
「シーナ?えッ?おい!」
「シーナさん!!」
「姫!!」
少し、無理をしていたのかもしれない。私の意識はそこでブツリと途切れた。
―――夢をみた。幼い頃の夢を。
あの日は祖母の式年祭で、親戚一同が揃っていた。
私はまだ小学生で、それでも大人達が自分に向ける視線の意味を、否応なく感じていた。
居心地が悪くて、その視線から逃れたくて、泊まる予定だったにも関わらず、父に「帰りたい」と頼んだのだ。
父は少し悲しそうな顔をして、それでも笑顔で「帰ろうか」って言ってくれて、雨足が強くなる中、私達家族は家路に着いた。
暗い山道は叩きつける雨で何時も以上に視界が悪く、稲光が不気味に夜の木々を照らすその帰路に、それでも私は不安を感じる事はなかった。
父も母もずっと笑顔だったから。
「お母さんは汐衣奈の青い眼が大好きよ」
「でも、みんな気持ち悪いって」
「そんな事無いわ。ねぇ?」
「あぁ。汐衣奈の眼はきっと竜神様からの贈り物だね。お父さんも汐衣奈の眼が大好きだぞ」
そう言って笑顔を見せてくれた二人。でも、その直後・・・物凄い衝撃が車を襲い、気が付いた時には真っ暗な中、不自然な体勢で酷く狭い空間に閉じ込められていた。
怖くて、痛くて、何が起きたのか分からなくて泣く私には、母の声だけが唯一の救いだった。
「汐衣奈、泣かないで。大丈夫よ」
「汐衣奈、大好きよ」
「汐ぃナ・・・」
「―――シーナ」
「シーナ!」
目覚めると、フェリオとコウガが心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫か?嫌な夢でも見たのか?」
そう言ってフェリオが頬に顔を擦り付けてきたかと思えば、コウガの手が反対側の頬を優しく拭っていく。
その感触に、自分がボロボロと涙を流していた事に気が付く。
一瞬、どうして泣いているのか分からず、見ていた夢を思い出してまた泣けた。
辛い思い出の夢なのに、父と母の笑顔を思い出すと嬉しくもある。そんな複雑な思いにさせる夢だから。
「怖い夢だったけど、嫌な夢では無かったかな」
「そうカ・・・もう少し寝るカ?」
そう言って優しく髪を撫でるコウガの手が心地よくて、このまま寝てしまいたいという誘惑に襲われるけれど・・・私、なんで寝てたんだっけ?
そこで寝惚けていた頭が漸く正常に動き始め、自分が広場で倒れたのであろう事と、寝顔と泣き顔をしっかりと見られてしまった事に思い至り、慌てて身体を起こす。
「あッわッ・・・大丈夫!全然、ホントに!ごめんね、迷惑かけて」
「心配はしたガ、迷惑じゃなイ」
「そうだぞ。シーナはああいう光景、見たこと無かったんだろ?よく頑張ったな」
「―――うん。ありがとう」
コウガとフェリオがいつも以上に優しくて、なんだか恥ずかしい。
それに、どんな夢だったのか聞かないでいてくれる事も有り難かった。
「そう言えば・・・あれからどうなったの?」
影黒豹はまだ討伐されていないと言っていた。放置は出来ないだろうから、きっとまた討伐隊を出す事になるだろう。
「影黒豹の事だったら、今ライン達も呼ばれて対策会議が開かれてる」
「ラインさん達も?」
「あぁ。さっきの狼人から協力要請があったみたいだぞ」
「そうなの?」
宴の席での騒動を思い出し、コウザに難癖を付けられなければ良いけど、と思う。
「影魔獣の討伐ハ、魔法が無いと厳しいからナ」
「獣人族は魔法使える奴が少ないからなぁ」
「え、そうなの?でもコウガは使えるよね?」
「まぁ、少ないだけデ、居ない訳じゃ無イ」
そうは言っても、獣人族にとってコウガは貴重な人材だったんじゃ無いかと思う。
「因みに、魔法がつかえる奴が多いのは鬼人族とエルフ族だな。でも、錬金術師は全く居ない」
「そうなの!?知らなかった」
「勉強になったか?」
得意気な様子のフェリオは、更に詳しく教えてくれた。
纏めると、人族は魔法使いと錬金術師どちらも居るけど魔法使いの割合が人口の4割、錬金術師は1%程。獣人族は人族よりも身体能力が高いけど、魔法使いも錬金術師も人族ほど多くなく、鬼人族とエルフ族は魔力が高くて殆んどの人が魔法を使えるけど、錬金術師は全く居ないのだそう。
「じゃあ、魔法が使えないと影魔獣は倒せないの?」
「魔石を破壊すれば倒せル。だが、それ以外の攻撃は有効じゃナイ」
確かに影魔蜜蜂と戦ってた時も、魔法以外の攻撃は直ぐに再生されてダメージになってなかったっけ。確かにそれじゃ大変だ。
「そうなんだ・・・みんな戦いに行くの?」
みんながあんな風に怪我をして帰ってきたら・・・そう思うと不安になる。
夢の所為で、身近な人の危険に敏感になっているのかもしれない。行かないで欲しい、そう思うけど、でも見ず知らずの人達だからって他の人が犠牲になっていい訳じゃ無い。
「あの二人なら問題ナイ。どっちも相当強いからナ」
そんな私の不安を感じ取ったのか、コウガは至極当たり前の事のようにそう言って、私の頭をクシャリと撫でると、少し意地悪なニヤリとした笑みを浮かべた。
「それに、俺はシーナの側にいル。安心したカ?」
ぐぅッ!?
危うく、また部屋を水浸しにする所だった。
コウガ・・・もしかしてわざとやってる?




