お土産おむすび
結局、この日はテンジン様の食事処で丸1日を過ごしてしまった。
何故なら、垂れ麦のレシピに加えて、ごはんのお供にと作ったお味噌汁と肉味噌をテンジン様が大層気に入ってしまい、何故か味噌や醤油の作り方まで説明する羽目になり・・・
更にはポロッと垂れ麦でお酒が造れると溢してしまった所為で、テンジン様とクズリさんにしっかりと食い付かれ、昔興味本位で読んだ「日本の発酵食」なる本の知識を記憶から絞り出す事になったのは、全くの計算外だった。
味噌や醤油、日本酒の製法について正確には覚えていなかったから、見本にと錬金術で造った現物を置いてきたので、あとは試行錯誤してもらうしかないけれど。
まぁ、日本酒に至っては既に呑み干されているかもしれないが。
そんなこんなで、迎賓館に戻った頃には既に太陽が山蔭に隠れてしまっていたという訳だ。
こんなに遅くなる予定は無かったから、コウガには心配を掛けてしまったかもしれない。
コウガは玄関から近い応接間の窓際に置かれたソファに陣取っていた。
「コウガ、ただいま。遅くなってごめん」
「あぁ、おかえリ。垂れ麦は貰えたのカ?」
「大きな袋一杯に貰ったよ」
「良かったナ」
「うん!・・・それでこれ、お土産」
私が取り出したのは、炊き立ての白米で作った、塩むすびと肉味噌入りのおむすび。
しかも、魔道スマホに入れてあったから、作りたてホカホカだ。
本当は海苔も欲しい所だけど、この世界ではまだ塩以外の海産物は見たことが無いから、いつか海沿いの町へ行って探してみたい。
「これは・・・垂れ麦?」
「そう。ちょっと熱いけど、このまま手で持って食べて」
まずは塩むすびをコウガに手渡せば、コウガはそれをしげしげと眺めてから、感心したように「おぉ」と小さく声を上げた。
「スゴいナ。垂れ麦がこんな風になるのカ。昔よく食ってたが、ドロドロであまり好きじゃ無かったんだガ・・・」
そう言いながらパクリと塩むすびを一口食べたコウガは、少し目を見張るとそのまま大きめに作ったおむすびを勢い良く平らげていく。
私はテンジン様に頂いた、烏龍茶に似た黒い茶葉を使ったお茶を用意しながらその様子を見守る。
コウガは、絶対ごはん好きだと思う。
「―――美味いナ。パンより好きダ」
指についた米粒一つまで丁寧に食べ尽くし、コウガは少し驚いた様子で言う。
「ッやっぱり?それなら、こっちはもっと好きだと思うよ」
米粒を食べるコウガの仕草が妙に艶っぽくて少しドキドキしながら、次に肉味噌入りのおむすびを差し出せば、コウガは嬉々としてそれを受け取ると、先程よりも大きな口でパクリとおむすびに齧り付いた。
お陰で一口で具に辿り着いたらしいコウガの耳が、珍しくピンッと立ち尻尾もユラユラと揺れている。
――――――可愛い。
普段無口で感情をあまり出さないコウガの、こんな姿は本当に珍しい。
最後に、用意したお茶を一口飲んで一息ついたコウガは満足そうに目を細める。
「美味かっタ。垂れ麦がこんなに美味いなんてナ。それに、シーナの肉ミソがよく合ウ」
「コウガは肉味噌好きだもんね」
「あぁ。これなら毎日でも食えル」
「フフッ。じゃあ、垂れ麦をもっと沢山貰って帰らなきゃ。あ!いっその事、カリバで垂れ麦育ててみようかな」
「それもイイかもナ」
そこでふと、コウガはカリバに一緒に帰ってくれるだろうか?と不安になった。
コウガは確かに家族にも祖国にも執着が無いように見える。でもちょっとした瞬間、すごく懐かしむような、優しい顔をする時がある。
本人も気が付いて無いのかもしれない。でもだからこそ、このままミーミルを離れてはいけない気がする。
「ねぇ、コウガ。本当に、このままミーミルをた発って良いの?」
コウガのお父さんグェイア総長は、コウガと同じで無口であまり感情を出さないタイプに見えた。もしかしたら何か誤解があるだけで、ちゃんと話せばお互い理解し合えるかもしれない。
「問題無イ」
「本当に?お父さんに会わなくていいの?」
「・・・会う必要は無イ」
「でも―――」
「そもそも、アイツはオレの事を息子だなんて思って無イ。母が産んだ、純血でもナイ他の男の子供だと、思ってル」
「えッ!?でも、コウガは純血の獣人でしょ?」
純血の獣人だけが獣型になれるとトルネから教わった時、コウガは否定しなかった。
「産まれたオレの毛並みが真っ黒だったかラ、虎の子とは思えなかったんだろうウ」
「そんな・・・」
「だから、父親には数えるほどしか会った事はナイし、言葉を交わした事もナイ。今更顔を合わせた所デ、話すことなんて何もナイ」
淡々と語るコウガに、掛ける言葉が見つからず私は言葉を失った。
仲が悪いのだろうと思ってはいた。でも、父と息子の確執的な事情なのだろうと考えていた私の予想は、全くの検討違いだったらしい。
二人は決して仲が悪い訳じゃ無い。ただ、家族として認識していないのだ。
でも、コウガが獣型になれると知ったら?そうじゃなくても、あんなにそっくりな親子だ。顔を合わせれば、グェイア総長だって自分の子だと認めてくれるはず。
一度くらい、会ってみたら・・・そう言い掛けた、その時―――
「コウガ!やっぱりコウガだったのネ!死んだなんテ、やっぱり嘘だったじゃナイ!!」
バンッ!!と大きな音を立てて部屋の扉が開き、入ってきたのは虎獣人の女の子。
彼女は真っ直ぐにコウガの元へ駆け寄ると、そのまま覆い被さる様にコウガに抱き付いた。
――――――誰!?




