好意
「何やってるんだろう、私・・・」
他国の、しかも迎賓館の一室を水浸しにした私は、あの後半ばパニックに陥り掃除用具を探し回った挙げ句、スマホから出せば良いのだと気付いて戻るも、そこは既にコウガの魔法ですっかり乾かされて元通りになっていたという・・・。
しかもその後、コウガにお礼だけ言ってそそくさと部屋を出て来てしまった。
そしてそのまま、コウガにどう接したら良いのか分からなくなり、微妙に避けてしまっているという・・・。
だって!あの後もう一つ気が付いてしまったのだ。
コウガの誓いの輪だけではなく、自分の腕にあるそれに嵌め込まれた宝石も、明らかに青みを帯びている事に。
しかも!私がもう一つ身に付けている誓いの輪、これはナイルから貰った物なのだけど・・・足首でシャラリと揺れるその宝石もまた、濃さは違えど明らかに色づいていたのだ。
私はどうやら・・・コウガとナイル、どちらにも好意を持っているらしい。
そりゃ、二人とも格好いいし優しいし、頼りになっていつも助けてくれるけど。
私って、こんなに気の多い人間だったのだろうか。今はまだ淡い色だけど、もしこのまま二つの誓いの輪が青く染まりきったら、二人はどう思う?
きっと不誠実で浮気性な女だと、嫌われてしまう。
嫌われたくない。
そう思う自分を浅ましく思う反面、だからと言って二人を嫌いになれるはずも無いと確信している。
この気持ちはまだ恋愛感情とまでは言えないけれど、好意を持っている事まで否定出来ない。
この魔道具の、どこからが恋愛感情でどこまでが好意なのか。基準なんて分からないから、考えれば考えるほど意識してしまって、余計に石が染まってしまいそうで怖い。
「ほんと、何やってるんだよ」
うだうだと考える私の肩で、フェリオが呆れた声で言う。
「厨房借りるんじゃなかったのかよ」
「うぅ・・・だって」
そう。私は今、貰った垂れ麦を炊いて魔道スマホに入れておけば、いつでも炊きたてご飯が食べられると気付いて、厨房を目指していたのだが・・・道中でコウガの姿を見付け、Uターンして戻って来てしまったのだ。
「最近変だぞ?どうしたんだよ」
「えッ!?いや、それは・・・」
自分は気の多い人間かもしれないなんて、口が裂けても言えず口籠っていると、折角逃げてきたにも関わらずコウガが此方へ向かって来るのが見えた。
私は慌てて再び歩き出そうとして、反対側からはナイルが来ている事に気付く。
そう。私が避けているのはコウガだけではなく、ナイルもなのだ。
これでは前門の虎、後門のナイルだ。
二人に挟まれた状況に、私はなんとかやり過ごそうと窓の外を眺めるふりをする。
その窓からは迎賓館前の広場がよく見えた。
何の気なしに眺めたその景色だったけれど、昨日までと打って変わったその様子に自然と身を乗り出す。
何だろう、昨日よりも人が多い。それに座り込んでいる人や、地面に寝転がっている人までいる。
何事かと注視していると、通り過ぎる事を願っていた二人が私の両隣に立つ。
「酷いナ」
「うん。相当だね」
え?私の事?避けてるのバレてた!?しかも怒ってる?
「怪我人が多イ。黒豹の討伐隊カ?」
「多分。でも、被害が大き過ぎるよね。そんなに数が多かったのかな?」
え?怪我人?・・・本当だ!
広場に集まっている人をよく見れば、腕や脚の辺りが赤く染まっていたり、足を引き摺っている人もいる。
今までそんな惨状を見たことが無かったから、最初に見た時は気が付かなかった。
それに後ろめたい気持ちがあった所為で思考がそちらに奪われて、大事な情報が入って来なかったのだろう。
本当に、何やってるんだ、私!
「私、ちょっとポーション配ってくる!」
「そうだね、僕も手伝うよ。虎君は騎士君にこの状況を知らせて来てくれる?」
「分かっタ」
コウガに気遣ったナイルがいち早く私との同行を申し出てくれたので、私はそのまま玄関へと向かう。
避けていた気まずさが頭を過るけれど、今はそんな事を言っている場合じゃない。
ポーションは沢山錬成してスマホに入れてあるから、きっと役に立てるはず。
でも、こんなに怪我人が出るなんて・・・黒豹ってそんなに恐ろしい獣だったんだ。




